4 / 48
1.春を司る稀人と、冬の王家
今ここで、死んでみせましょう
しおりを挟む
「なっ……」
汚い言葉を使ったからか、お父様が目を見開く。
だけど、素直な私の感情だった。
「貴族であるなら、感情を殺せ?それで、私の気持ちなんてなかったことにして、無視して……。お父様の、あなたの操り人形にされて、捨て駒にされるくらいなら、私はこの家を出ます。貴族であることをやめますわ!」
「アマレッタ!!」
お父様がそう言った直後、執務室の扉が開いた。
顔を覗かせているのは、お母様だ。
「──何の騒ぎですか」
お母様は、私とお父様を交互に見ると、それから眉を寄せた。まるで、臭いものでも嗅いだかのような顔。
彼女の、この顔も。
私は恐れていたな、と思い出す。
私は、愛を知らない少女だった。
だから、だからこそ。
『僕は、アマレッタを好きになろうと思う』
その言葉が、どれほど嬉しかったか。
きっと、彼には分からない。
愛されて育った彼には。
いくつもの愛を持つ、彼には。
愛には、たくさんの種類があるのだろう。
友愛、親愛、情愛……。
だけど幼い私は、そのどれをも知らなかった。彼にそう言われて、私は彼を好きになる努力をした。
疑似恋愛のようなものを続けるうちに、いつしか、私は彼に恋をしていたように思う。情愛になっていたのだ。
だけど彼が、私に持っていたのは友愛だった。
それも、愛のひとつなのだろう。
だけど、彼は言ったはず。
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』
それなのに。
(ひとの想いは、強制されるものではない。分かっているけど……)
それでも、裏切られたと思った。
その説明すらなく、私はエミリアに会わされた。セドリック様は、私に誠実ではなかった。
お母様は、お父様からことの次第を聞くと、鼻を鳴らして私に言った。
「アマレッタ。お前は少し、頭に血が上っているようですね。……頭を冷やしなさい」
(分かってはいたけど……)
やはり、この家に私の味方などいない。
私の気持ちをわかってくれるひとなどいないのだ。
私が十二歳の時、バートリー公爵家待望の男子が生まれた。
お父様とお母様は、生まれたばかりの弟にかかりきりで、ますます私からは遠ざかった。妃教育に忙しい私は、生まれたばかりの弟と会う時間すらなく、同じ邸にいるのに、私ひとりがひとりぼっちだった。
待ち望んだ男子だったからか、お父様とお母様は弟をことさら可愛がっていたように思う。
お母様は、私にはしなかった、絵本の読み聞かせを自ら行い。
お父様は、私の時はしなかった、ピクニックに家族三人で赴き。
窓の外から、楽しそうな声だけが聞こえてくる。
そこに、私が入ることは決して出来なかった。
アマレッタという少女は。
私は、誰よりも愛に飢えていて、誰よりも愛を望んでいただけの、ただの女の子だったのだ。
だからきっと、物語の私は、セドリック様の愛に依存した。見せかけの愛に傾倒し、それしかないと、思い込んでいた。それ以外の道が、私にはなかったから。微かな希望を手放せず、苦しんだ。
その結果が、【処刑】。
やっていられないにも、程がある。
少なくとも、私は、私のためにそんな結末を迎えたくない。
お母様の指示で、私は自室に閉じ込められた。
このまま部屋にこもって頭を冷やせ、とそういうことらしい。
けれど、何を言われようとも何を諭されようとも、私は考えを変える気はない。
両親からの理解も得られず、婚約者からは深い裏切りを受けて。
私はもう、この家に、この国に、自分の居場所など見い出せなかった。
私が、ここにいる意味は何?
ただ、搾取される為だけにいるの?
見せかけの愛に酔って、それを盲信しているふりをしなければならないの?
