ーー焔の連鎖ーー

卯月屋 枢

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~1章~

5話

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先日の明保野亭事件で切腹をした会津藩家中 柴司 の葬儀に新選組幹部は参列していた。
まだ若く将来有望であった柴の死を、嘆き悲しむ者達の啜り泣く声が、あちらこちらから聞こえてくる。
涙脆く人情派の十番隊組長『原田左之助』もその一人。

「まだ若けえのに肝の据わった良い男だぜ…」
ズズッと鼻水を啜りながら、柴の武士としての最後を讃える。

「そうだなぁ…あいつのおかげで両藩の衝突は免れた訳だからな」
嗚咽を上げ始めた原田の背中をさすりながら話すのは二番隊組長『永倉新八』
彼の目にも涙が溢れている。

「けどよー左之さん、泣きすぎじゃない?知り合いって訳じゃないんだろ?ぱっつあんまで泣いちゃってさー」
雲一つない晴天を見上げ二人を窘めた青年、八番隊組長『藤堂平助』の目にも二人同様うっすらと涙が浮かんでいる。

「結局なんだかんだで皆さん悲しいんですねー。残念ながら私は泣けませんけど。でも立派な最後ですよ」
顔も見た事のない会津藩士の死を嘆く三人を優しく見つめ、こんな時でも泣けない私は鬼ですかね?と苦笑するのは
一番隊組長『沖田総司』

「それなら彼処にも鬼がいるじゃん。局長はすごい事になってるけど」
藤堂の指差した方角には二人の男。

周りの目も気にせず、獣のように泣き叫ぶ男。
新選組局長『近藤勇』

その近藤を迷惑そうな顔で一瞥したかと思えば、凛然とした態度を崩す事なく祭壇を見つめるは
新選組副長『土方歳三』

こんな時まで鬼の副長でなくても…
ハアと溜め息をつく。
四人は土方が人前で泣く所を見た事がない。
泣きそうになれば唇を噛み締め、拳を力一杯握り涙を押し留めるのを知っていた。
“泣かない”ではなく“泣けない”のだと。
人一倍悲しみや痛みを背負っているのに、それをおくびにも出さずいつも毅然としている。
優しさなのか、意地なのか……鬼副長の心中までは分からないと、四人は目を合わせ小さく笑う。

四人の視線に気付いたのか会話が聞こえたのか、土方がこちらを振り返った。
四人は別に悪さをした訳ではないのに、条件反射で姿勢を正す。
沖田は土方の視線が、自分達ではなくその後ろにある事に気付く。

そろりと視線の先を辿れば、会場の外、広がる庭の人目に余り付かない場所に一人の美しい青年が立っていた。
祭壇をジッと見つめているその瞳から一筋の涙。
サーッと吹き抜けた風が青年の黒髪を揺らし、一房に纏めていた髪紐が解けた。
顔に掛かる髪を避ける事なく身を任せ佇む。
木々の間から降り注ぐ太陽の光は、彼の涙を反射しキラキラと輝く。
この世のものとは思えないほど儚く美しいその姿に、沖田は息を呑んだ。

そして、沖田と時を同じくその青年に目を奪われていた男が一人。

柴と言う男の死を多くの人間が悲しんでいる。
自分は悲しいと言う感情よりも、藩の為に自刃した彼の武士道精神に悲しみ以上のものを教わった気がしたのだ。
もちろん悲しみも悔しさも存在する。
それでも人前で涙を流す事は、自分の矜持として許せなかった。
例え冷酷だと罵られようと、自分だけは人前で悲しみに暮れてはならない。
“修羅”の道を決意したあの時からそう決めた。
土方がぼんやりとそんな事を考えていると
斎場一帯の空気が一瞬だけ変わった。

何がと問われれば答える事は出来ない。
本当に何となく……その場の空気に神聖なものが混じった気がしたのだ。
辺りを見渡せば泣く原田と慰める永倉、藤堂の姿が目に映る。
その横で、三人を優しく見守る総司。微笑ましい光景に頬が緩んだ。

そして後方に視線を移した土方は驚愕する。

ーーーー蓮二がいた。

先日初めて言葉を交わした男。自身が何の根拠もなく信用に値すると評した男。
何故、彼が会津藩家中の葬儀に参列しているのだろうか?
会津藩士と一塊の浪人。
二人に接点は見えない。
土方は、蓮二から視線を外す事が出来ず様子を伺っていた。

「…っ!?」
蓮二の瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
太陽の光の眩しさに一瞬目が眩み小さな瞬きを繰り返しそっと目を開ければ、先程までそこに居たはずの蓮二の姿がない。
土方は反射的に立ち上がり彼を探した。

「お、おい……歳。どうした急に……」
隣で号泣していた近藤が驚き土方の裾を引っ張る。

「わりぃ…近藤さん。ちょっと抜けるわ」
返事を聞く間もなく、土方は蓮二を追い走り出した。

花が散り、緑の葉を揺らす桜の木の幹にもたれ掛かるように蓮二は立っていた。
俯き加減のその顔は青白く、美しさに影を落としている。
あまりの焦燥ぶりに土方は声を掛ける事を躊躇う。
意を決してそろりと近付けば、蓮二が顔を上げた。
ああ……あんたかと苦笑い。

