ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~2章~

16話

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藤堂からの手紙が土方の元に届いたのは十月に入ったばかりの事。

彼が是非迎え入れたいと自ら江戸にまで足を運び説得の末、承諾を得たと言う。
北辰一刀流道場主の『伊東大蔵(のちの伊東甲子太郎)』について色々と書かれていた。
伊東と先に面談した近藤も快諾しているらしいが土方は言い知れぬ不安に駆られる。


襖の向こうから入室を求める声が掛かる。
声の主は今探しに行こうと思っていた相手。

「突然すまないね、土方くん」
「いや、今探しに行こうと思ってた所だよ。山南さん」
柔らかな笑みを浮かべ土方の差し出した座布団に腰を下ろす。

「何かあったのかい?」
「山南さんこそ用件があったんじゃないのか?」
煙管をふかし山南の用件を尋る土方に 大した事じゃないから と土方の話を優先するよう促した。


「では、その言葉に甘えさせてもらおう」
そう言うと先程まで目を通していた手紙を山南の方へ滑らせる。


「平助からの手紙だ」
「私が読んでも良いのかい?」
困ったように笑う山南は試衞館時代から比べると覇気が随分と無くなっている。


江戸から京に上り壬生浪士組から新選組へと変わって色々な事があった。
常に対局に位置する二人は何事にも衝突を繰り返してきた。
局中法度に始まり、新見の切腹、芹沢暗殺、隊内粛清など二人は真っ向から対立し本音をぶつけてきた。
しかし、ことごとく山南の意見をはねのけ続けた土方。
決してそれは山南自身に対する嫌みではない。

土方の強引なやり方に異を唱えられるのは山南だけ。
試衞館時代を過ごし共に京に上がった仲間内で唯一、土方に正論をぶつけてくる。

それは土方にとって嬉しい事であった。
彼だけは自分の意見を鵜呑みにしない。
常に全体を見渡し最善の方法を取ろうとしてくれる。
土方自身の考える最善策を決して曲げる事は出来ないが考慮しようという努力は出来た。

山南の意見は尤もなものばかりで「新選組」と言う組織と近藤の存在が無ければ土方は山南に従っただろう。
山南を攻略出来れば近藤を始めとする他の隊士は口を出せない方程式がいつの間にか成り立ち「副長 土方歳三」にとっては益々好都合だった。

しかし、池田屋事件前に体調を崩し隊務を休みがちになった山南は土方に意見する事を躊躇するようになった。
副長として肩を並べる事を諦めてしまい萎縮していく山南を止める事さえ出来ない。
友人としても二人の間に出来た溝は思ったよりも深く修正が難しい。


山南は藤堂からの手紙に目を通し深く息をつく。

「山南さんはどう思う?」
「まだ会った事がないから何とも言えないんだけどね。少なくとも、藤堂くんの伊東さんを思う気持ちは汲んであげたいと私は思う。今は動かないことが正解に思えるよ」
その言葉に土方はしばし瞑目した。
ゆっくりと瞼を開け肩を竦める。

「今回ばかりは分が悪いな。近藤さんもあの伊東って男に惚れちまったみたいだし、山南さんの言うようにしばらくは様子を見るしかねえ」
緩やかに弧を描く土方の笑みに山南もニッコリと微笑む。

「初めてだね。土方くんに私の意見が通るのは……」
苦笑を浮かべる山南を見て先程よりも意地悪そうな笑顔を向けた。

「そうだったか?山南さんが優しすぎるんだよ。だが、仏あっての鬼だ。俺もその優しさに救われている」
思わず自分の口から本音が洩れた事に驚いた土方は照れを隠すように煙管をふかす。

鬼副長の仮面が剥がれ試衞館時代のバラガキが姿を見せた事に山南も一瞬驚くがフワリと笑う。

「ありがとう、土方くん。私も君に救われてばかりだ」

試衞館時代を知らない隊士達が聞けば誰もが唖然とするだろう。
犬猿の仲だと言われている二人が、仲睦まじく話をしている所など見た事はなく相手を敬う姿など想像すら出来ない。
しかし、長年共に過ごしてきた時間は隊士たちが思う以上に強く固い絆を作り上げていたのだ。


「で、山南さんの用事はなんだったんだい?」
「あぁ……何だか懐かしい雰囲気に和んでしまい、すっかり忘れていたよ。沖田くんの事なんだけどね……」
山南の真剣な眼差しとその話の内容に土方は顔を引き締めた。


ーー風邪にしては長引き過ぎている。
最近の総司の様子を心配していた山南は苦しそうに目を伏せる。
土方としても同意見だった。
時折、息をする暇すら与えられないほど激しく咳き込む。
顔色が良い日の方が少なく元気を装っているがかなり無理をしている節がある。

「一度ちゃんとお医者様に診て頂いた方が良いと思うのですが……沖田くんは素直に言う事を聞いてくれないでしょう?」
どうやって沖田を医者に診せるか……二人にとってこれほどの難関はなく頭を抱えて悩み始めた。


「副長、ちょっと宜しいでしょうか?」
山南に視線を流せば軽く頷く。
襖を開けて入って来たのは蓮二だった。

「お話の途中すいません。前を通り掛かったら総司の名前が聞こえて……もしかしたらお力になれるかもしれないと思いまして」
「そ、それはどういう事ですか……?」
「おい、どういう事だ?蓮二」
二人して俯き加減の顔を勢いよく上げると身を乗り出してきた。

「ご存知の通り俺がここに来る前に世話になっていたのはあの有名な平井東庵の所ですよ?」 
京の町医者といえば平井東庵と言われていた。
新選組も池田屋の時以降、世話になっている。口は悪いが腕は良い。
そんな東庵を知っている二人は納得したように頷いた。


巡察中に東庵の所に用事のある振りをして付いて来て貰えば良い。理由はなんとでもなる。
前もって連絡を入れておけば東庵も準備しておいてくれるだろう。
部屋に誘い込んでしまえばこっちのものだ。

と蓮二は言う。


「騙し討ちだな……」
「それくらいしないと総司を医者に診せる事は出来ませんよ?」
土方の漏らした小さな呟きに黒い笑みを浮かべた蓮二が答える。
部屋の気温が下がったように感じた土方は突然の悪寒に身体を両腕で抱きしめ身震いした。


「上手くいきますか?」
蓮二の黒笑に全く気付かない山南は尚も心配そうに蓮二の顔を覗き込んでくる。

「えぇ。上手くやってみせますよ。総司の事は本当にみんな心配していますから」
優しく微笑む蓮二に山南は安堵する。


「では明日にでも。丁度、朝の巡察は総司の所ですし俺も入ってますから」
お任せ下さい。と一礼して蓮二は退室した。

あの笑みの奥に潜むものが分からない事で一抹の不安はあるものの今の所、他に手は無く蓮二に任せるしかない。

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