ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~2章~

20話

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「あれ……?蓮二さん?」

武州に住む心配性の姉・沖田ミツに京小物でも送ってやろうと町に出てきた総司は目的の品を手にし嬉々として店を出る。

総司の視界に入ったのはどうにも不釣り合いな背丈の三人組。
左から、小・大・中。
バラバラなのは背丈だけではなかった。

左の男はまだ少年と言ってもおかしくはない程幼く華奢な身体つき。
丁度、ふくらはぎ程の丈の着物は所々が当て布が繕ってあり決して綺麗ではない。
それでも少年の顔は生き生きとしていて時折綻ぶ顔が何とも愛くるしい。
右を歩く男はザンバラに切った濃茶の髪と人懐っこい笑顔が印象的だった。
腰には美しく装飾された短刀。差料としてはあまりにも不自然すぎる。
総司はその男の足元を見て首を傾げた。
草履や下駄ではない。
黒くゴツゴツとしたものが足全体を包んでいる。
着物は汚れているものの見た所なかなか高価な布地。なのに足元に目をやれば見た事もない履き物。
パッと見、調和の取れていない着合わせだがその男は見事に着こなしていた。

そして、その二人に挟まれる形の男はスラリと背が高く背筋をピンと伸ばし歩く姿がなんとも美しい。
それは間違う事なく総司のよく知る人物、如月蓮二だった。
腰に見覚えのない刀が差してある。
艶のある漆黒の鞘は気取らない程度に小さく梅の花が描いてありその簡素さが刀本来の美しさを際立たせていた。

生まれは違うが三年ほど前から京の町に住んでいたと言う蓮二にこの町での知り合いは多いだろう。
短い期間だが共に生活して来た総司は何人か蓮二の知り合いと接触している。
しかし今、目の前を通り過ぎた蓮二を囲む二人を総司は知らない。

何故か……
自分の知らない男達と楽しげに話す蓮二に苛立ちを覚えた。



小太郎達と談笑していた蓮二は背後に異様な殺気を感じる。
チラリと坂本を見れば彼も気付いたらしく小さく頷いた。
小太郎の腕を掴み走り出そうとした瞬間

「蓮二さんっっ!」
自分の名前を呼ばれた事に体がビクッ と跳ね上がる。
すでに腕を蓮二に掴まれていた小太郎は蓮二以上に驚いていた。
その声と殺気の大元である人間を思い浮かべ嘆息する。

「……総司。頼むからそんなむやみやたらに殺気を放つな。可愛い顔が台無しだ」
振り返れば案の定、張り付いたような笑顔でどす黒い殺気を放つ総司が居る。

「あぁ、すいません。蓮二さんが不逞の輩に連れて行かれるのかと思いまして」
棒読みされた言葉に真実味は皆無。
坂本はわしゃあ、不逞な奴に見えちょるんかのぅ、と苦笑い。

「俺の知り合いだ。それよりお前は何してんだ?非番だっけ?」
蓮二の言葉に強烈な殺気は消えたものの未だ微弱に放たれていた。
ズカズカと歩み寄って来たと思ったら坂本を手で押しのけ無理矢理蓮二の隣を確保する。

「えぇ。非番ですよ。姉に京小物でも送ってやろうと買いに来たんです」
蓮二の腕にがっしりと自分の腕を絡ませる総司。
相変わらずの笑顔だが目だけは笑っていない。
その目を蓮二の左隣に立つ小太郎に向けた。
一瞬、何が起きたのか分からない小太郎だったが自分に向けられた鋭い視線で状況を理解する。

「どちら様でしょうか?」
「私は新選組一番隊組長、沖田総司です。あなたいくつですか?子供はそろそろお家に帰った方が良いですよ?」
「残念ながら子供じゃありません。もう十九です。新選組ならちゃんと仕事して下さいよ。さっきまで蓮二さんとさかも……フガッ」

坂本の名前が出そうになった時、蓮二は咄嗟に小太郎の口を塞いだ。
別に隠す事ではないだろうが体がつい反応してしまった。
坂本を見れば、両の手を合わせおおきにと口を動かす。

