69 / 71
エピローグ
エピローグ ⑧ 【レジナルド】
しおりを挟む
何も言うつもりがないのか、何も言えないのか。どちらにせよ沈黙を是と受け取ったレジナルドは続けてその言葉を口にした。
にこりと誰もが見とれるような甘い笑みをその顏に乗せて、レジナルドは笑った。
「ああ、そうだ。明日にはあなたの耳にも入るだろうけどーーー」
そこで、言葉を切ってレジナルドはふたりを見た。夫人は悩んでいるようだった。自分のした事が間違っていると認められないのかもしれない。公爵は厳しい顔で黙っていた。何も言わないふたりが何を考えているかまではレジナルドにはわからない。だけど、わかる必要も無いと思った。
「ゲティバーグ・ブライシフィック公。あなたにはセトボロス地の領主権を差し上げる。しばらく、そこで市民の生活を一から見てくるのもいいんじゃないかな」
「陛下…………!?セトボロス………とは」
掠れた声で公爵が悲鳴をあげた。セトボロスとはリームヴ王国の端にある土地で、その治安もあまりいいとは言えない。その自治権を委ねられた公爵は顔面を蒼白にさせた。どう考えても左遷である。しかもただの左遷ではなく、ものすごい面倒事を押し付けられてさえいる。セトボロスなんていうリームヴのスラムを収めるなんて並大抵なことではできない。少なくとも、年単位で時間がかかるだろうし、十年は必要だろう。セトボロスは国の端にあるせいか、移民もかなり多くよく言えば開放的、悪くいえば治安が入り乱れている。それを統治とは…………かなり難しい話だ。
それに、レジナルドは笑みで答えた。
「あなたが馬鹿にした市井のものの生活を、しっかりと目で見てくるといいよ」
ここで、公爵は先程己がした『市井生活が長く貴族としての教養を忘れたしまったようだな』という発言を思い出した。まさかそれのことを言ってるのか、と思ってその青ざめた顔に脂汗を滲ませた。まずい、と思った。国王がかなりその身に怒りを秘めているのを感じ取り、公爵は言葉を失った。公爵の誤算は、夫人がどういう発言をリリネリアにするのか読めなかったことと、そしてレジナルドが深くリリネリアを愛していたこと。この二点を読めなかったことだ。
公爵は家庭をあまり省みないひとだった。全て、夫人任せになっていたのだ。リリネリアのことも同様。リリネリアが市井に降ると聞いた時は貴族が何をしてる、と思った程度だった。家族の情が薄いと言ってもいい。だけど、それくらいなら問題なかった。恐らく、公爵が最も哀れであることはリリネリアの父であったことだろう。これがほかの娘……………全く別の家庭であれば、少なくとも、セトボロスに飛ばされるようなことにはならなかったはずだ。
「…………ああ、それと。恐らく、あなたは長く王都を離れることになるだろうから。当主の首はすげ替えた方がいいかもね」
その言葉に、公爵はそれが提案ではなく既に決定なのだと知った。夫人がそっと目を伏せたのが分かる。受け入れられないのだろう。信じられないのだろう。その気持ちはわからなくもなかったが、このふたりは父王と違って、根本的な何かが変わっているのだとレジナルドは気づいていた。どんなに言葉をかわしても分かり合えない人間など沢山いる。
公爵夫妻は、恐らくその類の人間だ。
きっと、いくら言葉を重ねても彼らは自分の過ちに気付かない。なぜなら、それを悪いと思っていないから。それが当たり前だと思っているから。万が一、夫人がリリネリアの立場になったとしても、夫人はそれを受け入れるのだろう。公爵も同様だ。彼らは冷たく、切り捨てることを躊躇わない。
だからこそ、レジナルドとは相容れないのだ。
ーーー結果として、公爵夫妻はセトボロスに移動することになった。
爵位を公爵の弟に譲渡させるようレジナルドが提案すると、彼はその通りにした。
