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2.罪を抱えた国
茶番劇ですよ。
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「こ、婚約者……?」
混乱して、その言葉を繰り返す。
私が言うと、彼女はますます目を細めた。
その紅の瞳を三日月に細め、険のある声で彼女は言う。
「ま。許しもなく発言するなんて、あなたどこのド田舎から来たんですの?」
(ど、ド田舎……?)
王族と平民の距離はずいぶん近いように見えたけれど、そうではないのだろうか。
というか、このひとは誰?
困惑していると、彼女が一歩、距離を縮めた。
私と一歩分の間を開けて、彼女がそっと扇を私に突き出した。
ダークブラウンの髪を大小様々な宝石が飾っており、とても煌びやかだ。セミュエルの夜会でも、ここまで豪勢に着飾る娘はいない。その絢爛豪華さに多少尻込みしていると、不意に頬に、衝撃が走った。
パシン、と音がする。
目を見開くと、彼女か手を返していた。その手には、扇が。
つまり、私は叩かれたのだろう。
彼女の持つ扇によって。
唖然としていると、彼女がにんまりと微笑んだ。
煌びやかな容姿に、他者を圧倒するオーラを持つひとだ。衝撃で、目を見張る。
「平民のくせに、ずいぶんな態度だこと。私の前では顔を伏せること。知らないの?」
「も──申し訳ありません。田舎から出てきまして、痛っ!」
パシン、とまた頬を打たれる。
(な、何でーー!?)
打たれた衝撃で、若干涙目である。
目の前の少女は、私とさほど年齢は変わらないだろう。
細い眉に皺を寄せ、明らかに不機嫌である。
これ以上、頬を叩かれてはたまらないので、私は一歩退いた。彼女はそんな私をちら、と見、鼻で笑った。
「サミュエル殿下がお連れしたというから、どんな女かと思えば……何ですの。その髪の短さ。平民の間では流行ってますの?みっともない」
「…………」
「一体どのようにしてあの方に取り入ったのかは分かりませんけれど……調子に乗らないことですわね。早いところ城を出なさい。子ネズミさん」
(ね、ネズミ……)
ちゅう、と頭の片隅で幻聴が聞こえ、ネズミが駆けてゆく。
思えば、このようにあからさまに悪態をつかれるのは初めてである。
なんと言っても、私はバートリー公爵家の長女で、さらにはセドリック王太子殿下の婚約者だったからだ。
周囲に憐憫の視線を向けられ、影では嘲笑はされていたと思うけれど面と向かって罵倒をされるのは、初めてだった。
呆然とする私に、彼女はさらに言葉を重ねる。
綺麗なひとなのに、性格はかなり苛烈なようだ。
「それに、なぁに?その髪。汚らしいねずみ色ね。灰でも被ったの?灰被りさん」
(し、シンデレラだわ……!)
彼女は、クリム・クライムに生まれ、そこで育ったおそらく貴族で、私と違い前世の記憶などないだろう。
それなのに、シンデレラを害する継姉のようなセリフを口にするなんて。
ただの偶然とはいえ、なんだか感動すら覚えてくる。
とはいえ、こんな問答をしている時間すら、私は惜しい。
サミュエル殿下と彼女の関係も気になるところではあるが、今最も重要なのはセミュエル国だ。
「恐れ入ります」
と言ったところで。
またぶん殴られそうになった。
予め距離を保っていて正解だ。
それにしてもこのひと、すぐに手が出るわね……。
暴力的すぎる。上に立つものとして、こんなに過激でいいのだろうか、そんなことを考えてしまう。
空振りした彼女は忌々しそうに舌打ちをした。
柄が悪い。彼女はほんとうに貴族なのだろうか。サミュエル殿下と平民の親しげなやり取りを見たあとだからこそ、より驚いた。
「私は田舎から出てきた身でして。殿下のご好意によって今は城に滞在しておりますが、二日後には城を出ます」
「二度と戻ってこない?」
その問いかけには虚を突かれたが、素直に答える。
「分かりませ……──っ!」
また叩かれそうになり、咄嗟に彼女の手首を掴んだ。彼女の手首はほっそりしており、あっさりと掴むことに成功する。
パシ、と音がする。彼女の手首を掴んだまま、私は言った。
「どうしてすぐ叩こうとするのですか!?暴力的すぎます!」
すると、彼女は目を見開き、信じられないものを見る目で私を見たあと──絶叫した。
「きゃああああ!離しなさい!!はなしなさい!この、無作法ものめが!!」
劈くような悲鳴に近い、声である。
さながら、悪漢にでも襲われたかのような。
そんな大声で叫ぶものだから、とうぜん。
バン、と蔵書室の扉が開け放たれた音がし、ゾロゾロと兵が入ってきた。
彼女は兵によって後ろに庇われ、私はまるで犯罪者のような扱いである。
「オリビア様、どうなさいましたか!?」
「彼女が私を……私にいきなり!」
「なんてことを……!オリビア様は、王太子殿下の従姉妹であり、フラビア公爵家のご令嬢である!どこの田舎の民かは知れぬが、礼儀に則られよ!ここは王城であるぞ!!」
剣先を突きつけられる勢いで責められ、私は面食らった。顔がひきつる。
飛んだとばっちりというか、貰い事故というか。
(え、ええー……?)
これ、私が悪いのかしら?と考え、いや、悪くないわよね、と自問自答を繰り返したところで。
「やめなさい」
聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
振り向けば、今さっき話をしたばかりの──王太子殿下の姿が。
流れるような黄金の髪を流麗になびかせ。
螺旋階段を静かに降りてくる。
「王太子殿下……」
混乱して、その言葉を繰り返す。
私が言うと、彼女はますます目を細めた。
その紅の瞳を三日月に細め、険のある声で彼女は言う。
「ま。許しもなく発言するなんて、あなたどこのド田舎から来たんですの?」
(ど、ド田舎……?)