「お前ら二人とも子供だから心配すんな」
呆れ口調の蓮二に二人は一瞬しょげるが、バッと顔を上げると同時に蓮二の腕に絡みつき火花を散らし始めた。

端から見れば、異様な光景である。
美丈夫な男を二人の青年(少年?)が取り合いしているのだ。
一瞬大人しくなったがその後またすぐに戦いの火蓋は切られた。
蓮二を挟んで、ギャーギャーといつまで経っても終わらない口論に今度は蓮二の堪忍袋の尾が切れる。

「だあぁぁぁ!もう、うるせぇよっっ!!何なんだよ、お前らは!まず、腕離せっ!」
蓮二の恫喝にピタリと口を噤む。
そしてお互いを指差し、

「「だってこの人が……」」
と声を揃えた。

「わははははっ!蓮二くんは皆に好かれちょるのー!」
腹を抱えて笑い出す坂本を見て総司達は顔を赤らめる。

「才谷さん……笑い事じゃないですよ……」
はぁと溜め息をつき、改めて二人を見る。

「総司、こちらで笑っている方は才谷梅太郎さん。土佐の……商家の方だ。で、お前が口喧嘩してたのは、小太郎。おれの友人で露天商をしながら全国を歩いてる」
友人と紹介され照れくさそうに頬を掻く小太郎に総司はまたもや食って掛かる。

「私なんて毎日、蓮二さんと寝食を共にしているんですから!」
「おいっ!誤解を招くような言い方をすんな。同じ屯所内ってだけだろうが」
最早、何の話になっているのかさっぱり分からない。

「露天商と土佐の商家の方が蓮二さんに何の用なんですか?まさかっ!?立場を利用して新選組にいかがわしい物でも売りつける気ですかっ?それならば、私がこの場で斬り捨てて差し上げます」
カチンと鯉口を切る音に蓮二は素早く反応し総司の手を押さえる。

「物騒な事言うな。小太郎は俺の探してた物を届けてくれただけだ。才谷さんは……まぁ、偶然バッタリ……?」
沖田は蓮二の曖昧な言葉を聞き坂本に訝しげな視線を向ける。

「おぉ、そやった。わしゃあ今から行かにゃならん所があるき。つもる話もあるがほりゃあまた今度にしよう。さっきは助けてくれておーきに。それほんなら、蓮二くん、小太郎、沖田くん」
言い終えると同時に坂本は脱兎の如く走り去る。
苦笑いをする蓮二にキョトンと目を丸くする小太郎。
沖田に至っては鯉口に掛けた手のやり場が無くなりガックリと肩を落としていた。



「蓮二さん、届け物ってもしかしてその刀ですか?」
気を取り直した総司は蓮二の腰にぶら下がっている見覚えのない刀を指差す。

「あぁ。昔、一目惚れしたんだがその時買えなくてな。すれ違いを繰り返して俺の所に帰ってきた」
刀を愛おしそうに撫でると、優しく微笑む。その顔はまるで恋人を愛でるようで……。
先程まで総司といがみ合ってた小太郎も釣られて笑顔になる。

「蓮二さんのその顔が見れただけで各地を走り回ったかいがあります。本当にお返し出来て良かった」
「小太郎、ありがとうな。お前が居なかったらコイツとは二度と会えなかったかもしれない」

焔への執着はどこから来るのか蓮二自身も解らなかった。
ただ、焔に初めて出会った時に感じた懐古は自分の手に収まった事で確信に変わる。
遠い昔、自分はこの刀と共に過ごし数多の戦場を駆け抜けたと……。

ーー戦場……?

何故、自分は戦場だと思った?
今時、合戦などあるわけがない。
幕府がこの国を治めてから小競り合いはあっても戦などと云う大掛かりなものは起こっていない。なのに……何故?
帯刀していただけでなく焔で多くの命を奪った事を身体が覚えている。
人の血を吸い輝きを増す焔。
それを当然の如く受け止めていた蓮二。
まるで蓮二自身が血を求めているかのような錯覚を起こし肌がゾワリと粟立つ。

俺はいつから人を殺めている?
何の為に刀を手にした?
何故、人を斬る?
どこで戦っていた?



俺は誰だ……?
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