彼の、口先だけの愛に溺れて。
彼の、都合のいい言葉を信じて。
それで、エミリアへの嫉妬に狂う。
そんな未来、そんな私、許せそうもない。
認めたくもない。
その日の食事は出されなかった。
(分かってはいたけど……やっぱり、こうなったのね)
彼らは私が反抗していると思っているのだから。アマレッタが間違っていると、彼らは教えたいのだ。
仕置と称して食事を抜かれるのは、皮肉にも慣れていた。
そのまま、私は夜を過ごした。
次の日になると、セドリック様が公爵邸を訪れた。
昨日の、『またあとで』の言葉通り、私を訪ねたのだろう。
誰も彼もが、私の言葉を蔑ろにする。無いものとする。
サロンに通されたセドリック様は、私を見ると立ち上がった。
「アマレッタ、昨日は驚かせてしまってごめんね」
彼は、謝った。
昨日、私を、驚かせたことについて。
吐いた言葉そのものを撤回し、発言を謝る気は、毛頭ないのだ。
見せかけの、まやかしの愛で隠されていた彼の本心を知る。
私は、愚かだった。
愚かな愛に、盲目になり、何も見えていなかった。
縋っていたのだ、きっと。
「……殿下。昨日のお話ですが、私は何を言われようと自分の考えを変える気はありません」
先手を打って素直な気持ちを伝えると、彼はあからさまに顔をゆがめた。
そして、ため息を吐く。
「……どうして?そんなに、エミリアの存在が許せない?確かに僕は、僕の気持ちはエミリアに向いている。だけどだからといって、僕はきみを蔑ろにしたいんじゃ──」
「そうじゃありません。そうじゃ、ないんです。エミリアがどう、とかそういう問題ではなく、ただ、私の気持ちの問題です。私は、あなたの妃にはなりたくない。あなたは、私のこの感情を無視してでも、私と結婚すると……そう言うのですか?」
「は……?いや、アマレッタ……。まったく、公爵から聞いていた通りだ。何をそんな、意固地になってるんだい?やっぱり、ショックだったんだね」
セドリック様は、私の話にまともに取り合わなかった。
だから、私は立ち上がり、シャトレーヌに繋げていたそれを、手に取った。
「結局、あなたは私の話など一切聞かないのですね。あなたは、私が逆らうはずがないと、そう思っている。私が、あなたを愛していたから。好きだったから、だから、言うことを聞くと、そう思っている。ずいふん、ひどいひとですね、セドリック様」
「……何を言ってるのかな。きみの愛は知っている。僕も、きみのことを想っている。それは、エミリアに向けるものとは違うかもしれない。だけど」
「そうですね。あなたの向けるそれは、友愛なんでしょう?決してそれは、情愛にはならない。もっとも、今、そんなものを向けられたところで……私が喜ぶとも、思って欲しくないのですが」
シャトレーヌの先に繋げているのは、自室の鍵、蔵書室の鍵、懐中時計、香水、小物入れ──そして。
ちいさな短剣。
私が手に取ったことで、ようやく彼もそれに気がついたのだろう。怪訝な顔で、私を見ている。
「あなたが、この国が……『貴族ならそうする』という大義名分をもって私を縛ろうというのなら。私は、今、ここで死んでみせましょう。あなたの、目の前で」
どうせ、このままいけば処刑される身だ。
そうでなくとも、正妃であるエミリアとことあるごとに比べられ、私という個は死ぬことになるだろう。
精神的に死ぬか、肉体的に死ぬか。
その違いでしかない。
それなら、今、ここで。
汚い言葉を使ったからか、お父様が目を見開く。
だけど、素直な私の感情だった。
「貴族であるなら、感情を殺せ?それで、私の気持ちなんてなかったことにして、無視して……。お父様の、あなたの操り人形にされて、捨て駒にされるくらいなら、私はこの家を出ます。貴族であることをやめますわ!」
「アマレッタ!!」
お父様がそう言った直後、執務室の扉が開いた。
顔を覗かせているのは、お母様だ。
「──何の騒ぎですか」
お母様は、私とお父様を交互に見ると、それから眉を寄せた。まるで、臭いものでも嗅いだかのような顔。
彼女の、この顔も。
私は恐れていたな、と思い出す。
私は、愛を知らない少女だった。
だから、だからこそ。
『僕は、アマレッタを好きになろうと思う』
その言葉が、どれほど嬉しかったか。
きっと、彼には分からない。
愛されて育った彼には。
いくつもの愛を持つ、彼には。
愛には、たくさんの種類があるのだろう。
友愛、親愛、情愛……。
だけど幼い私は、そのどれをも知らなかった。彼にそう言われて、私は彼を好きになる努力をした。
疑似恋愛のようなものを続けるうちに、いつしか、私は彼に恋をしていたように思う。情愛になっていたのだ。
だけど彼が、私に持っていたのは友愛だった。
それも、愛のひとつなのだろう。
だけど、彼は言ったはず。
『僕らは、恋をするんだ。お互いに』
それなのに。
(ひとの想いは、強制されるものではない。分かっているけど……)