鉛でも飲んだかのようにしている公爵と、ただ黙りこくっている夫人を見て、レジナルドは複雑な思いだった。
良かれと思ってやったことが、その真逆な結果となってしまった公爵夫妻。それを彼らは悪いとは思わない。
リリネリアはどう思っているだろうか。レジナルドはリリネリアの気持ちが気になった。
リリネリアは、ずっと黙り込んでいた。だけどやがて、不意に。彼女は呟いた。馬車に乗り込んだ時にリリネリアがぽつりと漏らしたのだ。
「…………ばかみたい」
それが、何を意味したのかはわからない。もしかしたらこんなことに十年を棒に振ったことを意味してるのかもしれないし、違うのかもしれない。
だけどその言葉が、今のリリネリアの全て。物語っている気がした。
新しく公爵位を継ぐ公爵の弟は、レジナルドの手の者のひとりだ。つまりこれでまた、レジナルドは己の派閥の力を強めたということになる。
思わぬ収穫であったが、これで全てが揃った。
にこりと誰もが見とれるような甘い笑みをその顏に乗せて、レジナルドは笑った。
「ああ、そうだ。明日にはあなたの耳にも入るだろうけどーーー」
そこで、言葉を切ってレジナルドはふたりを見た。夫人は悩んでいるようだった。自分のした事が間違っていると認められないのかもしれない。公爵は厳しい顔で黙っていた。何も言わないふたりが何を考えているかまではレジナルドにはわからない。だけど、わかる必要も無いと思った。
「ゲティバーグ・ブライシフィック公。あなたにはセトボロス地の領主権を差し上げる。しばらく、そこで市民の生活を一から見てくるのもいいんじゃないかな」
「陛下…………!?セトボロス………とは」
掠れた声で公爵が悲鳴をあげた。セトボロスとはリームヴ王国の端にある土地で、その治安もあまりいいとは言えない。その自治権を委ねられた公爵は顔面を蒼白にさせた。どう考えても左遷である。しかもただの左遷ではなく、ものすごい面倒事を押し付けられてさえいる。セトボロスなんていうリームヴのスラムを収めるなんて並大抵なことではできない。少なくとも、年単位で時間がかかるだろうし、十年は必要だろう。セトボロスは国の端にあるせいか、移民もかなり多くよく言えば開放的、悪くいえば治安が入り乱れている。それを統治とは…………かなり難しい話だ。
それに、レジナルドは笑みで答えた。
「あなたが馬鹿にした市井のものの生活を、しっかりと目で見てくるといいよ」
ここで、公爵は先程己がした『市井生活が長く貴族としての教養を忘れたしまったようだな』という発言を思い出した。まさかそれのことを言ってるのか、と思ってその青ざめた顔に脂汗を滲ませた。まずい、と思った。国王がかなりその身に怒りを秘めているのを感じ取り、公爵は言葉を失った。公爵の誤算は、夫人がどういう発言をリリネリアにするのか読めなかったことと、そしてレジナルドが深くリリネリアを愛していたこと。この二点を読めなかったことだ。
公爵は家庭をあまり省みないひとだった。全て、夫人任せになっていたのだ。リリネリアのことも同様。リリネリアが市井に降ると聞いた時は貴族が何をしてる、と思った程度だった。家族の情が薄いと言ってもいい。だけど、それくらいなら問題なかった。恐らく、公爵が最も哀れであることはリリネリアの父であったことだろう。これがほかの娘……………全く別の家庭であれば、少なくとも、セトボロスに飛ばされるようなことにはならなかったはずだ。
「…………ああ、それと。恐らく、あなたは長く王都を離れることになるだろうから。当主の首はすげ替えた方がいいかもね」
その言葉に、公爵はそれが提案ではなく既に決定なのだと知った。夫人がそっと目を伏せたのが分かる。受け入れられないのだろう。信じられないのだろう。その気持ちはわからなくもなかったが、このふたりは父王と違って、根本的な何かが変わっているのだとレジナルドは気づいていた。どんなに言葉をかわしても分かり合えない人間など沢山いる。
