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ポッキーの食べ方
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目覚めたら吸血鬼になっていた。
意味が分からない。
いや、理由は分かるのだ。おそらくこれは、『転生の儀式』のせいだろう。
『儀式』なんて言うと仰々しく聞こえるかもしれないが、そう大したものではない。
簡単なものだし、実際に転生するなどとは思いもしなかった。
それはもう、中学生が夜の学校で狐狗狸さんをやるような、軽はずみな遊戯でしかなかった。
きっかけは中二病をこじらせて、三十路近くになっても魔眼だの、超能力だのと騒いでいた友人だ。いや、超能力ではなく異能だったか。
どう違うのか分からないが、そこら辺を間違うと煩い。
そんなだから結婚出来ないんだ、とセクハラ気味な指摘をしてやると、そういうお前はどうなんだというブーメランが鳩尾にめり込む。
まあ、正直私は恋愛も結婚も興味がなく、子供の頃から結婚は出来ないだろうと予想は出来ていたのだが、やはり実際に三十間近になっても結婚していないわけだ。
女というのは幼い頃から恋バナが好きで、恋愛をしていない奴は非人間だとでも言わんばかりにコミュニティから浮いてしまう。
その結果として、私の幼馴染兼親友は、恋バナよりも黒魔術の方が好きだという中二病の痛い女一人だけになってしまったのだ。まさか大人になっても堂々と中二病を続けているとは思わなかったが。
こんな頭のおかしい女なのに、頭は良いようで、プログラマーだとかいう理系なインテリ職についている。
私は地元のスーパーで経理をやっているのだが、給料明細を見せ合った時の絶望たるや思い出すだけでも忌々しい。
プログラマーって儲かるんですなぁ……。
まあそれ以来、酒を飲むときは彼女の奢りが多くなったので、めでたしめでたしと昔話風に終わらせておくに限る。
で、彼女は当然ながら、職場でも友達らしい友達がいない。遺憾ながら、私も友達がいない。
結局、小学校からの腐れ縁の彼女と、休日になればいつも遊んでいた。
親から『結婚は……』などと言われようとも、弟からレズビアン疑惑を掛けられようとも、休日に遊ぶ相手は彼女しかいなかったのだ。
そんな彼女から、平日の夜中に唐突な呼び出し。
何があるかやと心配しながらマンションに向かった。
彼女は一人暮らしでマンションに住んでいるのだが、玄関に足を踏み入れるたびに経済力の格差を見せつけられる。いや、マンションの外観を見た時点ですでに腰は引けている。
『転生の魔術を発見した』
妙にかしこまった口調で彼女はそんなことを言った。
『転生神エルメトラが……』と始まった中二設定は聞き流して、要件だけをまとめると『転生魔術が載ってる本を見つけたんだけど、怖いから一緒にやって』ということだった。
それ平日の夜中に呼び出してやること?
私からの不満の声は彼女の耳には届かない。
頭のおかしい人というのは他人の迷惑を考えないものなのだ。
『この魔術はプログラミング言語にも通じるところがあり、プログラマーたる私の力で完全をとりもどした。いや! むしろこの時のために、私はプログラマーになったとさえ言える。漫然とした無意識の中で、運命を……』
話が長いのは中二病の特徴なのか、単に彼女の特徴なのかは分からない。何せ私には友達が彼女しかいないし、中二病の人なんて彼女以外に見たことがないからだ。
中学時代に何人か見たような気がするが、まともに話したこともない。
それに、三十間近のこの時期に、いまだに中二病を続けているのは彼女くらいのものだろう。中二病が残っていたとしても、大抵の人は隠すに違いない。
彼女はいつでも堂々と中二病をしている。そして引かれている。
よくこんなで社会人をやっていられるものだと、プログラマーという職業に若干の偏見を持っている私を許してほしい。
かくして私は彼女の転生魔術に付き合うことになった。
魔術の発動には儀式と生贄が必要だという。
彼女は遮光カーテンで外光を遮断した部屋の中、――照明があるから普通に明るいが――床に、壁に、天井に、数字で魔法陣のようなものを描き出した。
ちなみに数字はアラビア数字でも英数字でも漢数字でもなく、私が知らない数字だ。
妙に似た文字ばかり書いているので、何の文字かと聞いたら異界の数字だと言っていた。
魔法陣を描き切るまでにおよそ二時間。
私はポッキーとじゃがりこという最強のお伴とともに、コーラという悪魔と戦っていた。
私は下戸なので酒は飲めない。
正直、魔法陣を書き終わってから呼んで欲しかったとは思うものの、そうなると私が眠ってしまい、連絡がつかなくなることを見越していたのだろう。
彼女の家は衛星放送に加入していたので、私の家では見れないアメリカのバスケが見れて楽しかったから良いのだけれど。どこのチームかも知らないので、どちらを応援しているというわけでもなかったが。
豪快なダンクが決まり、思わず「おおっ!」と唸っていると、背後から声が聞こえてくる。
『ふっふっふ、完成だ。ついに完成したぞ!』
近所迷惑、と言いたいところだったが、このマンションの壁は厚いので深夜にカラオケをしても隣に音が漏れることはないそうだ。実に羨ましい。
二時間の作業を終えて興奮している彼女に、バスケがちょうど良いところだったので『ごめん、静かにして』と言ったらなんかすごい落ち込んでた。
少し可哀想な事をしてしまった気になったので、慰めるためにポッキーを口の中に突き刺してみる。
『私、ポッキーは三本くらいまとめて食べる主義なんだよね』
