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2.罪を抱えた国
アマレッタ・ル・バートリーの妹
しおりを挟む時は、少し遡る。
アマレッタが行方知れずとなって数日。
春を除く稀人が各自、謁見の間に集められた。話を終えた直後──サイモンは、彼女に呼び止められたのだ。
「それで。シュタルク夫人には、聞かせられない話なのですか?」
冷たく問われ、エミリアは僅かに硬直したが、すぐに目的を思い出したのか真っ直ぐに彼を見つめた。
そして──。
「はい。サイモン様にしか、聞けないと思いました」
やけに、ハッキリとした声で答える。
サイモンは、静かに彼女を見つめた。
ブロンドの髪に、蜂蜜色の瞳。くるくるとカールを描く髪は柔らかそうで、太陽が似合う娘だ。
彼女の容姿は平民というより、豪商、あるいは名のある貴族の娘のように見えた。
つまり、由緒正しい血筋を持っていそう、と思われる見た目なのだ。
彼女は、数秒を間を開けてから、言葉を切り出した。
言いにくいようで、まつ毛を伏せながら。
「先日……セドリック様から、言われたのです」
「…………」
サイモンは、黙って彼女の話を聞いていた。
スカーレットは、エミリアの『内密の話ですので』という言葉に気分を害したようで、すぐにその場を去ってしまった。
彼女は鼻にシワを寄せると、エミリアに挨拶することなく踵を返した。
痛烈なスカーレットの態度に、エミリアは僅かに怯んだようだったが──元々、気が強い性質のようだ。
すぐに持ち直し、彼女はサイモンに声をかけてきたのだった。
エミリアは、自身の指先をそれぞれ絡めるようにしながら、言った。
「『お前が、春を司る稀人となれ』──と」
「…………は?」
サイモンは、信じられない言葉を聞いたように感じ、彼女を見返した。
エミリアは、サイモンの反応を予想していたように深く俯いた。
「……これはまだ、公になっていないことですが。私は、バートリー公爵家の血を引いています」
「──」
サイモンは目を見開いた。
エミリアは、静かに呟くように話を続けた。
「私が、バートリーの……。現公爵の血を引いている、と判明したのは、つい最近のことです。セドリック様は、時期が来たら公表するから、決して他言するな……と仰っていたのですが」
「──なぜ、それを僕に?」
サイモンは、言葉を失っていたが、ようやくそれだけ尋ねることが出来た。
彼は警戒していた。
突然、そんなことを言い出したエミリアに。
(例えそれが事実だとして……それを僕に伝える理由はなんだ?彼女は……何を企んでいる?)
あからさまに訝しむ、疑心に満ちた目を向けられ、エミリアは眉を下げた。
困り顔のまま、彼女は薄い笑みを浮かべた。
人好きする笑みだ。それは、親近感を覚える、というより、なんとなく、ひとに愛着を抱かせるような──そんな類の代物だった。
しかし、サイモンはそれらの感情を一切抱かなかった。
そんなふうに笑いかけられたところで、彼女への疑心、あるいは負の感情はますます増えるばかりである。
「夏を司る稀人──サイモン様の前代は、あなたのお兄様だとお聞きしました」
「……ああ、そうですね」
「その時のことを、お聞きしたいのです。通常、当代の稀人が死ぬことで、次代に能力は引き継がれる。これは、セミュエルの常識で、セミュエルに住む人間なら誰もが知っていることです。……ですが、兄弟姉妹間なら、なにか、他の手段をもって、能力の譲渡が可能なのでは……と、そう考えました」
サイモンは、エミリアの言葉を注意深く聞いていく。
なにかひとつでも、聞き落としがないように。彼女の狙いを、把握するために。
彼は、すっと碧色色の瞳を細めて、彼女を見た。批判を込めた、攻撃的な目だった。
「それはつまり、ディルッチ公爵家が、兄の死を偽装している……と言いたいのですか?もしそうなら、そのやり方を教えろ、と?」
サイモンの前の夏を司る稀人は、彼の兄である。
彼の兄が死んだことで、その能力は彼に引き継がれた。
エミリアは、サイモンの兄の死を疑っているのか。実は、サイモンの兄は生きていて、能力だけを譲渡したのでは、と考えて、サイモンに尋ねているとしたら。
(いや……待て)
彼女は今、なんと言った?
そもそもなぜ彼女は、サイモンに能力を譲渡させる方法を尋ねている──?
「──!」
彼は息を飲んだ。
まさか。もしそうなら、アマレッタと彼女は。
彼は、まつ毛をはね上げ、彼女を見た。
エミリアは、変わらず真っ直ぐに──必死さすら感じる視線を、彼に向けていた。
「今、あなたは兄弟……姉妹間、と言った?」
「……はい」
「あなたは、バートリー公爵家の血を引いていると言った。そして、兄弟姉妹間での能力の譲渡は可能か、とも」
「はい」
つまり、それは。
サイモンは、ふたたび彼女を睨みつけるようにしながら、核心を突く問いを口にした。
「あなたは……アマレッタ・ル・バートリーの妹……なのか」
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