それでも、裏切られたと思った。
その説明すらなく、私はエミリアに会わされた。セドリック様は、私に誠実ではなかった。
お母様は、お父様からことの次第を聞くと、鼻を鳴らして私に言った。
「アマレッタ。お前は少し、頭に血が上っているようですね。……頭を冷やしなさい」
(分かってはいたけど……)
やはり、この家に私の味方などいない。
私の気持ちをわかってくれるひとなどいないのだ。
私が十二歳の時、バートリー公爵家待望の男子が生まれた。
お父様とお母様は、生まれたばかりの弟にかかりきりで、ますます私からは遠ざかった。妃教育に忙しい私は、生まれたばかりの弟と会う時間すらなく、同じ邸にいるのに、私ひとりがひとりぼっちだった。
待ち望んだ男子だったからか、お父様とお母様は弟をことさら可愛がっていたように思う。
お母様は、私にはしなかった、絵本の読み聞かせを自ら行い。
お父様は、私の時はしなかった、ピクニックに家族三人で赴き。
窓の外から、楽しそうな声だけが聞こえてくる。
そこに、私が入ることは決して出来なかった。
アマレッタという少女は。
私は、誰よりも愛に飢えていて、誰よりも愛を望んでいただけの、ただの女の子だったのだ。
だからきっと、物語の私は、セドリック様の愛に依存した。見せかけの愛に傾倒し、それしかないと、思い込んでいた。それ以外の道が、私にはなかったから。微かな希望を手放せず、苦しんだ。
その結果が、【処刑】。
やっていられないにも、程がある。
少なくとも、私は、私のためにそんな結末を迎えたくない。
お母様の指示で、私は自室に閉じ込められた。
このまま部屋にこもって頭を冷やせ、とそういうことらしい。
けれど、何を言われようとも何を諭されようとも、私は考えを変える気はない。
両親からの理解も得られず、婚約者からは深い裏切りを受けて。
私はもう、この家に、この国に、自分の居場所など見い出せなかった。
私が、ここにいる意味は何?
ただ、搾取される為だけにいるの?
見せかけの愛に酔って、それを盲信しているふりをしなければならないの?
彼の、口先だけの愛に溺れて。
彼の、都合のいい言葉を信じて。
それで、エミリアへの嫉妬に狂う。
そんな未来、そんな私、許せそうもない。
認めたくもない。
その日の食事は出されなかった。
(分かってはいたけど……やっぱり、こうなったのね)
彼らは私が反抗していると思っているのだから。アマレッタが間違っていると、彼らは教えたいのだ。
仕置と称して食事を抜かれるのは、皮肉にも慣れていた。
そのまま、私は夜を過ごした。
次の日になると、セドリック様が公爵邸を訪れた。
昨日の、『またあとで』の言葉通り、私を訪ねたのだろう。
誰も彼もが、私の言葉を蔑ろにする。無いものとする。
サロンに通されたセドリック様は、私を見ると立ち上がった。
「アマレッタ、昨日は驚かせてしまってごめんね」
彼は、謝った。
昨日、私を、驚かせたことについて。
吐いた言葉そのものを撤回し、発言を謝る気は、毛頭ないのだ。
見せかけの、まやかしの愛で隠されていた彼の本心を知る。
私は、愚かだった。
愚かな愛に、盲目になり、何も見えていなかった。
縋っていたのだ、きっと。
「……殿下。昨日のお話ですが、私は何を言われようと自分の考えを変える気はありません」
先手を打って素直な気持ちを伝えると、彼はあからさまに顔をゆがめた。
そして、ため息を吐く。
「……どうして?そんなに、エミリアの存在が許せない?確かに僕は、僕の気持ちはエミリアに向いている。だけどだからといって、僕はきみを蔑ろにしたいんじゃ──」
「そうじゃありません。そうじゃ、ないんです。エミリアがどう、とかそういう問題ではなく、ただ、私の気持ちの問題です。私は、あなたの妃にはなりたくない。あなたは、私のこの感情を無視してでも、私と結婚すると……そう言うのですか?」
「は……?いや、アマレッタ……。まったく、公爵から聞いていた通りだ。何をそんな、意固地になってるんだい?やっぱり、ショックだったんだね」
セドリック様は、私の話にまともに取り合わなかった。
だから、私は立ち上がり、シャトレーヌに繋げていたそれを、手に取った。
「結局、あなたは私の話など一切聞かないのですね。あなたは、私が逆らうはずがないと、そう思っている。私が、あなたを愛していたから。好きだったから、だから、言うことを聞くと、そう思っている。ずいふん、ひどいひとですね、セドリック様」
「……何を言ってるのかな。きみの愛は知っている。僕も、きみのことを想っている。それは、エミリアに向けるものとは違うかもしれない。だけど」
「そうですね。あなたの向けるそれは、友愛なんでしょう?決してそれは、情愛にはならない。もっとも、今、そんなものを向けられたところで……私が喜ぶとも、思って欲しくないのですが」
シャトレーヌの先に繋げているのは、自室の鍵、蔵書室の鍵、懐中時計、香水、小物入れ──そして。
