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レジナルド・リームヴ
全てを失った日 ③
しおりを挟むあれからレジナルドは感情の何かを失った気がした。大切な、何にも変え難いものを失った。なぜもっと早くに教えてくれなかったのかと父王を詰った。リリネリアに見舞い拒否されているからと言って、遠慮しなければよかった。
もっと早く、いや。いっそリリネリアが誘拐されたあの日に戻って、リリネリアを連れ戻したかった。もう、いまさら悔やんでも何一つおそい。レジナルドはこの世で一番大切なものを失ったし、もうそれは戻らないのだ。不思議と涙は出なかった。
上辺だけいつも通りの毎日を取り繕って、それでもひとりになるとぼう、と考え込む日が続いた。
新しい婚約の話が舞い込んで、しばらくはかわしていたレジナルドだが、ある日なんだか全てどうでも良くなってしまった。
何をしても、リリネリアは戻らないのだ。何をしても、リリネリアは生き返らない。リリネリアのことはもう忘れろと国王が言う度に、レジナルドはリリネリアのことを想った。
だけどもういない人間をずっと思い続けるには、レジナルドの王太子という立場が許さない。結果、レジナルドは隣国の王女ーーーリリーナローゼと婚約を結んだ。
リリーナローゼとの婚約に踏み切った理由は、名前だった。見た目は違えども、リリィと呼ぶことが出来る。リリーナローゼにも、リリネリアにも酷いことをしていると分かっていた。だけど、その縁に縋らないとレジナルドは壊れてしまいそうだった。幼いときから好きだった少女が、あんな形で儚くなるなんて。それはレジナルドのトラウマでもあった。
二十二歳になり、レジナルドと隣国リリーナローゼ王女との婚姻が執り行われた。初めてあったリリーナローゼ王女は黒髪に青眼の艶やかな美少女だったが、レジナルドは何も思わなかった。愛らしいと思うことは、リリネリアに悪いとすら、何故か思っていた。レジナルドはどこか自分の感情に欠落があると知っていた。性欲も、男であれば普通は感じるはずなのにレジナルドはそれを厭った。閨教育が始まった時はその穢らわしさから吐いてしまった。
レジナルドは女性が嫌いなのではないか、とまことしやかに囁かれていたが、しかし上辺だけはレジナルドの女性への対応は優しかったため、さほど話題になることもなかった。
リリーナローゼと婚姻を結んで1ヶ月。初夜は、不発に終わってしまった。理由は簡単だ。レジナルドが気持ち悪くなってしまったから。リリーナローゼの肌を見て、レジナルドは吐き気を覚えた。思わず口に手を当てて、体調の悪さを理由に後伸ばしにした。
そんなことをしたら、リリーナローゼが気に病むことは分かっていたが、心が追いつかなかった。やはり、結婚するのではなかったとレジナルドは後悔した。このままではリリーナローゼは可哀想である。リリーナローゼはレジナルドの子供を産むためにやってきたのに、そのレジナルドに拒否されればリリーナローゼの立場がなくなる。
だけど、どうしてもレジナルドはダメだった。まさか本当に自分は女性を抱けないのかと危惧したが、リリネリアの夢を見た次の日、それは解消された。溜めすぎたのだと知りため息をつくが、生身の女に興奮を抱くことは無かった。
そんな毎日が続き、ついに父王から閨問題を指摘された。レジナルドは情けなく思いながらも早くこの問題を解決するべきだと思ったが、解決法がない。そんな時、辺境の街に視察の話が出た。この問題はすぐには解決しないだろう。
時間を置くしかない。最悪離縁か。いや、嫁いできた王女を国元に戻すなどとてつもない侮辱にあたる。何よりリリーナローゼが辛くなるだろう。
大丈夫だと思った。なんとかなると思った。およそ、人間のような感情は薄れただひたすら生きているような毎日でも妻を抱くことはできると思った。だけどダメだった。リリネリアのあの報告記録を読んだことを否応なく思い出す。リリネリアもきっと、こんなことをされた。レジナルドがリリーナローゼに触れる手とは全く別の、搾取されるような手つきでリリネリアは乱暴をされたのだ。
リリーナローゼと閨に入って改めてレジナルドは吐き気を催した。リリネリアはきっと泣いただろう、叫んだだろう、絶望しただろう。あの小さな手で一生懸命抗おうとしただろう。自分があんなに守りたかった少女は、あの日誰よりも残虐にその花を散らされたのだ。どうして自分はもっと、動けなかったのか。リリネリアのために何も出来なかったのか。立太子の儀のせいでリリネリアの死について知らせるのが遅れた、と父王は言った。そんなのはどうでもいい。リリネリアを失うくらいなら王太子の座などどうでもよかった。いらなかった。
こんなことなら、見舞いを拒否されても行くべきだった。無理やり行くべきだった。レジナルドは信じていた。リリネリアに何があってもふたりの未来は必ずある、と。そう信じていた。だからリリネリアに見舞いを拒否された時も未来があるからと、彼女の意志を優先した。
それを今は、とてつもないほどに後悔している。
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