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レジナルド・リームヴ
おもいだしたひと
しおりを挟むレジナルドが手にしたのは、ひとつの髪飾りだった。ガラス細工で作られたそれは、花のようだがーーー
(藤の花?いや、違う………)
レジナルドは僅かに考え、手に持った髪飾りに慎重に触れた。冷たい感触が指にあたる。薄紫色のガラス細工の髪飾り。それは一見すると藤の花のように見えるが………
「それ、トリカブトッスね」
不意にレジナルドの手元を覗き込んでいたエレンが突然口を挟んできた。その言葉に僅かに手元が狂う。トリカブト。確かにそれだ。薄紫色の、独特な造形のそれは間違いなくトリカブトなのだろう。綺麗な花だが、その花は猛毒を持っている。なぜあの娘がーーーリリネリアに似た彼女がこれを持っているのかよくわからなかった。簡単に言えば趣味が悪いと思われるものだ。彼女は少し変わっているのか、それとも…………。レジナルドは少し彼女について考えた。僅かな間だったが、彼女は随分憔悴していた。家まで送ると言ったレジナルドの提案を切り捨て、逃げるように帰っていった。
変わっている、というよりはーーー
(自滅思考………破壊思想がある…………?)
「アンタら!あの鉄仮面に構ったのかい」
レジナルドがそんなことを考えていると、不意に劈くような声が聞こえた。老女の声だ。
手に持ったそれをなぜか咄嗟にポケットにしまい、レジナルドは振り返った。エレンはあからさまに面倒くさそうな表情を張りつけている。レジナルドたちに絡んできたのはレジナルドの背の半分ほどしかなさそうな、腰の曲がった老女だった。
「アンタら、あの鉄仮面に構ったのかい?」
もう一度、老女は確認するようにレジナルドを見てきた。その瞳はとても老人のものとは思えないほどに鋭い。睨むようにしながら老女は言った。
毛の先まで真っ白な白髪に、ルビーのような真っ赤な瞳。白髪は生まれつきなのか、それとも年とともにその色になったのか。そんなことを考えながらレジナルドは僅かに腰をおった。紳士の対応である。
「失礼、ご婦人。あの鉄仮面、とは?」
「…………さっきの、金髪の娘のことさ。あの娘はどうにも男が苦手なんだ。わかったら構わないでおくれよ」
「あぁ。さっきの。どうりであっさり帰ったわけだ」
エレンはそんなことを言いながら、また言葉を続けた。
「でもあの娘さん、結構な美人だったな。あれで男が嫌いとは勿体ない。なぁ、婆さん。何で彼女は男が嫌いなんだ?」
レジナルドがきけないことをズカズカとエレンは聞いていく。
ーーー彼女はリリネリアではない。
ーーー彼女はリリネリアではない。
何度も心の中で復唱する。そうだ。彼女だって自分のことをエリザベートと名乗ったでは無いか。なのに、なぜだ?どうしてこんなに、緊張する?背筋に汗が滲む。冷たいものが走る。もし、万が一、彼女がリリネリアだったら?
そんなわけない。わかってる。それは自分の希望だ。生きていて欲しいと、浅ましくも願ってしまう自分の惨めさだ。情けない。リリネリアが死んだからもう十年以上経っているのに、未だに自分はリリネリアに囚われている。天国にいるリリネリアは笑っているだろうか。笑ってくれるだろうか。暴行を受けた彼女は、天国で笑えているのだろうか。
僕を、許してくれるのだろうか。絶対に守ると誓った、レジナルドを。それを果たせなかった自分を、リリネリアは許してくれるだろうか。
赦されなくていい、とレジナルドは思う。赦されたくない、とも。忘れたくないのだ。誰になんと言われようと。あの時の気持ちを。想いを。忘れたくないのだ。捨てられないのだ。過去に出来ないのだーーー。
「さぁね。それは知らん。だけどあの怯えようじゃ。過去になんかあったんじゃないか?ああ、言い寄るのはやめておくんだね。あの子は大の男嫌いだ。近づいただけでて手首切り落とされそうになったって言う男もいるんだから」
その言葉にまたしてもハッとする。まずい。全く思考回路が回らない。レジナルドは目の前の老女から視線を離し、エリザベートが去っていった方を見た。エレンはあからさまに怯えたふりをした。
「うへぇ。それは怖い。まあ安心してくれよ。俺は手馴れた姉ちゃんにしか興味ないし、この人は最近嫁さん迎えたばっかで新婚熱々なんだよ」
「………っ!」
レジナルドが思わず息を飲む。そして咄嗟に言い返そうとして、言葉が思いつかないことに気がついた。エレンの言っていることは正しい。いや、新婚ではあるが熱々ではない。だけど新婚であることは正しいのだ。レジナルドが口を閉ざすと、老女はあからさまに驚いた顔をした。
「あれまぁ!まあ、こんなにべっぴんさんならそれもそうかい。ま、それなら言うことは無いね。ところでおふたりさん、あんたらは騎士だろう。こんなところで引き止めて悪かったね」
「…………いや。親切にありがとう。それでは僕らは急ぐから………」
珍しく、レジナルドは言葉が出てこなかった。
どうしても、あの女性ーーー。エリザベートのことが気になる。だけど、思い出したようにリリーナローゼのことが思い浮かぶ。胸が痛む。キリキリとした痛みは罪悪感なのか、焦燥なのか。それともまた違う感情なのか。今のレジナルドには全くわからなかった。
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