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エピローグ

エピローグ ⑤【レジナルド】

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「元気でしたか、公爵。エレフェントスの軍会議以来ですね」

レジナルドがそう話しながら部屋に入っていく。その後ろについていくのはローブを深く羽織ったリリネリアだ。だけどそれがリリネリアだと気が付かない公爵と夫人は怪しげな視線をリリネリアに向けるだけだった。それにレジナルドは僅かな微苦笑を落とし、リリネリアを紹介する。

「怪しいものではありませんよ。今日は少しーーーそうですね。昔話でも、しようかと」

「昔話………ですか」

公爵が不思議そうな色を堪えてソファを勧めてきた。その、何も知らないと言ったばかりの態度が酷くレジナルドの癪に触ったのだがしかし公爵たちは気づいていないようだった。

ただ、レジナルドの怒りをリリネリアだけが気づき、気づかうようにそちらに視線を向けただけだ。それに、レジナルドは僅かながらに正気を取り戻した。リリネリアの手前、みっともないところは見せられない。レジナルドはソファに座ると、その隣にリリネリアを座らせた。

もう、二度と離さない。一度手に入れて、そしてなくしたと思っていた大切なものはもう二度と手放さない。なくさない。レジナルドは生涯をかけてリリネリアを守ることを己に誓っていた。例え、リリネリアに憎まれようとも、誹られようとも、レジナルドはその手を離すつもりはなかった。愛なんて綺麗な言葉じゃない。もっと汚くて、ドロドロとした何か、だ。

リリネリアには言っていないが、リリネリアの誘拐に関与したと思われる貴族については既にお家取り潰しを行っていた。

証拠不十分で罪を確定できない?

それならばでっち上げてしまえばいい。そう思ったレジナルドではあったが、しかし幸か不幸か、その家は叩くだけでホコリがわんさか出てきた。これで、罪を取り立てるだけのものが揃った。
レジナルドはその派閥ごと丸ごと、手荒に拘束した。リリネリアを拐った子爵家が仕えていた、公爵家ーーー。その娘がまたレジナルドに秋波を送ってきたことは反吐が出たが、その娘もまた、公爵家にさえ生まれなければ違う人生を送っていたのだろうとレジナルドは詮無いことを考えた。
公爵家の家を潰して、レジナルドは考えた。これは私刑だ。だけど何をどうすれば気が晴れるかなんて分からない。何をしても、過去は変わらない。加えてリリネリアのことを大々的に責め立てるわけにもいかないから、レジナルドは参っていた。

そして、レジナルドはこの国の法律を思い出した。強姦罪であれば懲役五年あたりだろう。加えて、リリネリアは貴族の最高位、公爵家の娘だった。死罪にしてもお釣りが来る程度だったが、それではだめだ。簡単に終わらせてはいけない。高位貴族の強姦罪は懲役十年と数ヶ月。加えて、数年の下人としての労働を課される。これは公爵にとっては耐えようがないほどの屈辱だろう。
これがいい、とレジナルドは思った。これなら、正当な罰になる。私刑リンチではなく、正しく公爵はリリネリアに行った罪をその身で払うことになるのだ。
公爵夫人と娘、その遠縁の親族にまでその非を向け、軽いものから重いもので法律に基づいてレジナルドは処理した。この一年で行われたことである。

レジナルドはリリネリアがゼラニウムの花束を用意した時、なるほど、自分たちにこれほどまでピッタリな花もないだろうと思った。ゼラニウムの花言葉は色によって全く異なってくる。

黄色の花言葉は『予期せぬ出会い』。
自分たちは予期せぬ再会を果たした。

そして白の花言葉『あなたの愛は信じない』。
リリネリアはレジナルドの愛を一度は否定した。十年の月日を見ればそれも当たり前であるし、受け入れられないのも当然とおもえた。

だけど、だけど最後には。彼女は自分の手で赤のゼラニウムの花束を用意してくれた。それがレジナルドにはどんなに嬉しいか、きっとリリネリアは知らないだろう。
ほっそりとした肩は幼い時となんら変わっていなかった。ふわふわの蜂蜜色の髪は邸宅にうつって甲斐甲斐しく世話を焼かれるうちに以前の繊細さを取り戻した。その白魚のような手からはクリームの甘い匂いがして、リリネリアはどこも甘かった。そして、昔のようにリリネリアは気が強かった。さっきの馬車でも自分にしてやられたのが気に入らなかったのか、しかめっ面をしていた。
顔に出やすいリリネリアが可愛らしくて、レジナルドは人知れず甘酸っぱい思いが胸に広がるのを抑えられなかった。十年ぶりに取り戻した初恋は悲しくて、切なくて、そして胸焼けがするほど甘かった。

リリネリアが好きだ、と思う。

だけど、好きなんてそんな簡単じゃない。どうして言葉には限度があるのだろう。どうしたから、この気持ちを現せるのか。それを、レジナルドは知らない。

リリネリアの大きな猫目がぱちぱちと外の光景を移すのを見て、その隣でレジナルドはとてもそれを喜ばしく思っていた。外の光景よりリリネリアに釘付けになっていることをきっとリリネリアは知らない。レジナルドはリリネリアと共に席に座ると、公爵に水を向けた。

「さて…………。何から話しましょうか。そうですね…………まずは、あなたの亡くなったご令嬢のお話をしても?」

その言葉に、びくりと二人の肩が揺れるのが見えた。レジナルドは内心歯がゆかった。公爵は、視線を揺らしながらもレジナルドに答える。

「亡くなった…………リリネリアのこと、ですかな………」

目の前にその令嬢がいるのにも気づかずに亡くなったと称する公爵が滑稽で、レジナルドは笑みの下に蔑みを浮かべた。リリネリアは、黙っていた。

「ああ。もう隠さずともいいんですよ。父上から聞きましたから」

「は…………」

「あれが、隠居したでしょう。あれは僕の言葉を受けて、のことなんですよ。表向きは療養だと銘打ってますが、本当のところは責任を追及しただけです」

さすがに、公爵も二の句が継げなかったようだった。夫人に至っては頭の回転が早いのか既にその顔は青白かった。リリネリアの両親なだけあって、夫人は美人だった。年齢を感じさせないパッチリとした猫目。口元にホクロがあるのが色っぽい。色味の濃い金髪をハーフアップにして、いく筋かを鎖骨に流している。

どうすれば自分が一番綺麗に見えるかをよく理解しているそれだ。

リリネリアは死んだこととされて、そして彼女もまた辺境の地で人知れず過ごしていたと言うのに、心配のしの字もななそうな夫人と、公爵にレジナルドは唸るような怒りを覚えた。

リリネリアは、何を思っているだろうか?
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