王族と平民の距離はずいぶん近いように見えたけれど、そうではないのだろうか。
というか、このひとは誰?
困惑していると、彼女が一歩、距離を縮めた。
私と一歩分の間を開けて、彼女がそっと扇を私に突き出した。
ダークブラウンの髪を大小様々な宝石が飾っており、とても煌びやかだ。セミュエルの夜会でも、ここまで豪勢に着飾る娘はいない。その絢爛豪華さに多少尻込みしていると、不意に頬に、衝撃が走った。
パシン、と音がする。
目を見開くと、彼女か手を返していた。その手には、扇が。
つまり、私は叩かれたのだろう。
彼女の持つ扇によって。
唖然としていると、彼女がにんまりと微笑んだ。
煌びやかな容姿に、他者を圧倒するオーラを持つひとだ。衝撃で、目を見張る。
「平民のくせに、ずいぶんな態度だこと。私の前では顔を伏せること。知らないの?」
「も──申し訳ありません。田舎から出てきまして、痛っ!」
パシン、とまた頬を打たれる。
(な、何でーー!?)
打たれた衝撃で、若干涙目である。
目の前の少女は、私とさほど年齢は変わらないだろう。
細い眉に皺を寄せ、明らかに不機嫌である。
これ以上、頬を叩かれてはたまらないので、私は一歩退いた。彼女はそんな私をちら、と見、鼻で笑った。
「サミュエル殿下がお連れしたというから、どんな女かと思えば……何ですの。その髪の短さ。平民の間では流行ってますの?みっともない」
「…………」
「一体どのようにしてあの方に取り入ったのかは分かりませんけれど……調子に乗らないことですわね。早いところ城を出なさい。子ネズミさん」
(ね、ネズミ……)
ちゅう、と頭の片隅で幻聴が聞こえ、ネズミが駆けてゆく。
思えば、このようにあからさまに悪態をつかれるのは初めてである。
なんと言っても、私はバートリー公爵家の長女で、さらにはセドリック王太子殿下の婚約者だったからだ。
周囲に憐憫の視線を向けられ、影では嘲笑はされていたと思うけれど面と向かって罵倒をされるのは、初めてだった。
呆然とする私に、彼女はさらに言葉を重ねる。
綺麗なひとなのに、性格はかなり苛烈なようだ。
「それに、なぁに?その髪。汚らしいねずみ色ね。灰でも被ったの?灰被りさん」
(し、シンデレラだわ……!)
彼女は、クリム・クライムに生まれ、そこで育ったおそらく貴族で、私と違い前世の記憶などないだろう。
それなのに、シンデレラを害する継姉のようなセリフを口にするなんて。
ただの偶然とはいえ、なんだか感動すら覚えてくる。
とはいえ、こんな問答をしている時間すら、私は惜しい。
サミュエル殿下と彼女の関係も気になるところではあるが、今最も重要なのはセミュエル国だ。
「恐れ入ります」
と言ったところで。
またぶん殴られそうになった。
予め距離を保っていて正解だ。
それにしてもこのひと、すぐに手が出るわね……。
暴力的すぎる。上に立つものとして、こんなに過激でいいのだろうか、そんなことを考えてしまう。
空振りした彼女は忌々しそうに舌打ちをした。
柄が悪い。彼女はほんとうに貴族なのだろうか。サミュエル殿下と平民の親しげなやり取りを見たあとだからこそ、より驚いた。
「私は田舎から出てきた身でして。殿下のご好意によって今は城に滞在しておりますが、二日後には城を出ます」
「二度と戻ってこない?」
その問いかけには虚を突かれたが、素直に答える。
「分かりませ……──っ!」
また叩かれそうになり、咄嗟に彼女の手首を掴んだ。彼女の手首はほっそりしており、あっさりと掴むことに成功する。
パシ、と音がする。彼女の手首を掴んだまま、私は言った。
「どうしてすぐ叩こうとするのですか!?暴力的すぎます!」
すると、彼女は目を見開き、信じられないものを見る目で私を見たあと──絶叫した。
「きゃああああ!離しなさい!!はなしなさい!この、無作法ものめが!!」
劈くような悲鳴に近い、声である。
さながら、悪漢にでも襲われたかのような。
そんな大声で叫ぶものだから、とうぜん。
バン、と蔵書室の扉が開け放たれた音がし、ゾロゾロと兵が入ってきた。
彼女は兵によって後ろに庇われ、私はまるで犯罪者のような扱いである。
「オリビア様、どうなさいましたか!?」
「彼女が私を……私にいきなり!」
「なんてことを……!オリビア様は、王太子殿下の従姉妹であり、フラビア公爵家のご令嬢である!どこの田舎の民かは知れぬが、礼儀に則られよ!ここは王城であるぞ!!」
剣先を突きつけられる勢いで責められ、私は面食らった。顔がひきつる。
飛んだとばっちりというか、貰い事故というか。
(え、ええー……?)
これ、私が悪いのかしら?と考え、いや、悪くないわよね、と自問自答を繰り返したところで。
「やめなさい」
聞き覚えのある声が、聞こえてきた。
振り向けば、今さっき話をしたばかりの──王太子殿下の姿が。
流れるような黄金の髪を流麗になびかせ。
螺旋階段を静かに降りてくる。
「王太子殿下……」
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