ちいさな短剣。
私が手に取ったことで、ようやく彼もそれに気がついたのだろう。怪訝な顔で、私を見ている。
「あなたが、この国が……『貴族ならそうする』という大義名分をもって私を縛ろうというのなら。私は、今、ここで死んでみせましょう。あなたの、目の前で」
どうせ、このままいけば処刑される身だ。
そうでなくとも、正妃であるエミリアとことあるごとに比べられ、私という個は死ぬことになるだろう。
精神的に死ぬか、肉体的に死ぬか。
その違いでしかない。
それなら、今、ここで。
2,340
お気に入りに追加
4,380
あなたにおすすめの小説
悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。
ごろごろみかん。
恋愛
旦那様は、私の言葉を全て【女の嫉妬】と片付けてしまう。
正当な指摘も、注意も、全て無視されてしまうのだ。
忍耐の限界を試されていた伯爵夫人ルナマリアは、夫であるジェラルドに提案する。
──悪名高い私ですので、今さらどう呼ばれようと構いません。
わたしは不要だと、仰いましたね
ごろごろみかん。
恋愛
十七年、全てを擲って国民のため、国のために尽くしてきた。何ができるか、何が出来ないか。出来ないものを実現させるためにはどうすればいいのか。
試行錯誤しながらも政治に生きた彼女に突きつけられたのは「王太子妃に相応しくない」という婚約破棄の宣言だった。わたしに足りないものは何だったのだろう?
国のために全てを差し出した彼女に残されたものは何も無い。それなら、生きている意味も──
生きるよすがを失った彼女に声をかけたのは、悪名高い公爵子息。
「きみ、このままでいいの?このまま捨てられて終わりなんて、悔しくない?」
もちろん悔しい。
だけどそれ以上に、裏切られたショックの方が大きい。愛がなくても、信頼はあると思っていた。
「きみに足りないものを教えてあげようか」
男は笑った。
☆
国を変えたい、という気持ちは変わらない。
王太子妃の椅子が使えないのであれば、実力行使するしか──ありませんよね。
*以前掲載していたもののリメイク
愛なんてどこにもないと知っている
紫楼
恋愛
私は親の選んだ相手と政略結婚をさせられた。
相手には長年の恋人がいて婚約時から全てを諦め、貴族の娘として割り切った。
白い結婚でも社交界でどんなに噂されてもどうでも良い。
結局は追い出されて、家に帰された。
両親には叱られ、兄にはため息を吐かれる。
一年もしないうちに再婚を命じられた。
彼は兄の親友で、兄が私の初恋だと勘違いした人。
私は何も期待できないことを知っている。
彼は私を愛さない。
主人公以外が愛や恋に迷走して暴走しているので、主人公は最後の方しか、トキメキがないです。
作者の脳内の世界観なので現実世界の法律や常識とは重ねないでお読むください。
誤字脱字は多いと思われますので、先にごめんなさい。
他サイトにも載せています。
もう死んでしまった私へ
ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。
幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか?
今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!!
ゆるゆる設定です。
【取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。
ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの?
……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。
彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ?
婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。
お幸せに、婚約者様。
私も私で、幸せになりますので。
王妃の鑑
ごろごろみかん。
恋愛
王妃ネアモネは婚姻した夜に夫からお前のことは愛していないと告げられ、失意のうちに命を失った。そして気づけば時間は巻きもどる。
これはネアモネが幸せをつかもうと必死に生きる話
もう一度だけ。
しらす
恋愛
私の一番の願いは、貴方の幸せ。
最期に、うまく笑えたかな。
**タグご注意下さい。
***ギャグが上手く書けなくてシリアスを書きたくなったので書きました。
****ありきたりなお話です。
*****小説家になろう様にても掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる