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2.罪を抱えた国

サイモン・ド・ディルッチの独白

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「サイモン様、陛下から登城命令が出ております」


三大公爵家および王城内襲撃事件から数日。

アマレッタの行方不明は各地に報された。
その報告を受けた王家はそうとう焦っているようで、慌てて捜索兵を出していると聞く。


サイモンは、執務椅子に座り、紅茶を飲んでいたが、執事からの声掛けでそちらを見た。

アマレッタが不在になったことで、今、セミュエル国は文字通り存亡の危機に襲われている。

もし、アマレッタが死ねば、その時点で次の継承者に能力は引き継がれる。バートリー公爵家の誰かが、稀人となるだけだ。
だけど、バートリー公爵家の誰も神秘を受け継いでいない。つまりそれは、アマレッタは現在生きていることを示している。

椅子の上で膝を組んでいた彼は、不意に後ろの窓を振り返った。

もうじき、定めの日だ。
セミュエル国は冬の季節にならなければならない。
冬を司る稀人は、王家のセドリック。

逆算すれば、春まではあと半年。

半年の間に、王家はアマレッタを見つけだすか、次代の【春を司る稀人】を誕生させなければならない。むろん、次代が現れる、ということはすなわちアマレッタの死を意味しているわけで。

サイモンは、ため息を吐いた。


「僕らを呼んでどうするつもりだ?あの無能め……」


──サイモンは、ずっと、反感を覚えていた。

王家に。
そして、バートリー公爵家に。

物心ついた時から、アマレッタとは面識があった。
三大公爵家の面々は、繋がりが深く、幼い頃から引き合わされるためだ。

だけど、サイモンが彼女と会った時。
既に、アマレッタには婚約者がいた。
セドリックだ。


当時、サイモンには兄がいた。
自慢の兄だった。
強く、優しく、優秀な兄だった。

兄は、考古学に興味があった。
セミュエル国の成り立ちから、セミュエル国のみに存在する稀人。自身が夏を司る稀人だったからか、彼はそれに強い興味を抱いたようだった。


気がついた時には、もう全てが手遅れだった。


兄は、ある古い文献を見つけ、整合性を確認するために他国での留学を希望した。

もちろん、彼は夏を司る稀人。
セミュエル国のために、長く国を不在にできない。
それもあって短期の留学を希望したのだが、それは却下された。

王家によって。


【セミュエル存亡に関わる稀人を、国外に出すことは許されない】


それが、諸侯会議を経て出された王家の回答だった。
社交界は、国は、彼が国を出ること自体を許さなかった。
万が一、彼がセミュエルに帰ることがなければ、国には夏が訪れなくなるためだ。

それを恐れて、議会は、王は、彼の留学を否認した。

王家との間にどういったやり取りがあったかはわからない。
だけど、いつも温厚なサイモンの父は、自身の息子が死んだ日、いつになく怒りを見せた。


『ばかな、ここまでするのか……!』


と。
それは、サイモンが偶然聞いてしまったものだった。
執務室で、書類を手に声を荒らげていた父。

翌日、父公爵の目は赤く充血していた。


王家とサイモンの兄の間に、何かしらの確執があったのだろう。

そして──兄が死に、サイモンが、次の夏を司る稀人となった時、彼は父から教えられた。

サイモンの兄が見つけた古い文献。
そこに書いてあった真偽不明の古い出来事。
そして、その真偽を明らかにするために、サイモンの兄は留学を希望していたこと。



ピィ、と遠くで鳥が鳴いた。
それで、サイモンは執事の言葉に返答していないことを思い出す。

「了解した、と返してくれ。……登城の用意を」

「かしこまりました」


執事は恭しく頭を下げ、退室した。
それを見てから、またサイモンは窓の外に視線を向ける。

自身と同じ色を持つ、銀の髪の少女。
春を司る稀人の特徴である、泡沫を思わせる桃の瞳を持つ彼女。

稀人は、それぞれ特徴的な瞳を持っている。それが、稀人の証明にもなる。


春は、桃色。
夏は、青色。
秋は、赤色。
冬は、紫色。


それぞれ、煌めきを帯びた──唯一の瞳を持つ。
サイモンも、兄が死ぬまでは暗い青、紺青色の瞳をしていたが、神秘を継承してからは瞳の色が変わった。
今の彼は、夏の夜の蛍を思わせるような──青緑色だ。


(僕はね、アマレッタ)


胸の内で、決して届くことのない告白をする。


(僕はずっと、きみが好きだったんだよ)


だけど、既に彼女には婚約者がいた。

稀人でもない自分が言い寄るなど、出来るはずもなかった。

そして、稀人になると、今度は稀人としての立場を理解するようになった。

稀人は、王国にいなくてはならない存在だ。
だけど実際は、見えない首輪をかけられているだけ。

それが、稀人だ。

それでもアマレッタは、稀人として、公爵令嬢として、務めを果たそうとしていた。

それを台無しにするようなことは、邪魔することは、彼には出来なかった。
サイモンが彼女に言い寄ればそれは醜聞となり、彼女の瑕疵に繋がる。


(……詭弁だ。あの時の僕は、何も出来なかった)


彼女を守り通すだけの力もなければ、知識もなかった。

だけど、だからこそ。
必ず──時間がかかっても、必ず。
彼女を呪縛から解放する、と。
そう決めていた。

亡き兄のためにも、王家には必ず復讐をすると、決めていた。

復讐をする。それを決めた時のことを思い出し、彼はきつく拳を握った。

(例え、刺し違えになったとしても──僕は)

また、遠くで鳥が鳴く。
それで、彼は思考を切りかえた。


「アマレッタがいない今、王家はどう出るか……」


サイモンの呟きは、誰に聞かれることなく空に解けて消えた。
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