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エピローグ

エピローグ ⑧ 【レジナルド】

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何も言うつもりがないのか、何も言えないのか。どちらにせよ沈黙を是と受け取ったレジナルドは続けてその言葉を口にした。

にこりと誰もが見とれるような甘い笑みをその顏に乗せて、レジナルドは笑った。

「ああ、そうだ。明日にはあなたの耳にも入るだろうけどーーー」

そこで、言葉を切ってレジナルドはふたりを見た。夫人は悩んでいるようだった。自分のした事が間違っていると認められないのかもしれない。公爵は厳しい顔で黙っていた。何も言わないふたりが何を考えているかまではレジナルドにはわからない。だけど、わかる必要も無いと思った。

「ゲティバーグ・ブライシフィック公。あなたにはセトボロス地の領主権を差し上げる。しばらく、そこで市民の生活を一から見てくるのもいいんじゃないかな」

「陛下…………!?セトボロス………とは」

掠れた声で公爵が悲鳴をあげた。セトボロスとはリームヴ王国の端にある土地で、その治安もあまりいいとは言えない。その自治権を委ねられた公爵は顔面を蒼白にさせた。どう考えても左遷である。しかもただの左遷ではなく、ものすごい面倒事を押し付けられてさえいる。セトボロスなんていうリームヴのスラムを収めるなんて並大抵なことではできない。少なくとも、年単位で時間がかかるだろうし、十年は必要だろう。セトボロスは国の端にあるせいか、移民もかなり多くよく言えば開放的、悪くいえば治安が入り乱れている。それを統治とは…………かなり難しい話だ。
それに、レジナルドは笑みで答えた。

「あなたが馬鹿にした市井のものの生活を、しっかりと目で見てくるといいよ」

ここで、公爵は先程己がした『市井生活が長く貴族としての教養を忘れたしまったようだな』という発言を思い出した。まさかそれのことを言ってるのか、と思ってその青ざめた顔に脂汗を滲ませた。まずい、と思った。国王がかなりその身に怒りを秘めているのを感じ取り、公爵は言葉を失った。公爵の誤算は、夫人がどういう発言をリリネリアにするのか読めなかったことと、そしてレジナルドが深くリリネリアを愛していたこと。この二点を読めなかったことだ。
公爵は家庭をあまり省みないひとだった。全て、夫人任せになっていたのだ。リリネリアのことも同様。リリネリアが市井に降ると聞いた時は貴族が何をしてる、と思った程度だった。家族の情が薄いと言ってもいい。だけど、それくらいなら問題なかった。恐らく、公爵が最も哀れであることはリリネリアの父であったことだろう。これがほかの娘……………全く別の家庭であれば、少なくとも、セトボロスに飛ばされるようなことにはならなかったはずだ。

「…………ああ、それと。恐らく、あなたは長く王都を離れることになるだろうから。当主の首はすげ替えた方がいいかもね」

その言葉に、公爵はそれが提案ではなく既に決定なのだと知った。夫人がそっと目を伏せたのが分かる。受け入れられないのだろう。信じられないのだろう。その気持ちはわからなくもなかったが、このふたりは父王と違って、根本的な何かが変わっているのだとレジナルドは気づいていた。どんなに言葉をかわしても分かり合えない人間など沢山いる。
公爵夫妻は、恐らくその類の人間だ。
きっと、いくら言葉を重ねても彼らは自分の過ちに気付かない。なぜなら、それを悪いと思っていないから。それが当たり前だと思っているから。万が一、夫人がリリネリアの立場になったとしても、夫人はそれを受け入れるのだろう。公爵も同様だ。彼らは冷たく、切り捨てることを躊躇わない。
だからこそ、レジナルドとは相容れないのだ。

ーーー結果として、公爵夫妻はセトボロスに移動することになった。

爵位を公爵の弟に譲渡させるようレジナルドが提案すると、彼はその通りにした。

鉛でも飲んだかのようにしている公爵と、ただ黙りこくっている夫人を見て、レジナルドは複雑な思いだった。

良かれと思ってやったことが、その真逆な結果となってしまった公爵夫妻。それを彼らは悪いとは思わない。

リリネリアはどう思っているだろうか。レジナルドはリリネリアの気持ちが気になった。

リリネリアは、ずっと黙り込んでいた。だけどやがて、不意に。彼女は呟いた。馬車に乗り込んだ時にリリネリアがぽつりと漏らしたのだ。

「…………ばかみたい」

それが、何を意味したのかはわからない。もしかしたらこんなことに十年を棒に振ったことを意味してるのかもしれないし、違うのかもしれない。
だけどその言葉が、今のリリネリアの全て。物語っている気がした。

新しく公爵位を継ぐ公爵の弟は、レジナルドの手の者のひとりだ。つまりこれでまた、レジナルドは己の派閥の力を強めたということになる。
思わぬ収穫であったが、これで全てが揃った。
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