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2.罪を抱えた国
話が通じない女
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「黙りなさい!平民!」
彼女は憤慨して立ち上がる。
カッとなった彼女は、ポッドに手を伸ばした。
「あなたは、公爵家の生まれと言うだけで他者を見下し、その権利を行使することしか考えていない。権力を行使して、義務は?」
オリビアは怒りのあまり顔を赤く染めていた。
「あなたは、公爵家の令嬢として、何をしましたか?胸を張って答えられますか──」
そこまで言った時。
ばしゃ──
と頭から湯がかかってきた。
既にだいぶ湯は温くなっていて、助けられた、と思う。これが熱湯だったら一大事だ。
頬を引っかかられ、顔をやけどするなんてさすがに嫌だ。
ポタポタと、前髪から温い水が滴ってくる。対面の席では、オリビアが憤怒のあまり震えていた。
「いい加減に……しなさいよ……!」
「失礼しました。ですが、すぐに手が出るところは直された方がいいですよ」
「お前という女は!ああいえばこういって!減らず口なのだから……!!」
激した彼女がソファから立ち上がった時。
ノックもなく、突然扉が開いた。驚いて見れば、そこには件の人物が。
「サミュエル……!」
オリビアが震えた声で彼を呼ぶ。
かなり急いで来たのか、彼の長い髪や前髪も乱れ、額が見えていた。ドアノブを掴みながら、サミュエル殿下は肩で息をしている。
「オリビア……きみ、」
「ひ──酷いのよ!この女!平民のくせして私を馬鹿にして!ねえ、サミュエル。こんな女を城に招くなんて、あなたどうかしているわ。あなたは王族なのよ。その自覚はあるの!?」
ええ~?それあなたが言う??
そっくりそのまま言葉を返したいくらいだ。
幼なじみと言っていた通り、オリビアとサミュエル殿下と親しいようだった。オリビアはサミュエル殿下に泣きつき、悲壮感たっぷりに訴えている。それをちら、と見た。
サミュエル殿下は黙ってオリビアの話を聞いていたが、すぐに私の方を向いた。
「アマレッタ、怪我は」
「ひどい!!サミュエル、私の話を──」
「いい加減にしなさい。衛兵!彼女を連れて行け。陛下からもそのお言葉を貰っている」
「サミュエル!」
サミュエル殿下は、オリビアに構わず私の元まで歩いてきた。
(なんだか、気まず……)
居心地が悪いったらない。
オリビアは演技か本気かは分からないがぽろぽろと涙を流しながらも衛兵によって連れていかれた。
しかし、次から次に水滴が前髪をつたい、顔を濡らすのが鬱陶しい。ぐいと顔を拭う。前髪はすっかり濡れて、額も露わになっていた。
淑女としては失格どころか、教育係が見たらひっくり返るほどの有様だ。
貴族であることを止め、髪も切った私には今更な話ではあるのだけど。
しかし、まさか湯をかけられるとは思っていなかった。
サミュエル殿下は私の前に跪くと、真摯な眼差しで私を見た。
彼にも、思うところがある。
なぜオリビアを野放しにしているんだ。彼女がああなったのも、彼に原因があると思う。
「怪我は」
「ありません。オリビア様はサミュエル殿下を慕っていらっしゃるみたいですね」
特に意識していなかったが、声に棘が混ざる。
サミュエル殿下の肩がぴく、と揺れる。
自覚はあるのだろう。オリビアは分かりやすい。
私は、首元まで伝ってきた水滴を指で拭った。慌てて、メイドが手巾を持ってきてくれる。それを受けとり、顔や首筋を拭いながら私はサミュエル殿下に言った。
「宙ぶらりんにするのは、良くないのではありませんか?」
つい、彼を見る目が厳しいものになってしまう。
サミュエル殿下は私の視線にたじろいだようだ。
「それは……。いや、そんなつもりはない。彼女には何度となく断っているし、俺にその気は無い」
「オリビア様はそのつもり、でしたけど」
「……フラビア公爵にも伝えているんだ。だけど、彼女は聞く気がない。公爵も手を焼いていて──それに、俺は妻を持つ気は無いんだ」
話が飛んで、目を見開く。
サミュエル殿下は私の手から手巾をとると、私の頭を拭き始めた。
「神秘が継承されるのは王家の血筋。つまり、兄が子を持てばそれで済む話なんだ。俺が結婚する必要は無い」
「……えぇと」
私は困惑した。
困惑したが、結局思ったことをそのまま口にした。
サミュエル殿下が結婚する気ないとか、この場においては割とどうでもいい。
それよりも今、聞きたいのは。話したいことは。
「オリビア様はどうするのです?彼女はあなたを想っていますし、あなたが結婚するしないに関わらず、彼女との関係は決着をつけるべきだと思います」
「……アマレッタは結構言う方なんだね」
サミュエル殿下が苦笑するが、私は追求の手を緩めなかった。部外者のくせに踏み込んだことを言っている自覚はあった。
それでも、サミュエル殿下は私を助けてくれたひとだから。
私もまた、本音で彼に接したいと思ったのだ。
それに──このままじゃきっと、オリビアにいい未来は訪れない。
だって、彼女は物語に書かれていたアマレッタの姿に酷似している。
だから、その破滅を少しでもいいものに修正したい。
自己満足に過ぎないが、そうしたいと思ったのだ。
「リアム殿下は、あなたが婚約者を持てば彼女も諦めるのでは、と言っていました。ですが私は、そんな回りくどい真似をしないで彼女と話し合うべきだと思います」
