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リリネリア・ブライシフィック
捨てられない
しおりを挟む結局、私はこうだ。十年経っても異性と触れ合うことはおろか、愛を語らうことすらできない。触れれば否応なく拒否反応が出て、無理をすれば吐き戻す。一時期吐きすぎて歯がボロボロになったことがあった。ガーネリアは酷く泣いていた。
馬鹿らしくて、情けなくて、みっともなくて、悲しくて。感情がぐるぐる回る。ぐるぐるぐるぐる。
可哀想な子。生まれが公爵家だというだけで、男たちに陵辱されて処女を失ったと言うだけで。
あの日の出来事があったせいで、今私はこうしている。あの時のあれさえなければ、公爵家に生まれなければ。いっそ平民として生まれていればもっと私は幸せだっただろうか。少なくとも男に怯えて暮らすことも、触れられただけで吐くこともなかった。可哀想だ。哀れで、惨めで、救いようのない。
ぐるぐるぐるぐる。出口のない熱は出処を求めて、目に涙という形になって現れた。ぽろりと熱がこぼれる。
悲しくて泣いてるのではない。怖くて泣いているのでもない。ただ、みっともないから。自分が可哀想で、哀れで。不憫で笑ってしまう。壊れた感情回路からこぼれた涙は地面に染みを作った。ヒートした熱を処理するためにそれが水という形になっただけ。
私は自分で自分を哀れんで、悲しんで、同情している。どこか遠い出来事のような気持ちで、頬に熱いものを流した。
「………みっともないな。エレン、早く連れていけ」
ルドと呼ばれた男が短く言う。それだけで、その人が随分階級の高い人なのだとしれた。
エレンと呼ばれた男は茶髪なのだろうか。暗くてよく分からないが、少し長い襟足を前に持ってきて、ひとつで縛っていた。幼い少年のようなあどけなさを残しているその顔は、女癖が悪そうにも見える。
やがてこちらを振り向いたルドと呼ばれた男は、私の涙に気がついて酷くうろたえていた。馬鹿だ。こんなの、勝手に出る生理現象のようなものなのに。
かかずらってもらう必要はない。私は小さく目を閉じると指先で簡単に涙の雫を振り払ってルドとよばれた男を見た。
「ありがとうございました」
「いや………助けに入るのが遅れてすまなかった。お嬢さん、お怪我は?」
お嬢さん、なんてキザな言葉をはいて男が言う。男は随分背が高かった。それでも威圧感や圧迫感はないのは、どこかこの男の線が細いからだろう。
しっかりとした飾りの服からは分からないが、その腰は思ったより細いのかもしれない。重厚な作りの服は、騎士服のようだった。白地に金のラインか入っている。
「ありません。ありがとうございます」
「そう………。なら、良かった。僕は辺境騎士のルドだ。こっちは同僚のエレン」
「………エリザベートです」
自己紹介する必要性を感じたが、助けられたのだから私も挨拶するべきだろう。名前を告げると、目の前の男の眉が僅かに寄った。男は端正な顔をしていた。ああ、ルド、だったか。繊細な顔立ちの彼は随分まつ毛もながい。したまつ毛が長いせいか、美人という言葉がぴったり当てはまるような気すらする。
こんなに綺麗な顔をしていてもこいつは男なのだ。そう思うとどうしようもない癇癪に見舞われた。女だから、搾取されそうになる。女だから、こんな目に遭う。女性という性が憎くて仕方なかった。女である意味がなかった。必要がない。恋をすることのない私が女である理由なんてない。
女という性を捨ててしまいたかった。髪を切り、胸を抉り、顔を潰してしまいたくなった。
髪を切ろうとして、ガーネリアにやめさせられた。髪を切ろうとしたナイフが滑り、耳が少し切れた。熱湯を顔にぶつけようとしたこともあった。だけどそれもまたガーネリアに止められた。熱湯は宙を舞い、薔薇を飾った瓶にかかった。
「エリザベートさん。ここはあまり治安が良くない。お宅までお送りしますよ」
「………結構です、ありがとうございました」
そう言って私は路地裏から抜け出した。助けて貰ったとはいえ、別段家まで送って貰う必要は無い。路地裏にいるのだってあの男に連れ込まれただけだ。腕力の差が憎い。力がないことが悔しい。いつだって私は弱い方で、強い方に蹂躙されるだけ。
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