彼女は中二病じゃなかったとしても、いらっとする性格をしている。
意味が分からない。
いや、理由は分かるのだ。おそらくこれは、『転生の儀式』のせいだろう。
『儀式』なんて言うと仰々しく聞こえるかもしれないが、そう大したものではない。
簡単なものだし、実際に転生するなどとは思いもしなかった。
それはもう、中学生が夜の学校で狐狗狸さんをやるような、軽はずみな遊戯でしかなかった。
きっかけは中二病をこじらせて、三十路近くになっても魔眼だの、超能力だのと騒いでいた友人だ。いや、超能力ではなく異能だったか。
どう違うのか分からないが、そこら辺を間違うと煩い。
そんなだから結婚出来ないんだ、とセクハラ気味な指摘をしてやると、そういうお前はどうなんだというブーメランが鳩尾にめり込む。
まあ、正直私は恋愛も結婚も興味がなく、子供の頃から結婚は出来ないだろうと予想は出来ていたのだが、やはり実際に三十間近になっても結婚していないわけだ。
女というのは幼い頃から恋バナが好きで、恋愛をしていない奴は非人間だとでも言わんばかりにコミュニティから浮いてしまう。
その結果として、私の幼馴染兼親友は、恋バナよりも黒魔術の方が好きだという中二病の痛い女一人だけになってしまったのだ。まさか大人になっても堂々と中二病を続けているとは思わなかったが。
こんな頭のおかしい女なのに、頭は良いようで、プログラマーだとかいう理系なインテリ職についている。
私は地元のスーパーで経理をやっているのだが、給料明細を見せ合った時の絶望たるや思い出すだけでも忌々しい。
プログラマーって儲かるんですなぁ……。
まあそれ以来、酒を飲むときは彼女の奢りが多くなったので、めでたしめでたしと昔話風に終わらせておくに限る。
で、彼女は当然ながら、職場でも友達らしい友達がいない。遺憾ながら、私も友達がいない。
結局、小学校からの腐れ縁の彼女と、休日になればいつも遊んでいた。
親から『結婚は……』などと言われようとも、弟からレズビアン疑惑を掛けられようとも、休日に遊ぶ相手は彼女しかいなかったのだ。
そんな彼女から、平日の夜中に唐突な呼び出し。
何があるかやと心配しながらマンションに向かった。
彼女は一人暮らしでマンションに住んでいるのだが、玄関に足を踏み入れるたびに経済力の格差を見せつけられる。いや、マンションの外観を見た時点ですでに腰は引けている。
『転生の魔術を発見した』
妙にかしこまった口調で彼女はそんなことを言った。
『転生神エルメトラが……』と始まった中二設定は聞き流して、要件だけをまとめると『転生魔術が載ってる本を見つけたんだけど、怖いから一緒にやって』ということだった。
それ平日の夜中に呼び出してやること?
私からの不満の声は彼女の耳には届かない。
頭のおかしい人というのは他人の迷惑を考えないものなのだ。
『この魔術はプログラミング言語にも通じるところがあり、プログラマーたる私の力で完全をとりもどした。いや! むしろこの時のために、私はプログラマーになったとさえ言える。漫然とした無意識の中で、運命を……』
話が長いのは中二病の特徴なのか、単に彼女の特徴なのかは分からない。何せ私には友達が彼女しかいないし、中二病の人なんて彼女以外に見たことがないからだ。
中学時代に何人か見たような気がするが、まともに話したこともない。
それに、三十間近のこの時期に、いまだに中二病を続けているのは彼女くらいのものだろう。中二病が残っていたとしても、大抵の人は隠すに違いない。
彼女はいつでも堂々と中二病をしている。そして引かれている。
よくこんなで社会人をやっていられるものだと、プログラマーという職業に若干の偏見を持っている私を許してほしい。
かくして私は彼女の転生魔術に付き合うことになった。
魔術の発動には儀式と生贄が必要だという。
彼女は遮光カーテンで外光を遮断した部屋の中、――照明があるから普通に明るいが――床に、壁に、天井に、数字で魔法陣のようなものを描き出した。
ちなみに数字はアラビア数字でも英数字でも漢数字でもなく、私が知らない数字だ。
妙に似た文字ばかり書いているので、何の文字かと聞いたら異界の数字だと言っていた。
魔法陣を描き切るまでにおよそ二時間。
私はポッキーとじゃがりこという最強のお伴とともに、コーラという悪魔と戦っていた。
私は下戸なので酒は飲めない。
正直、魔法陣を書き終わってから呼んで欲しかったとは思うものの、そうなると私が眠ってしまい、連絡がつかなくなることを見越していたのだろう。
彼女の家は衛星放送に加入していたので、私の家では見れないアメリカのバスケが見れて楽しかったから良いのだけれど。どこのチームかも知らないので、どちらを応援しているというわけでもなかったが。
豪快なダンクが決まり、思わず「おおっ!」と唸っていると、背後から声が聞こえてくる。
『ふっふっふ、完成だ。ついに完成したぞ!』
近所迷惑、と言いたいところだったが、このマンションの壁は厚いので深夜にカラオケをしても隣に音が漏れることはないそうだ。実に羨ましい。
二時間の作業を終えて興奮している彼女に、バスケがちょうど良いところだったので『ごめん、静かにして』と言ったらなんかすごい落ち込んでた。
少し可哀想な事をしてしまった気になったので、慰めるためにポッキーを口の中に突き刺してみる。
『私、ポッキーは三本くらいまとめて食べる主義なんだよね』
彼女は中二病じゃなかったとしても、いらっとする性格をしている。
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