上 下
9 / 71
レジナルド・リームヴ

全てを失った日 ③

しおりを挟む

あれからレジナルドは感情の何かを失った気がした。大切な、何にも変え難いものを失った。なぜもっと早くに教えてくれなかったのかと父王を詰った。リリネリアに見舞い拒否されているからと言って、遠慮しなければよかった。
もっと早く、いや。いっそリリネリアが誘拐されたあの日に戻って、リリネリアを連れ戻したかった。もう、いまさら悔やんでも何一つおそい。レジナルドはこの世で一番大切なものを失ったし、もうそれは戻らないのだ。不思議と涙は出なかった。
上辺だけいつも通りの毎日を取り繕って、それでもひとりになるとぼう、と考え込む日が続いた。
新しい婚約の話が舞い込んで、しばらくはかわしていたレジナルドだが、ある日なんだか全てどうでも良くなってしまった。

何をしても、リリネリアは戻らないのだ。何をしても、リリネリアは生き返らない。リリネリアのことはもう忘れろと国王が言う度に、レジナルドはリリネリアのことを想った。
だけどもういない人間をずっと思い続けるには、レジナルドの王太子という立場が許さない。結果、レジナルドは隣国の王女ーーーリリーナローゼと婚約を結んだ。

リリーナローゼとの婚約に踏み切った理由は、名前だった。見た目は違えども、リリィと呼ぶことが出来る。リリーナローゼにも、リリネリアにも酷いことをしていると分かっていた。だけど、その縁に縋らないとレジナルドは壊れてしまいそうだった。幼いときから好きだった少女が、あんな形で儚くなるなんて。それはレジナルドのトラウマでもあった。

二十二歳になり、レジナルドと隣国リリーナローゼ王女との婚姻が執り行われた。初めてあったリリーナローゼ王女は黒髪に青眼の艶やかな美少女だったが、レジナルドは何も思わなかった。愛らしいと思うことは、リリネリアに悪いとすら、何故か思っていた。レジナルドはどこか自分の感情に欠落があると知っていた。性欲も、男であれば普通は感じるはずなのにレジナルドはそれを厭った。閨教育が始まった時はその穢らわしさから吐いてしまった。
レジナルドは女性が嫌いなのではないか、とまことしやかに囁かれていたが、しかし上辺だけはレジナルドの女性への対応は優しかったため、さほど話題になることもなかった。
リリーナローゼと婚姻を結んで1ヶ月。初夜は、不発に終わってしまった。理由は簡単だ。レジナルドが気持ち悪くなってしまったから。リリーナローゼの肌を見て、レジナルドは吐き気を覚えた。思わず口に手を当てて、体調の悪さを理由に後伸ばしにした。
そんなことをしたら、リリーナローゼが気に病むことは分かっていたが、心が追いつかなかった。やはり、結婚するのではなかったとレジナルドは後悔した。このままではリリーナローゼは可哀想である。リリーナローゼはレジナルドの子供を産むためにやってきたのに、そのレジナルドに拒否されればリリーナローゼの立場がなくなる。
だけど、どうしてもレジナルドはダメだった。まさか本当に自分は女性を抱けないのかと危惧したが、リリネリアの夢を見た次の日、それは解消された。溜めすぎたのだと知りため息をつくが、生身の女に興奮を抱くことは無かった。

そんな毎日が続き、ついに父王から閨問題を指摘された。レジナルドは情けなく思いながらも早くこの問題を解決するべきだと思ったが、解決法がない。そんな時、辺境の街に視察の話が出た。この問題はすぐには解決しないだろう。

時間を置くしかない。最悪離縁か。いや、嫁いできた王女を国元に戻すなどとてつもない侮辱にあたる。何よりリリーナローゼが辛くなるだろう。
大丈夫だと思った。なんとかなると思った。およそ、人間のような感情は薄れただひたすら生きているような毎日でも妻を抱くことはできると思った。だけどダメだった。リリネリアのあの報告記録を読んだことを否応なく思い出す。リリネリアもきっと、こんなことをされた。レジナルドがリリーナローゼに触れる手とは全く別の、搾取されるような手つきでリリネリアは乱暴をされたのだ。

リリーナローゼと閨に入って改めてレジナルドは吐き気を催した。リリネリアはきっと泣いただろう、叫んだだろう、絶望しただろう。あの小さな手で一生懸命抗おうとしただろう。自分があんなに守りたかった少女は、あの日誰よりも残虐にその花を散らされたのだ。どうして自分はもっと、動けなかったのか。リリネリアのために何も出来なかったのか。立太子の儀のせいでリリネリアの死について知らせるのが遅れた、と父王は言った。そんなのはどうでもいい。リリネリアを失うくらいなら王太子の座などどうでもよかった。いらなかった。
こんなことなら、見舞いを拒否されても行くべきだった。無理やり行くべきだった。レジナルドは信じていた。リリネリアに何があってもふたりの未来は必ずある、と。そう信じていた。だからリリネリアに見舞いを拒否された時も未来があるからと、彼女の意志を優先した。


