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セックスが下手

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 自分の身体を売るという試みをしようと、初めはクラスメイトの女の子に言ってみる事にした。
 とにかくまずは、僕が好感を持てる相手からにしようと、クラスの中でも地味に地味を重ねたような女の子だ。

 眼鏡を掛けていて、いつもつまらなそうにしているのは、友達が居ないから、というわけでも無いのだろう。

「ねえ、浅海ちゃん。僕の身体を買ってくれない?」

 詩衣浅海という彼女は、僕に視線も向けずに外を眺めたままだ。
 そして、つまらなそうな表情のまま「いくらかしら?」と呟く。

「浅海ちゃんなら言い値で良いよ」

 僕の言葉を受けて、浅海ちゃんは眼鏡を外す。
 そして、僕の方に視線を向けて、僕の胸の下辺りを指でつつく。

「なら、三百円で肺をもらおうかしら?」

 それで臓器バンクにでも提供してやるわ、と、投げやりな感じで言う彼女にはやはり好感が持てる。
 身体を売るという言葉をそういう意味で捉えるなんて、ちょっと笑える。

 勿論浅海ちゃんが勘違いして言っているわけでは無いだろうから、これは間接的に断られたと考えるべきだろう。

「生憎と、ばら売りはしてないんだ」

「じゃあいらないわ。さばくのが面倒だもの」

「さばくのは勘弁して欲しいね」

 いくら僕が将来に対して抱いている感情が『希望』よりも『絶望』の方が大きかったからって、この世を去りたいわけでは無い。
 死にたいわけでは無いし、死にたくないわけだ。

 死んでも構わないという気持ちはあるけれど、そんなのは死に直面してないからこそ言える事だ。多分殺されそうになったら必死で命乞いをするだろう。

「あなた、男の癖に売春やろうとしてるの?」

「いけないかな?」

「無謀ね」

「別にお金が欲しいわけじゃないんだけどね」

「何よそれ。じゃあどうしてやってるのよ」

「嫌がらせかな?」

「誰に対して?」

「誰だろうね。自分かもしれない」

「私に対してじゃないわよね?」

「それは勿論。僕が浅海ちゃんに嫌がらせをする理由が無い」

「意識は無くても嫌がらせって出来るものね」

「どういう意味?」

「あなたに意識が無くても、私には充分に嫌がらせになってるって事よ」

「何が?」

「あなたとの会話、うざったいわ」

「奇遇だね。僕も面倒だって思ってたところだよ」

 浅海ちゃんはこれで会話は終わりだとでも言いたげに、僕から視線を外して再び眼鏡を掛ける。
 眼鏡を掛けてまで見たいものがどこかにあるのだろうかとそちらに視線を向けてみても、気になるようなものは見つからない。

 僕は何となく、浅海ちゃんの横顔を眺める。
 会話が終わったからって、浅海ちゃんから離れる必要は無い。

「……もう、話さないわよ」

「僕も浅海ちゃんを離さないよ」

「…………」

「…………」

 宣言のとおり、浅海ちゃんは会話をしようとはしなかった。

 僕の宣言は何となく言っただけだから、浅海ちゃんを掴んでいるわけではない。
 僕が浅海ちゃんを眺め、浅海ちゃんが外の景色を眺めるという状況が続く。
 変わるのは時計の秒針が動いて行く事ぐらいだ。

「……千円」

 耐え切れなくなったわけじゃないだろうけど、浅海ちゃんが口を開く。

「千円で良いかしら?」

「うん」

「コンドームはあなたが用意してね」

「コンドーム買ったら、千円が無くなっちゃうよ」

「お金が目当てじゃ無いんでしょ?」

「そうだね」

 初めて僕の身体が売れて、放課後に校舎裏で待ち合わせる。
 先に来ていた浅海ちゃんは、僕が遅刻したとでも言いたげに不機嫌そうだったけれど、僕はコンドームを買いに走っていたので、このくらいの時間は掛かって当然だった。

「じゃあ、ホテルに行こうか」

「行かないわ」

「え、でも、セックスするんでしょ?」

「ええ」

「だったらホテルに行かないと」

「だったら何の為にコンドーム買ってきたのよ。ホテルに行けばそれくらいあるでしょ?」

「まあ、そうだけど」

「それに、私のお小遣いって少ないのよ。ホテルに行くお金なんて無いわ。あなたが奢ってくれるというのなら別だけれど」

「ホテル代も結構掛かるよね? でも、だったらどこでするの? 近くの公衆トイレにでも行く?」

「ここで良いわ」

「ここ?」

「誰も見てないわ」

「見られるかもしれない」

「見られて困るような身体をしてるつもりは無いわ」

「そういう趣味なの?」

「どうかしら?」

 浅海ちゃんは躊躇いも無くパンツを下ろす。
 汚れないようにと鞄の上にそれを置く。

「上もはだけた方が良いかしら?」

「出来ればね」

 制服をはだけた浅海ちゃんは、自らブラジャーを外す。
 ブラジャーを外すのが苦手な僕にはありがたい事だ。

 浅海ちゃんの胸の感触を確かめるように触る。
 キスしようとしたら避けられた。

「……浅海ちゃんって、処女だったの?」

 浅海ちゃんの太ももを血液が伝う。

「ええ、駄目だったかしら?」

 浅海ちゃんの表情は苦しそうだ。
 初めてだから痛いのかもしれない。

「駄目じゃなけど、こんな状況で良いの?」

「初めてだからって特別なわけでも無いでしょ? こんなの」

「そうだね」

「それにしても痛いわね。想像以上よ」

「僕は気持ち良いけどね」

「千円を返してもらいたいわ」

「それは出来ない相談だね」

 浅海ちゃんは始終苦しそうだった。
 僕が下手なわけでは無いと思うけれど。

 事が終わり、浅海ちゃんはパンツを穿く。
 その前に血や愛液をティッシュで拭っていたけれど、その仕草が妙にいやらしかった。
 ブラジャーを嵌め、制服を整える。

「どうだった?」

「何が?」

「感想」

「感想を求めるなんて最低ね」

「顧客満足のためには必要でしょ?」

「……痛いだけだったわ。下手くそ」

「あれ、その台詞、比奈ちゃんにも言われた気がする」

 あの時はブラジャーの外し方だったけれど。

「やっぱりあなた、下手くそなんじゃない。売春を生業にするなら、もうちょっと精進するのね」

 財布を取り出した浅海ちゃんは、僕に千円を渡す。
「高い買い物だったわ」と言い捨てて、立ち去る。振り返りもせずに。

 僕はどうやら売春にはあまり向いていないようだ。
 本当に僕は下手くそなのだろうか?

 僕が買った中学生は喜んでいたけれど。
 まあ、あれは僕がお客さんだったわけだし、傷つけるような事は言わないか。

 これからの売春活動をどうしようかと考えるけれど、浅海ちゃんに言われた「下手くそ」の言葉が思いの外ショックで、傷心した僕は肩を落としたまま帰宅した。

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