公爵夫妻は、恐らくその類の人間だ。
きっと、いくら言葉を重ねても彼らは自分の過ちに気付かない。なぜなら、それを悪いと思っていないから。それが当たり前だと思っているから。万が一、夫人がリリネリアの立場になったとしても、夫人はそれを受け入れるのだろう。公爵も同様だ。彼らは冷たく、切り捨てることを躊躇わない。
だからこそ、レジナルドとは相容れないのだ。
ーーー結果として、公爵夫妻はセトボロスに移動することになった。
爵位を公爵の弟に譲渡させるようレジナルドが提案すると、彼はその通りにした。
鉛でも飲んだかのようにしている公爵と、ただ黙りこくっている夫人を見て、レジナルドは複雑な思いだった。
良かれと思ってやったことが、その真逆な結果となってしまった公爵夫妻。それを彼らは悪いとは思わない。
リリネリアはどう思っているだろうか。レジナルドはリリネリアの気持ちが気になった。
リリネリアは、ずっと黙り込んでいた。だけどやがて、不意に。彼女は呟いた。馬車に乗り込んだ時にリリネリアがぽつりと漏らしたのだ。
「…………ばかみたい」
それが、何を意味したのかはわからない。もしかしたらこんなことに十年を棒に振ったことを意味してるのかもしれないし、違うのかもしれない。
だけどその言葉が、今のリリネリアの全て。物語っている気がした。
新しく公爵位を継ぐ公爵の弟は、レジナルドの手の者のひとりだ。つまりこれでまた、レジナルドは己の派閥の力を強めたということになる。
思わぬ収穫であったが、これで全てが揃った。
80
お気に入りに追加
3,544
あなたにおすすめの小説
【完結】愛してるなんて言うから
空原海
恋愛
「メアリー、俺はこの婚約を破棄したい」
婚約が決まって、三年が経とうかという頃に切り出された婚約破棄。
婚約の理由は、アラン様のお父様とわたしのお母様が、昔恋人同士だったから。
――なんだそれ。ふざけてんのか。
わたし達は婚約解消を前提とした婚約を、互いに了承し合った。
第1部が恋物語。
第2部は裏事情の暴露大会。親世代の愛憎確執バトル、スタートッ!
※ 一話のみ挿絵があります。サブタイトルに(※挿絵あり)と表記しております。
苦手な方、ごめんなさい。挿絵の箇所は、するーっと流してくださると幸いです。
不遇な王妃は国王の愛を望まない
ゆきむらさり
恋愛
稚拙ながらも投稿初日(11/21)から📝HOTランキングに入れて頂き、本当にありがとうございます🤗 今回初めてHOTランキングの5位(11/23)を頂き感無量です🥲 そうは言いつつも間違ってランキング入りしてしまった感が否めないのも確かです💦 それでも目に留めてくれた読者様には感謝致します✨
〔あらすじ〕📝ある時、クラウン王国の国王カルロスの元に、自ら命を絶った王妃アリーヤの訃報が届く。王妃アリーヤを冷遇しておきながら嘆く国王カルロスに皆は不思議がる。なにせ国王カルロスは幼馴染の側妃ベリンダを寵愛し、政略結婚の為に他国アメジスト王国から輿入れした不遇の王女アリーヤには見向きもしない。はたから見れば哀れな王妃アリーヤだが、実は他に愛する人がいる王妃アリーヤにもその方が都合が良いとも。彼女が真に望むのは愛する人と共に居られる些細な幸せ。ある時、自国に囚われの身である愛する人の訃報を受け取る王妃アリーヤは絶望に駆られるも……。主人公の舞台は途中から変わります。
※設定などは独自の世界観で、あくまでもご都合主義。断罪あり。ハピエン🩷
つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?
蓮
恋愛
少しネガティブな天然鈍感辺境伯令嬢と目つきが悪く恋愛に関してはポンコツコミュ障公爵令息のコミュニケーションエラー必至の爆笑(?)すれ違いラブコメ!
