上 下
30 / 48
2.罪を抱えた国

幸せになるべき人間

しおりを挟む
「──!?」


驚きのあまり、妙な声が出るところだった。
既でそれを堪え、私はサッと部屋に入る。
入れ違いに、話していた女性たちが廊下を通る。


「北部出身の女性らしいけど……でも私、あんな見事な銀髪見たことないわ」


「クリム・クライムは金か茶髪がほとんどだものねぇ……。その物珍しさが気に入られたとか!」


楽しげに話す女性は、メイドだろうか。
そのすぐ後に、厳しい叱咤の声がかかる。


「あなたたち!こんなところで油を売っている暇があるの!?仕事は終わったんですか!」


メイド長、だろうか。
彼女の鋭い声に、慌てた様子でメイドたちは言い繕うように答えている。

「も、申し訳ありません!」

「ここはお客様のお部屋の近くです!あなたたちは一体ここで何を……」

お小言の声が、だんだん遠ざかっていく。
私がこの部屋にいることを知っているため、意図して彼女たちを引き離したのだろう。
私は、扉に背を預けながら大きく息を吐いた。

(サミュエル……殿下の、恋人)

そうか。私は、クリム・クライムでは何も持たない平民。いきなり王子が身分を持たない女性を連れ帰ったら、それはまあ、騒動にもなるだろう。
王を初めとした重臣には私の立場は知らされるだろうけど、仕える人間にはそこまで教えられないはずだ。

正直、自身の恋とか、愛とか、まったく考えられない。
少し前まで私はセドリック様の婚約者だったのだから、とうぜんだ。


(……サミュエル殿下がいらっしゃったら、聞いてみよう。まずは、セミュエル国のこと。どうすれば、約定の千年は、果たされるのか──)


春を司る稀人である私がいない今、セミュエル国は苦労を強いられているはずだ。
サイモン様や、秋を司る稀人、スカーレット様の助力があっても、春を訪れさせることは、できない。
その責務は、私にしか果たせないのだから。
私が逃げたことで、彼女たちに苦労を押し付けたくはなかった。
約定の千年──最初の稀人、サミュエルの復讐を果たした時。セミュエルはどうなるのだろうか。


そんなことを考えながら、メイドを待つ。







「お前は、バートリー公爵家の令嬢と結婚する気か?」


王の言葉に、サミュエルは僅かに瞠目した。
だけどすぐに、彼は微苦笑を浮かべる。


「まさか。彼女は一時的にここに避難してもらっているだけですよ、父上」


謁見の間には、彼と、彼の父である王の二名だけだ。あとの人間は、王が人払いを行ったため、誰もいない。


「ふん……口上はずいぶんお行儀がいいがな。お前が、彼女に執心──やけに気にしていることは、すぐに知れた。お前、何を隠している」 


父王の尋ねに、サミュエルはまつ毛を伏せる。


(何を、か……)


道中、アマレッタも気になっていたようだった。
しかし、未だに言えていない。
これを言えば、きっと彼女は気にするだろう。
だからこそ、言えなかった。今は、まだ。


「……世界大戦に繋がる、セミュエル国内王城および三大公爵邸襲撃事件において。二度目の予知で、私は彼女と接触しました」


父王は、静かにサミュエルを見つめた。
サミュエルは当時のことを思い出し、自嘲する。
彼にとっては、予知は現実とほぼ変わらない。自身が体験するものだからだ。


「俺は、彼女を見捨てました。二度目の予知で彼女が罪人に仕立てあげられ、処刑されたのは──俺のせいなんですよ、父上」


彼女を助けたい。
そう思ったのは、贖罪だから。
あの時の後悔を、二度と繰り返したくない。
彼女に、幸せになってもらいたい。彼女は、幸せになるべき人間だから。


──身勝手にも、そう思ったから。


「彼女は俺の恋人でもなければ、婚約者でもありません。彼女は、俺なんかよりもずっといい男と、結ばれるべきだ。その相手は決して、俺ではない」
しおりを挟む
感想 56

あなたにおすすめの小説

悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。 正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。 忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。 ──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。

わたしは不要だと、仰いましたね

ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。 試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう? 国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も── 生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。 「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」 もちろん悔しい。 だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。 「きみに足りないものを教えてあげようか」 男は笑った。 ☆ 国を変えたい、という気持ちは変わらない。 王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。 *以前掲載していたもののリメイク

愛なんてどこにもないと知っている

紫楼
恋愛
 私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。  相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。  白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。  結局は追い出されて、家に帰された。  両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。  一年もしないうちに再婚を命じられた。  彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。  私は何も期待できないことを知っている。  彼は私を愛さない。 主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。  作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。  誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。 他サイトにも載せています。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

王妃の鑑

ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。 これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話

お飾りの妃なんて可哀想だと思ったら

mios
恋愛
妃を亡くした国王には愛妾が一人いる。 新しく迎えた若い王妃は、そんな愛妾に見向きもしない。

もう一度だけ。

しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。 最期に、うまく笑えたかな。 **タグご注意下さい。 ***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。 ****ありきたりなお話です。 *****小説家になろう様にても掲載しています。

処理中です...