上 下
24 / 71
レジナルド・リームヴ

絡まる糸

しおりを挟む

「分かった…………。カイに伝えればいいか」

カイ、とはレジナルドの子飼いの影の一人だった。父王からつけられた従者ではなく、訳あってレジナルドが拾った者のひとりだ。カイはレジナルドに絶対忠誠を誓っているからこのことは他に漏らさないだろう。
カイは優秀な暗部だ。短期間で予想以上の成果を出すだろう。レジナルドは頷くだけに留め、仮の住まいへと足を伸ばした。

カイから返答があったのはそれから2日後。やはり思った以上に早かったそれは、おおよそレジナルドの予想通りのものだった。




夜、寝る前。今日もまたエリザベートの店に訪れたレジナルドは寝る前に彼女のことを思い出していた。

エリザベートはかなり重症な男性恐怖症だ。それはレジナルドも薄々勘づいていた。そして、恐らく、そうなった原因はほぼ間違いなくーーー彼女の過去にあるだろう。エリザベートが自分をエリザベートと名乗ることにもなにか関係性があるのだろうか。今は、まだ触れられない。本当であればその頬に触れ、熱を確かめたい。エリザベートが、リリネリアが生きていることを触れて確認したい。
抱きしめて、抱き寄せて、彼女の香りを吸い込んで。そしてーーー

「なんて、言うんだろうな」

ぽつりと、レジナルドは言葉をこぼした。正直、エリザベートを抱きしめて自分が何を言うのか分からなかった。ただ、彼女に触れたい。死んだと思っていた。守れなかったと、そう思っていた。何よりも大事だった少女が、生きている。信じられないことだった。ありえない奇跡だった。この街で、偶然出会ったのはなにか仕組まれたことなのだろうか。だけどそれでもいい。それでも…………

「生きていた………………」

時間差で、目頭が熱くなってくる。死んだと思ったリリネリアが、生きていた。失われた時間は戻らない。だけど、少なくとも今だけは。そのことを喜んでもいいだろうか。
リリーナローゼのことも、父王のことも、エリザベートのことも置いといて、今はただ。リリネリアが生きていたことを純粋に喜びたいと。そう思った。レジナルドは額に手を押し当てて、短く呼吸を乱した。目を閉じて、在りし日のリリネリアのことを想う。

好きだった。大切だった。

愛してる、とかそんな言葉はまだわからない年頃だった。
ただ、とにかく可愛くて。愛しくて。大切だった。
ただ、それだけだった。自分よりも柔らかくて、小さくて、ふわふわと笑うリリネリアが大好きだった。
可愛くて、甘いお菓子を食べるとふにゃりととけるその表情が好きだった。ちょっとしたことでいじけたり拗ねたりする、そんな些細な反応が好きだった。
ちょっと、リリネリアは気が強くて拗ねやすい性格をしていたけれど。
レジナルドはそんなところも好きだった。自分より二つ年下の少女はレジナルドよりも偉そうに振舞っていて、それでいて気遣いを忘れなかった。

そんな少女が、レジナルドは本当に。本当にーーー好きだったのだ。

目を強く閉じて、あの薔薇園を思い出す。色とりどりの薔薇に囲まれながらした、リリネリアとの約束。あの日に戻れるなら、どんなにいいだろうか。レジナルドが強く目を閉じてその思いを確かめていると、静かな、だけど決して無視出来ない声が部屋に響いた。

「殿下」

「…………カイか。ご苦労さま」

レジナルドはその一言で、すっと今までの記憶に蓋をした。切り替えをするのは得意だった。いや、見て見ぬふりをするのは。今まで、リリネリアへの感情をそうやって誤魔化しながら生きてきたのだ。見て見ぬふりをするのは得意だった。己を欺いて、誤魔化すのも。

「それで?」

その一言で、カイと呼ばれた男はすらすらと話し出す。部屋の隅に跪いたカイは、黒髪の男だった。ただ、全体的に黒装束をしているので年齢も体格も分かりにくい。俯いているせいで、顔も全くわからなかった。《影》であるからこそ、そうなのだろう。

「は。報告になります。………今より十二年前。ブライシフィック家の別邸に少女が住んでいたらしく、証言が取れました」

「十二年前………ね」

レジナルドは呟きながらリリネリアの年齢を逆算した。リリネリアはレジナルドのふたつ年下だ。だとすると、今のリリネリアの年齢は二十歳ということになる。本来であれば既にレジナルドの妻であったはずの年齢だ。またも胸をかすめる痛みに、レジナルドはそれを逃がすように息を吐いた。
そして、十二年前といえばリリネリアが八歳の時ーーー。レジナルドが十歳の時だ。

(十歳…………)

確か、十歳の話だった。
レジナルドが十歳の時、彼は父王からリリネリアは死んだと告げられたのだ。であれば。リリネリアが八歳の時、彼女は別邸に移ったのであれば。世間的にはリリネリアは死亡したとして、その実ずっとリリネリアは別邸に住んでいたのだろう。

(これは、リリネリアの意思…………?いや、ずっと別邸にいたのだから納得はしていたのか…………)
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

婚約者の心の声が聞こえてくるんですけど!!

ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢ミレイユは、婚約者である王太子に聞きただすつもりだった。「最近あなたと仲がよろしいと噂のミシェルとはどんなご関係なの?」と。ミレイユと婚約者ユリウスの仲はとてもいいとは言えない。ここ数年は定例の茶会以外ではまともに話したことすらなかった。ミレイユは悪女顔だった。黒の巻き髪に気の強そうな青い瞳。これは良くない傾向だとミレイユが危惧していた、その時。 不意にとんでもない声が頭の中に流れ込んできたのである!! *短めです。さくっと終わる

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...