「何故、ここに…?」
自分でも無粋な質問だと思った。しかし、他に言葉が見当たらないのだ。

「…司はな、俺の弟みたいなもんなんだ。昔あいつに剣術を教えてやった。気が弱えと言うか優しいと言うか…最後の踏み込みがいつも甘いやつだった。そのくせ根性だけはいっぱしの男でな、厳しい練習を他の連中が逃げ出す中一人泣きながら竹刀を振ってたよ」
柴の事を思い出しているのだろう。遠くを見つめるその瞳は悲しみに埋め尽くされていた。

「会わなくなって四年。藩士として立派にやっていると噂で聞いて安心してたんだ…あいつは憧れの武士になれたんだと俺も嬉しかった。なのに…」

ーードンッ

唇を噛み締めながら桜の木を力一杯殴る。
その姿はあまりにも痛々しく、土方は直視出来ずに目を伏せた。

「……すまない」
それが精一杯だった。
残党狩りに必死だったとはいえ冷静に情報確認もせず、隊士を向かわせたのは自分。
それが原因で彼は死に追いやられた。
彼の士道を貫いた行動は土方にとっては称えたいものであるのだが…
目の前で彼の死を嘆く蓮二の姿は先程見た多くの人間の悲しみよりも遥かに土方の胸に突き刺さる。

「なんであんたが謝る必要がある?相手に傷を負わせてこんな事態を招いたのはあいつ自身だ。あんたは悪くない」
そう言われても明保野亭に、出動命令を出したのは紛れもなく土方自身。

「情報の正確さを確認せずに出動させたんだ。俺にも責任はある」
池田屋の件で自分が間違うはずはないと傲りがあったのだろう。

「あんたは副長としての責務を果たしただけだ。それを責めるつもりはねえよ。俺が腹立たしいのはあいつの軽率な行動だ。昔あれほど人の動きや心情には気を配れと口うるさく言ったのに目先だけで動きやがって……」
蓮二の悲痛な面持ちは酷く印象に残った。



それは、ほんの一瞬…
風に煽られた葉が舞い上がると同時に、蓮二の身体が消えかかった気がした。


「……っ?!」
とっさに蓮二の腕を掴む。
手を介して伝わる温もりは消えた訳ではない事を教えてくれていて、土方はホッと息をつく。
一方、突然腕を引かれた蓮二は怪訝そうに眉を潜めた。

「なんだよ……」
ハッと我に返り掴んでいた手を離す。

「悪い……なんでもない」
まさか蓮二が消えかかったから思わず掴んだなんて口が裂けても言えない。
自分でも理解し難い行動を、説明する事など出来るわけもない。
何故この男は俺の心を掻き乱すのだろう?
姿形ではなく、蓮二の持つ《何か》に懐かしさと親近感を覚える。
まだ数回言葉を交わしただけなのに……

長い年月を共に歩んできた。
背中を任せてきた……
そんな感覚に囚われる。

取り繕うように出た言葉は自分でも呆れるものだった。

「お前……新選組に入らないか?」



こんな時に使う諺は確か『鳩が豆鉄砲を食ったよう』だっただろうか?
長くはない時間、呆気にとられていたがようやく意識が現実に帰ってくる。
言った張本人も自分の言葉に少なからず驚いたようだった。

「おいおい、冗談は大概にしてくれよ…」
正直、目の前の男が言った言葉は冗談としか思えない。
今までのやり取りの中で、どこに入隊させたいとこの男に思わせる事があったのか?
土方は顎に手をやり、一通り考えを巡らせると意を決したように顔を上げる。

「冗談ではない。お前の剣の腕は後から見るとしても決して弱くは無いだろう。冷静な判断力を持ち頭の回転も早い。何よりもその目。戦いを知っている目だ」
そういって蓮二を見た土方の目は、真剣そのものだった。
その目につい引き寄せられる。

「おい…鬼副長ともあろう人間が昨日今日会ったばかりの浪人風情に、入隊勧めるなんて聞いた事ねえよ…」
「当たり前だ。こんな風に誘ったのは初めてだからな」
さも当然と言わんばかりにフンッと鼻を鳴らす。

「へえ…俺は副長殿のお眼鏡にかなった訳だ?光栄な事ではあるがまるで愛の告白にも聞こえるのは俺の気のせいかな?」
ニヤリと口角を上げ、上目使いで土方を見る。

「バカヤロウッ!そんなんじゃねえよ!お前は実力がある。それを使おうとしてないから新選組で使ってやろうと思っただけだ」
照れているのか、ほんのり朱に染まった頬を隠すように、顔を逸らすと一気にまくし立てた。
この様子から見て、土方は本気なのだろう。
だが俺は……

「残念だがな…その話は受け入れられねえ」
「別に仕事をしている訳ではないんだろう?断る理由を聞かせてくれ」
即座に断られたのが気に入らないのか、今度は顔いっぱいに不満を浮かべる。

「鬼副長って噂されてるがその不満顔、随分と人間らしいじゃねえか……ククッ」
笑われた事で恥ずかしさが頂点まで達したのだろう。
耳まで真っ赤にして怒鳴る。

「普段はこんなんじゃねえよっ!つまんねえ事言ってねえで早く理由を言えっ!理由をっ!」
「探し物があってね。そいつをどうしても手に入れなきゃならない」
新選組が嫌いな訳じゃない。剣の腕が立つ奴も多いと聞く。そんな奴らと一緒に戦うのも面白いだろう。
だが何故か、焔を手に入れるまでは駄目だとかぶりを振る。
アレを手にした時、今まで止まったように感じていた自分の時間がようやく動き出す気がする。
それまではどんなに魅力的な誘いでも簡単には頷けない。


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