「……話が通じないのに?」
彼女は憤慨して立ち上がる。
カッとなった彼女は、ポッドに手を伸ばした。
「あなたは、公爵家の生まれと言うだけで他者を見下し、その権利を行使することしか考えていない。権力を行使して、義務は?」
オリビアは怒りのあまり顔を赤く染めていた。
「あなたは、公爵家の令嬢として、何をしましたか?胸を張って答えられますか──」
そこまで言った時。
ばしゃ──
と頭から湯がかかってきた。
既にだいぶ湯は温くなっていて、助けられた、と思う。これが熱湯だったら一大事だ。
頬を引っかかられ、顔をやけどするなんてさすがに嫌だ。
ポタポタと、前髪から温い水が滴ってくる。対面の席では、オリビアが憤怒のあまり震えていた。
「いい加減に……しなさいよ……!」
「失礼しました。ですが、すぐに手が出るところは直された方がいいですよ」
「お前という女は!ああいえばこういって!減らず口なのだから……!!」
激した彼女がソファから立ち上がった時。
ノックもなく、突然扉が開いた。驚いて見れば、そこには件の人物が。
「サミュエル……!」
オリビアが震えた声で彼を呼ぶ。
かなり急いで来たのか、彼の長い髪や前髪も乱れ、額が見えていた。ドアノブを掴みながら、サミュエル殿下は肩で息をしている。
「オリビア……きみ、」
「ひ──酷いのよ!この女!平民のくせして私を馬鹿にして!ねえ、サミュエル。こんな女を城に招くなんて、あなたどうかしているわ。あなたは王族なのよ。その自覚はあるの!?」
ええ~?それあなたが言う??
そっくりそのまま言葉を返したいくらいだ。
幼なじみと言っていた通り、オリビアとサミュエル殿下と親しいようだった。オリビアはサミュエル殿下に泣きつき、悲壮感たっぷりに訴えている。それをちら、と見た。
サミュエル殿下は黙ってオリビアの話を聞いていたが、すぐに私の方を向いた。
「アマレッタ、怪我は」
「ひどい!!サミュエル、私の話を──」
「いい加減にしなさい。衛兵!彼女を連れて行け。陛下からもそのお言葉を貰っている」
「サミュエル!」
サミュエル殿下は、オリビアに構わず私の元まで歩いてきた。
(なんだか、気まず……)
居心地が悪いったらない。
オリビアは演技か本気かは分からないがぽろぽろと涙を流しながらも衛兵によって連れていかれた。
しかし、次から次に水滴が前髪をつたい、顔を濡らすのが鬱陶しい。ぐいと顔を拭う。前髪はすっかり濡れて、額も露わになっていた。
淑女としては失格どころか、教育係が見たらひっくり返るほどの有様だ。
貴族であることを止め、髪も切った私には今更な話ではあるのだけど。
しかし、まさか湯をかけられるとは思っていなかった。
サミュエル殿下は私の前に跪くと、真摯な眼差しで私を見た。
彼にも、思うところがある。
なぜオリビアを野放しにしているんだ。彼女がああなったのも、彼に原因があると思う。
「怪我は」
「ありません。オリビア様はサミュエル殿下を慕っていらっしゃるみたいですね」
特に意識していなかったが、声に棘が混ざる。
サミュエル殿下の肩がぴく、と揺れる。
自覚はあるのだろう。オリビアは分かりやすい。
私は、首元まで伝ってきた水滴を指で拭った。慌てて、メイドが手巾を持ってきてくれる。それを受けとり、顔や首筋を拭いながら私はサミュエル殿下に言った。
「宙ぶらりんにするのは、良くないのではありませんか?」
つい、彼を見る目が厳しいものになってしまう。
サミュエル殿下は私の視線にたじろいだようだ。
「それは……。いや、そんなつもりはない。彼女には何度となく断っているし、俺にその気は無い」
「オリビア様はそのつもり、でしたけど」
「……フラビア公爵にも伝えているんだ。だけど、彼女は聞く気がない。公爵も手を焼いていて──それに、俺は妻を持つ気は無いんだ」
話が飛んで、目を見開く。
サミュエル殿下は私の手から手巾をとると、私の頭を拭き始めた。
「神秘が継承されるのは王家の血筋。つまり、兄が子を持てばそれで済む話なんだ。俺が結婚する必要は無い」
「……えぇと」
私は困惑した。
困惑したが、結局思ったことをそのまま口にした。
サミュエル殿下が結婚する気ないとか、この場においては割とどうでもいい。
それよりも今、聞きたいのは。話したいことは。
「オリビア様はどうするのです?彼女はあなたを想っていますし、あなたが結婚するしないに関わらず、彼女との関係は決着をつけるべきだと思います」
「……アマレッタは結構言う方なんだね」
サミュエル殿下が苦笑するが、私は追求の手を緩めなかった。部外者のくせに踏み込んだことを言っている自覚はあった。
それでも、サミュエル殿下は私を助けてくれたひとだから。
私もまた、本音で彼に接したいと思ったのだ。
それに──このままじゃきっと、オリビアにいい未来は訪れない。
だって、彼女は物語に書かれていたアマレッタの姿に酷似している。
だから、その破滅を少しでもいいものに修正したい。
自己満足に過ぎないが、そうしたいと思ったのだ。
「リアム殿下は、あなたが婚約者を持てば彼女も諦めるのでは、と言っていました。ですが私は、そんな回りくどい真似をしないで彼女と話し合うべきだと思います」
「……話が通じないのに?」
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