それを今は、とてつもないほどに後悔している。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「冤罪で処刑された公爵令嬢はタイムリープする〜二度目の人生は殺(や)られる前に殺(や)ってやりますわ!」

まほりろ
恋愛
【完結しました】 アリシア・フォスターは第一王子の婚約者だった。 だが卒業パーティで第一王子とその仲間たちに冤罪をかけられ、弁解することも許されず、その場で斬り殺されてしまう。 気がつけば、アリシアは十歳の誕生日までタイムリープしていた。 「二度目の人生は|殺《や》られる前に|殺《や》ってやりますわ!」 アリシアはやり直す前の人生で、自分を殺した者たちへの復讐を誓う。 敵は第一王子のスタン、男爵令嬢のゲレ、義弟(いとこ)のルーウィー、騎士団長の息子のジェイ、宰相の息子のカスパーの五人。 アリシアは父親と信頼のおけるメイドを仲間につけ、一人づつ確実に報復していく。 前回の人生では出会うことのなかった隣国の第三皇子に好意を持たれ……。 ☆ ※ざまぁ有り(死ネタ有り) ※虫を潰すように、さくさく敵を抹殺していきます。 ※ヒロインのパパは味方です。 ※他サイトにも投稿しています。 「Copyright(C)2021-九頭竜坂まほろん」 表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※本編1〜14話。タイムリープしたヒロインが、タイムリープする前の人生で自分を殺した相手を、ぷちぷちと潰していく話です。 ※番外編15〜26話。タイムリープする前の時間軸で、娘を殺された公爵が、娘を殺した相手を捻り潰していく話です。 2022年3月8日HOTランキング7位! ありがとうございます!

婚約者の心の声が聞こえてくるんですけど!!

ごろごろみかん。
恋愛
公爵令嬢ミレイユは、婚約者である王太子に聞きただすつもりだった。「最近あなたと仲がよろしいと噂のミシェルとはどんなご関係なの?」と。ミレイユと婚約者ユリウスの仲はとてもいいとは言えない。ここ数年は定例の茶会以外ではまともに話したことすらなかった。ミレイユは悪女顔だった。黒の巻き髪に気の強そうな青い瞳。これは良くない傾向だとミレイユが危惧していた、その時。 不意にとんでもない声が頭の中に流れ込んできたのである!! *短めです。さくっと終わる

影の王宮

朱里 麗華(reika2854)
恋愛
王立学園の卒業式で公爵令嬢のシェリルは、王太子であり婚約者であるギデオンに婚約破棄を言い渡される。 ギデオンには学園で知り合った恋人の男爵令嬢ミーシャがいるのだ。 幼い頃からギデオンを想っていたシェリルだったが、ギデオンの覚悟を知って身を引こうと考える。 両親の愛情を受けられずに育ったギデオンは、人一倍愛情を求めているのだ。 だけどミーシャはシェリルが思っていたような人物ではないようで……。 タグにも入れましたが、主人公カップル(本当に主人公かも怪しい)は元サヤです。 すっごく暗い話になりそうなので、プロローグに救いを入れました。 一章からの話でなぜそうなったのか過程を書いていきます。 メインになるのは親世代かと。 ※子どもに関するセンシティブな内容が含まれます。 苦手な方はご自衛ください。 ※タイトルが途中で変わる可能性があります<(_ _)>

家出した伯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
薬学に長けた家に生まれた伯爵令嬢のカノン。病弱だった第2王子との7年の婚約の結果は何と婚約破棄だった!これまでの尽力に対して、実家も含めあまりにもつらい仕打ちにとうとうカノンは家を出る決意をする。 番外編において暴力的なシーン等もありますので一応R15が付いています 6/21完結。今後の更新は予定しておりません。また、本編は60000字と少しで柔らかい表現で出来ております

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

【完結】辺境伯令嬢は新聞で婚約破棄を知った

五色ひわ
恋愛
 辺境伯令嬢としてのんびり領地で暮らしてきたアメリアは、カフェで見せられた新聞で自身の婚約破棄を知った。真実を確かめるため、アメリアは3年ぶりに王都へと旅立った。 ※本編34話、番外編『皇太子殿下の苦悩』31+1話、おまけ4話

前世と今世の幸せ

夕香里
恋愛
幼い頃から皇帝アルバートの「皇后」になるために妃教育を受けてきたリーティア。 しかし聖女が発見されたことでリーティアは皇后ではなく、皇妃として皇帝に嫁ぐ。 皇帝は皇妃を冷遇し、皇后を愛した。 そのうちにリーティアは病でこの世を去ってしまう。 この世を去った後に訳あってもう一度同じ人生を繰り返すことになった彼女は思う。 「今世は幸せになりたい」と ※小説家になろう様にも投稿しています

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

処理中です...