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1.春を司る稀人と、冬の王家

今ここで、死んでみせましょう

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「なっ……」


汚い言葉を使ったからか、お父様が目を見開く。
だけど、素直な私の感情だった。


「貴族であるなら、感情を殺せ?それで、私の気持ちなんてなかったことにして、無視して……。お父様の、あなたの操り人形にされて、捨て駒にされるくらいなら、私はこの家を出ます。貴族であることをやめますわ!」


「アマレッタ!!」


お父様がそう言った直後、執務室の扉が開いた。
顔を覗かせているのは、お母様だ。


「──何の騒ぎですか」


お母様は、私とお父様を交互に見ると、それから眉を寄せた。まるで、臭いものでも嗅いだかのような顔。

彼女の、この顔も。
私は恐れていたな、と思い出す。

私は、愛を知らない少女だった。

だから、だからこそ。



『僕は、アマレッタを好きになろうと思う』
 


その言葉が、どれほど嬉しかったか。

きっと、彼には分からない。
愛されて育った彼には。
いくつもの愛を持つ、彼には。


愛には、たくさんの種類があるのだろう。
友愛、親愛、情愛……。

だけど幼い私は、そのどれをも知らなかった。彼にそう言われて、私は彼を好きになる努力をした。

疑似恋愛のようなものを続けるうちに、いつしか、私は彼に恋をしていたように思う。情愛になっていたのだ。


だけど彼が、私に持っていたのは友愛だった。


それも、愛のひとつなのだろう。
だけど、彼は言ったはず。


『僕らは、恋をするんだ。お互いに』


それなのに。

(ひとの想いは、強制されるものではない。分かっているけど……)


それでも、裏切られたと思った。
その説明すらなく、私はエミリアに会わされた。セドリック様は、私に誠実ではなかった。

お母様は、お父様からことの次第を聞くと、鼻を鳴らして私に言った。


「アマレッタ。お前は少し、頭に血が上っているようですね。……頭を冷やしなさい」


(分かってはいたけど……)

やはり、この家に私の味方などいない。
私の気持ちをわかってくれるひとなどいないのだ。

私が十二歳の時、バートリー公爵家待望の男子が生まれた。

お父様とお母様は、生まれたばかりの弟にかかりきりで、ますます私からは遠ざかった。妃教育に忙しい私は、生まれたばかりの弟と会う時間すらなく、同じ邸にいるのに、私ひとりがひとりぼっちだった。


待ち望んだ男子だったからか、お父様とお母様は弟をことさら可愛がっていたように思う。


お母様は、私にはしなかった、絵本の読み聞かせを自ら行い。


お父様は、私の時はしなかった、ピクニックに家族三人で赴き。


窓の外から、楽しそうな声だけが聞こえてくる。
そこに、私が入ることは決して出来なかった。


アマレッタという少女は。
私は、誰よりも愛に飢えていて、誰よりも愛を望んでいただけの、ただの女の子だったのだ。

だからきっと、物語の私は、セドリック様の愛に依存した。見せかけの愛に傾倒し、それしかないと、思い込んでいた。それ以外の道が、私にはなかったから。微かな希望を手放せず、苦しんだ。


その結果が、【処刑】。


やっていられないにも、程がある。
少なくとも、私は、私のためにそんな結末を迎えたくない。


お母様の指示で、私は自室に閉じ込められた。
このまま部屋にこもって頭を冷やせ、とそういうことらしい。
けれど、何を言われようとも何を諭されようとも、私は考えを変える気はない。


両親からの理解も得られず、婚約者からは深い裏切りを受けて。
私はもう、この家に、この国に、自分の居場所など見い出せなかった。


私が、ここにいる意味は何?


ただ、搾取される為だけにいるの?


見せかけの愛に酔って、それを盲信しているふりをしなければならないの?

彼の、口先だけの愛に溺れて。
彼の、都合のいい言葉を信じて。

それで、エミリアへの嫉妬に狂う。
そんな未来、そんな私、許せそうもない。
認めたくもない。



その日の食事は出されなかった。

(分かってはいたけど……やっぱり、こうなったのね)

彼らは私が反抗していると思っているのだから。アマレッタわたしが間違っていると、彼らは教えたいのだ。


仕置と称して食事を抜かれるのは、皮肉にも慣れていた。

そのまま、私は夜を過ごした。




次の日になると、セドリック様が公爵邸を訪れた。

昨日の、『またあとで』の言葉通り、私を訪ねたのだろう。
誰も彼もが、私の言葉を蔑ろにする。無いものとする。

サロンに通されたセドリック様は、私を見ると立ち上がった。

「アマレッタ、昨日は驚かせてしまってごめんね」

彼は、謝った。
昨日、私を・・驚かせた・・・・ことについて。
吐いた言葉そのものを撤回し、発言を謝る気は、毛頭ないのだ。


見せかけの、まやかしの愛で隠されていた彼の本心を知る。


私は、愚かだった。
愚かな愛に、盲目になり、何も見えていなかった。
縋っていたのだ、きっと。


「……殿下。昨日のお話ですが、私は何を言われようと自分の考えを変える気はありません」


先手を打って素直な気持ちを伝えると、彼はあからさまに顔をゆがめた。

そして、ため息を吐く。


「……どうして?そんなに、エミリアの存在が許せない?確かに僕は、僕の気持ちはエミリアに向いている。だけどだからといって、僕はきみを蔑ろにしたいんじゃ──」


「そうじゃありません。そうじゃ、ないんです。エミリアがどう、とかそういう問題ではなく、ただ、私の気持ちの問題です。私は、あなたの妃にはなりたくない。あなたは、私のこの感情を無視してでも、私と結婚すると……そう言うのですか?」


「は……?いや、アマレッタ……。まったく、公爵から聞いていた通りだ。何をそんな、意固地になってるんだい?やっぱり、ショックだったんだね」


セドリック様は、私の話にまともに取り合わなかった。
だから、私は立ち上がり、シャトレーヌに繋げていたそれを、手に取った。


「結局、あなたは私の話など一切聞かないのですね。あなたは、私が逆らうはずがないと、そう思っている。私が、あなたを愛していたから。好きだったから、だから、言うことを聞くと、そう思っている。ずいふん、ひどいひとですね、セドリック様」


「……何を言ってるのかな。きみの愛は知っている。僕も、きみのことを想っている。それは、エミリアに向けるものとは違うかもしれない。だけど」


「そうですね。あなたの向けるそれは、友愛なんでしょう?決してそれは、情愛にはならない。もっとも、今、そんなものを向けられたところで……私が喜ぶとも、思って欲しくないのですが」


シャトレーヌの先に繋げているのは、自室の鍵、蔵書室の鍵、懐中時計、香水、小物入れ──そして。


ちいさな短剣。


私が手に取ったことで、ようやく彼もそれに気がついたのだろう。怪訝な顔で、私を見ている。


「あなたが、この国が……『貴族ならそうする』という大義名分をもって私を縛ろうというのなら。私は、今、ここで死んでみせましょう。あなたの、目の前で」


どうせ、このままいけば処刑される身だ。

そうでなくとも、正妃であるエミリアとことあるごとに比べられ、私という個は死ぬことになるだろう。


精神的に死ぬか、肉体的に死ぬか。


その違いでしかない。

それなら、今、ここで。
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