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レジナルド・リームヴ
絡まる糸
しおりを挟む「分かった…………。カイに伝えればいいか」
カイ、とはレジナルドの子飼いの影の一人だった。父王からつけられた従者ではなく、訳あってレジナルドが拾った者のひとりだ。カイはレジナルドに絶対忠誠を誓っているからこのことは他に漏らさないだろう。
カイは優秀な暗部だ。短期間で予想以上の成果を出すだろう。レジナルドは頷くだけに留め、仮の住まいへと足を伸ばした。
カイから返答があったのはそれから2日後。やはり思った以上に早かったそれは、おおよそレジナルドの予想通りのものだった。
夜、寝る前。今日もまたエリザベートの店に訪れたレジナルドは寝る前に彼女のことを思い出していた。
エリザベートはかなり重症な男性恐怖症だ。それはレジナルドも薄々勘づいていた。そして、恐らく、そうなった原因はほぼ間違いなくーーー彼女の過去にあるだろう。エリザベートが自分をエリザベートと名乗ることにもなにか関係性があるのだろうか。今は、まだ触れられない。本当であればその頬に触れ、熱を確かめたい。エリザベートが、リリネリアが生きていることを触れて確認したい。
抱きしめて、抱き寄せて、彼女の香りを吸い込んで。そしてーーー
「なんて、言うんだろうな」
ぽつりと、レジナルドは言葉をこぼした。正直、エリザベートを抱きしめて自分が何を言うのか分からなかった。ただ、彼女に触れたい。死んだと思っていた。守れなかったと、そう思っていた。何よりも大事だった少女が、生きている。信じられないことだった。ありえない奇跡だった。この街で、偶然出会ったのはなにか仕組まれたことなのだろうか。だけどそれでもいい。それでも…………
「生きていた………………」
時間差で、目頭が熱くなってくる。死んだと思ったリリネリアが、生きていた。失われた時間は戻らない。だけど、少なくとも今だけは。そのことを喜んでもいいだろうか。
リリーナローゼのことも、父王のことも、エリザベートのことも置いといて、今はただ。リリネリアが生きていたことを純粋に喜びたいと。そう思った。レジナルドは額に手を押し当てて、短く呼吸を乱した。目を閉じて、在りし日のリリネリアのことを想う。
好きだった。大切だった。
愛してる、とかそんな言葉はまだわからない年頃だった。
ただ、とにかく可愛くて。愛しくて。大切だった。
ただ、それだけだった。自分よりも柔らかくて、小さくて、ふわふわと笑うリリネリアが大好きだった。
可愛くて、甘いお菓子を食べるとふにゃりととけるその表情が好きだった。ちょっとしたことでいじけたり拗ねたりする、そんな些細な反応が好きだった。
ちょっと、リリネリアは気が強くて拗ねやすい性格をしていたけれど。
レジナルドはそんなところも好きだった。自分より二つ年下の少女はレジナルドよりも偉そうに振舞っていて、それでいて気遣いを忘れなかった。
そんな少女が、レジナルドは本当に。本当にーーー好きだったのだ。
目を強く閉じて、あの薔薇園を思い出す。色とりどりの薔薇に囲まれながらした、リリネリアとの約束。あの日に戻れるなら、どんなにいいだろうか。レジナルドが強く目を閉じてその思いを確かめていると、静かな、だけど決して無視出来ない声が部屋に響いた。
「殿下」
「…………カイか。ご苦労さま」
レジナルドはその一言で、すっと今までの記憶に蓋をした。切り替えをするのは得意だった。いや、見て見ぬふりをするのは。今まで、リリネリアへの感情をそうやって誤魔化しながら生きてきたのだ。見て見ぬふりをするのは得意だった。己を欺いて、誤魔化すのも。
「それで?」
その一言で、カイと呼ばれた男はすらすらと話し出す。部屋の隅に跪いたカイは、黒髪の男だった。ただ、全体的に黒装束をしているので年齢も体格も分かりにくい。俯いているせいで、顔も全くわからなかった。《影》であるからこそ、そうなのだろう。
「は。報告になります。………今より十二年前。ブライシフィック家の別邸に少女が住んでいたらしく、証言が取れました」
「十二年前………ね」
レジナルドは呟きながらリリネリアの年齢を逆算した。リリネリアはレジナルドのふたつ年下だ。だとすると、今のリリネリアの年齢は二十歳ということになる。本来であれば既にレジナルドの妻であったはずの年齢だ。またも胸をかすめる痛みに、レジナルドはそれを逃がすように息を吐いた。
そして、十二年前といえばリリネリアが八歳の時ーーー。レジナルドが十歳の時だ。
(十歳…………)
確か、十歳の話だった。
レジナルドが十歳の時、彼は父王からリリネリアは死んだと告げられたのだ。であれば。リリネリアが八歳の時、彼女は別邸に移ったのであれば。世間的にはリリネリアは死亡したとして、その実ずっとリリネリアは別邸に住んでいたのだろう。
(これは、リリネリアの意思…………?いや、ずっと別邸にいたのだから納得はしていたのか…………)
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