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2.罪を抱えた国
世捨て国【クリム・クライム】
しおりを挟む「わぁ……!ここが、クリム・クライム……」
船を漕いで半日ほどで、私たちはクリム・クライムの国土に降り立った。
(誰もが目指し、誰もが立ち入ることを許されなかった、幻の国。通称、世捨て国【クリム・クライム】……)
サミュエルの言った通り、クリム・クライムを覆う霧は人為的なものだったようで、私たちはあっさりとそれを通過することができた。
あまりにも簡単に霧を抜けられたので、少し拍子抜けだ。
諸外国が競うように、その謎を暴こうと躍起になったクリム・クライム。
誰もがその謎に興味を惹かれ、調べ、探ったけれど、結局国土すら見つけることが出来なかった。
その国に、今、私はいる。
なんだか、感慨深い、というか。
今も尚、夢を見ている気分だ。
クリム・クライムは、落ち着いた風が流れる、島国だった。
私たちが着岸したのは、広大な森林の広がる砂浜。あたりには人気がなく、誰もいない。
クリム・クライムの国周辺は、あれだけ霧に囲まれているというのに、空は澄んだ青色だ。
(そういえば、霧はどういう原理なのかしら……)
クリム・クライムを目指して船を進めても、気がつけば出発地点に戻っているという。
その摩訶不思議な現象は、彼の兄である王太子殿下の力によるものだとサミュエルは話していた。
彼の兄が持つという神秘。
(それは、冬を司る稀人が本来、持っているはずの神秘だとも……彼は話していた)
なぜ、セミュエル王家が、セドリック様がその神秘を持っていないのか。
彼はあの場では話さなかった。
『この件は、クリム・クライムの目的にも関連している。……長い話になるから、城に着いてからでもいいかな』
セミュエル国と、クリム・クライム。
その二国間が一体どういう関係なのか。
なぜ、冬を司る稀人の神秘を持つ人間が、クリム・クライムにいるのか。
それも、王族なのか──。
気になることは山のようにある。
だけど、サミュエルが言った通り、長い話になるのだろう。クリム・クライムの目的にも関連する、というのだから。
あの場で、無理を言ってまで聞く必要は無いと思った。
それに──。
(慣れている、と彼は言ってたけど……)
ちらり、と私は背後の彼を伺い見た。
半日、彼はオールを漕ぎ続けたのだ。
いつもは、休憩を挟みながら自由気ままに船を流しているとサミュエルは言っていたが、今回は私が同行しているからか、最短時間で国に着くよう取り計らってくれたらしい。
結果、彼は長時間オールを漕ぎ続けることとなり──。
「つ、疲れた……」
クリム・クライムの国土に降り立った時には、彼は疲労困憊、という有様だったのだ。
オールを漕ぎ続ける彼に長話をさせるのはさすがに申し訳なく、後でいいと答えた理由のひとつでもあった。
「大丈夫?ごめんなさい。やっぱり私が途中で変わった方が──」
「いや、それはさすがに情けない。これくらい、俺に任せて、と格好つけたはいいけど……はー。運動不足だったかな。さいきん、城に篭っていたから。城に戻ったら鍛錬の時間を増やすべきだな、これは……」
彼は呟くように言いながら、ぐっと伸びをした。
ポキポキと小気味いい音がする。ずっと座っていたし、ずっと漕いでいたし、疲れたのだと思う。
(お言葉に甘えてしまったけど……やっぱり私も手伝った方が良かった気がする)
またこんな機会があるかはわからないが、もしあったら、次は私も協力しよう。
そう思ったところで、私は森の向こう、木々の間に見える塔を示した。
「あれが、王城?クリム・クライムの」
「……ああ。クリム・クラムはちいさな国だ。国土も、セミュエルの半分ほどだよ」
大陸で見た時、セミュエル国もそう大きな国ではない。前世、私が住んでいた国より少し大きいくらいだ。
クリム・クライムは、霧の中に国土がある、という程度のことしかわかっていない国だ。
どのような地形をしているかすら分からない。
(セミュエルの半分ほどの大きさ……といっても、結構な広さだわ。ここから城が見えるということは、城にほど近い場所に着岸した、ということかしら……)
地図がないので判別が難しいが、城が見えていている以上、その方向に進めばいいというわけだ。
私はくるりと振り返って、彼に言った。
「では、行きましょう!目測だと、そんなに遠くなさそうだけど……ここから、どれくらいで着くものなの?」
「馬車で一日くらいかな。だけどまずは、近場で宿を取ろう。この長旅だ。きみは旅に慣れていないだろうし、僕も休みたい。この近くに、いい宿がある」
サミュエルが示した方向は、砂浜をずっと歩いた方向にある、赤い建物だった。
いくつかの建造物が並んでおり、人々が暮らしているようだ。
(クリム・クライムに住む人々……)
思わず、ごくり、と息を飲んでしまう。
サミュエルと話し、クリム・クライムは他の国同様に人間の暮らす国であることは既に知っている。
知っていても、構えてしまうものなのだ。
だって、誰もが目指し、誰もがその夢を諦めた──幻の国。
世捨て国とまで呼ばれた、謎に包まれた国なのだから。
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