ランツベルク辺境伯令嬢ローザリンデは優秀な兄弟姉妹に囲まれて少し自信を持てずにいた。そんなローザリンデを夜会でエスコートしたいと申し出たのはオルデンブルク公爵令息ルートヴィヒ。そして複数回のエスコートを経て、ルートヴィヒとの結婚が決まるローザリンデ。しかし、ルートヴィヒには身分違いだが恋仲の女性がいる噂をローザリンデは知っていた。
エーベルシュタイン女男爵であるハイデマリー。彼女こそ、ルートヴィヒの恋人である。しかし上級貴族と下級貴族の結婚は許されていない上、ハイデマリーは既婚者である。
ローザリンデは自分がお飾りの妻だと理解した。その上でルートヴィヒとの結婚を受け入れる。ランツベルク家としても、筆頭公爵家であるオルデンブルク家と繋がりを持てることは有益なのだ。
しかし結婚後、ルートヴィヒの様子が明らかにおかしい。ローザリンデはルートヴィヒからお菓子、花、アクセサリー、更にはドレスまでことあるごとにプレゼントされる。プレゼントの量はどんどん増える。流石にこれはおかしいと思ったローザリンデはある日の夜会で聞いてみる。
「つかぬことをお伺いいたしますが、私はお飾りの妻ですよね?」
するとルートヴィヒからは予想外の返事があった。
小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
泣き虫令嬢は自称商人(本当は公爵)に愛される
琴葉悠
恋愛
エステル・アッシュベリーは泣き虫令嬢と一部から呼ばれていた。
そんな彼女に婚約者がいた。
彼女は婚約者が熱を出して寝込んでいると聞き、彼の屋敷に見舞いにいった時、彼と幼なじみの令嬢との不貞行為を目撃してしまう。
エステルは見舞い品を投げつけて、馬車にも乗らずに泣きながら夜道を走った。
冷静になった途端、ごろつきに囲まれるが謎の商人に助けられ──
婚約者は妹をご所望のようです…
春野オカリナ
恋愛
レスティーナ・サトラー公爵令嬢は、婚約者である王太子クロイツェルに嫌われている。
彼女は、特殊な家族に育てられた為、愛情に飢えていた。
自身の歪んだ愛情を婚約者に向けた為、クロイツェルに嫌がられていた。
だが、クロイツェルは公爵家に訪問する時は上機嫌なのだ。
その訳は、彼はレスティーナではなく彼女の妹マリアンヌに会う為にやって来ていた。
仲睦まじい様子の二人を見せつけられながら、レスティーナは考えた。
そんなに妹がいいのなら婚約を解消しよう──。
レスティーナはクロイツェルと無事、婚約解消したのだが……。
気が付くと、何故か10才まで時間が撒き戻ってしまっていた。
あなたの赤い糸は誰と繋がってるんですか!?
ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢エレノアはある日突然、人の赤い糸を見ることができるようになった。では自分の婚約者はどうだろうと思って見てみると、最近どこぞの侯爵令嬢と仲良くしているらしい王太子の赤い糸はどこにも伸びていなかった。
「…………!?赤い糸が………ない!?」
まあ自分に伸びてるわけはないだろうと思ったが、しかし誰にも伸びてないとは!!
エレノアの野望は深い森でひっそり暮らす自給自足生活である。貴族社会から逃げ出す手がかりになるかもしれないとエレノアは考え、王太子と侯爵令嬢の恋を(勝手に)応援することにした!
*これは勘違い&暴走した公爵令嬢エレノアが王太子の赤い糸を探すだけのお話です。ラブコメディ
釣り合わないと言われても、婚約者と別れる予定はありません
しろねこ。
恋愛
幼馴染と婚約を結んでいるラズリーは、学園に入学してから他の令嬢達によく絡まれていた。
曰く、婚約者と釣り合っていない、身分不相応だと。
ラズリーの婚約者であるファルク=トワレ伯爵令息は、第二王子の側近で、将来護衛騎士予定の有望株だ。背も高く、見目も良いと言う事で注目を浴びている。
対してラズリー=コランダム子爵令嬢は薬草学を専攻していて、外に出る事も少なく地味な見た目で華々しさもない。
そんな二人を周囲は好奇の目で見ており、時にはラズリーから婚約者を奪おうとするものも出てくる。
おっとり令嬢ラズリーはそんな周囲の圧力に屈することはない。
「釣り合わない? そうですか。でも彼は私が良いって言ってますし」
時に優しく、時に豪胆なラズリー、平穏な日々はいつ来るやら。
ハッピーエンド、両思い、ご都合主義なストーリーです。
ゆっくり更新予定です(*´ω`*)
小説家になろうさん、カクヨムさんでも投稿中。
全てを捨てて、わたしらしく生きていきます。
彩華(あやはな)
恋愛
3年前にリゼッタお姉様が風邪で死んだ後、お姉様の婚約者であるバルト様と結婚したわたし、サリーナ。バルト様はお姉様の事を愛していたため、わたしに愛情を向けることはなかった。じっと耐えた3年間。でも、人との出会いはわたしを変えていく。自由になるために全てを捨てる覚悟を決め、わたしはわたしらしく生きる事を決意する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる