上 下
80 / 82
第二章~魔王討伐計画始動~

第79話~兄と妹~

しおりを挟む

X(旧Twitter)を始めました
https://x.com/SaibiNovelist
最新話公開情報、執筆状況、ちょこっと日常の呟きとかをして行きます
彩美と七海の3Dモデル作成状況も発信して行きますね
ぜひフォロー頂けるとうれしいです!

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

‥‥やばいぞ。今になって緊張をしてきたよ。
 品川駅の改札を出てから、鼓動が早くなり収まってくれない。
‥‥本当にコーデは大丈夫かな?
 駅の連絡通路にあった大き目のショーウインドウに映る私の姿を確認する。今日は派手さは抑えて、白のタートルニットに、薄いベージュの膝丈タイトスカート。アウターは濃い茶色のチェスターコートで、足元はボルドーのロングブーツだ。

 私の中で、朝のウオークインでの七海との会話が再現される。
「今日は自分でコーデを考えるんだよ」
 七海の話はわかる。どんなコーデで行くかも梶原への私の気持ちの表れだから。何回か組合せを変えて納得できたのが、今着ているコーデだった。
「どうかな?」
「おお。いいじゃない。しっとり大人のイメージが出てるけど派手さは適度に抑えめで、いい感じだよ」
 七海のお墨付きを貰ったので安心して出発したが、待ち合わせ場所が近づくにつれ不安になって来る私だった。
 高輪口を出て、国道を渡ると待ち合わせ場所の老舗ホテルの入口だ。通りからホテルに繋がる緩い石畳の階段を数段上がると、梶原の姿が見えた。
‥‥なんだろう。梶原の姿を見たら不安とかどっかにいちゃったよ。
 梶原の姿が見えると私は不思議と落ち着きを取り戻し始めていた。白シャツに薄いベージュのジャケットとスラックス姿の梶原が私の中で新鮮だった。
‥‥お店に来る時はポロシャツにチノパンとかラフなイメージだったね。
「ごーめーん!遅くなっちゃった」
 私の呼び掛けに、軽く手を上げた梶原だった。
「俺も少し前に着いたばかりだよ」
 お約束のデートでの待ち合わせ会話を済ますと、私は梶原と腕を絡めて寄り添った。一瞬だが梶原の身体が強張り、梶原の緊張を感じた私だった。今日のデートの意味を理解している梶原は、緊張を振りほどき彼氏役を務めてくれた。
「じゃあ行こうか」

 梶原に寄り添った私は、梶原の導きでホテル敷地の奥に向かい階段から緩い坂になった道を歩む。ゆっくり二人で寄り添い歩く事を楽しみながら、坂道を歩いている。
「今日は何時もと違った、OLさんの休日みたいで落ち着いた大人の感じで可愛いね」
‥‥なんか‥‥綺麗はお店で聞き慣れてるけど、男性から可愛いって言われるの慣れてなくて照れちゃうよ。
 本当は今日のコーデは休日OLの綺麗なお姉さんを狙っていた私だ。本心は可愛いでなく綺麗と言って欲しかった私だった。だが、梶原が私に想う感情は、私が持っている想いと呼応する物なので、綺麗でなく可愛いになるのは仕方のない事なのだと私は理解している。
「ありがとう‥‥嬉しいな」
 思わず寄り添っていた梶原の腕を強く抱きしめてしまう私だった。
‥‥梶原って彼女いたことないって言ってるけど、最初に相手のコーデを褒めるとかデートのエスコートに手馴れてるよね。
 私は男の刻は経験も少なく、最初の頃は七海のエスコトートを上手く出来なかった。七海が上手に何回も私を導いてくれたので、気が付いたら少しだけスマートになっただけだ。そして、女になった私は気が付いた‥‥七海が導き教えてくれたのは、女が自然と相手に求め心を満たす物だったと。
 梶原はどこで身に着けたのか、それを自然に熟している気がする。
‥‥もしかして!?いい男って意識しなくて出来ちゃうものなの!
 そうだとすると‥‥天は二物も三物も、いい男には与えるのかもしれない。男の刻の私なら、少しだけ世の中は不公平だ!と、言いたくなってしまったかもしれない私だった。

「ほら、着いたよ」
 私達はホテルの敷地内にある水族館にやって来た。エントランスを抜け、いくつかの展示エリアを過ぎると巨大な水槽を貫く半円形の通路だった。
「見て、見て!マンタのお腹がみえるよ」
 通路の上を通り過ぎるマンタが迫力満点だ。
「本当だね。マンタの顔って何か可愛いな。あっ、彩美ちゃんの可愛さには敵わないけど」
「ふふふふ。マンタと比べないでよ」
 他愛ないカップルの惚気会話だ。
‥‥他愛ない‥‥か。今の私には、それすらが安らぎだよ。
「ほら、彩美ちゃん。餌付けが見れるよ」
 水槽の中に酸素ボンベを背負ったウエットスーツの女性が現れ、餌を撒いて魚を通路の周りに集めてくれている。
「うわあ。お魚さん、新鮮で美味しそう」
‥‥うわ。やっちまったあ!
「メネシスだと生魚料理が無いんだっけ。それだと、こんな活きのいい魚を見たらだね」
‥‥ナイスなアシストだよ梶原。って、やっぱし色々と上手すぎませんか!?
 梶原の私に対する寛容さと与えてくれる安心感に身を任す私だった。
‥‥だけど、これが七海が私に教えてくれた<やましい恋心でない>ことを証明するんだよね。

「うわあ!来たぁ~!」
 私はショーの前に渡されたレインコートに弾ける水飛沫に大興奮している。
「もう一回、来るよ!」
 水槽ではトレーナーに指示されたイルカがジャンプして、わざと大量の水飛沫を観客席に飛ばしている。
 展示ゾーンを抜けた私達はイルカのショーを見ている。
 大量に跳ねて来た水飛沫が予想以上に凄い。
‥‥楽しそうと一番前の列に座ってしまったのは失敗だった!?
 向かって来る大量の水飛沫に対して、反射的に体が動いてしまった私だった。
「魔防壁」
 私と梶原の身体が濡れない最低サイズの魔防壁を出してしまった。水飛沫は魔防壁に跳ね返され、私達までは届かなかった。
「ごめん。梶原君‥‥その反射的に‥‥」
 ガイアでのデートなのに魔法を使ってしまうとか、私は何をやっているのだろうか。
「何で謝るの?やっぱし魔法は素敵だね。俺も一張羅だったから助かったよ」
‥‥やっぱ、エスコートが上手すぎるよ‥‥梶原。
 その後は、触れ合いエリアでペンギンの餌付け体験をしたり、オットセイのパフォーマンスを楽しんで水族館を私達は後にした。

 水族館の外に出ると、冬の日差しは傾くのが早く薄暗くなっていた。
「ディナーは任せて貰えるかな」
‥‥ここまでスマートに熟す梶原ならディナーも予約済だよね。
「うん」
 ホテルのタクシー乗り場に行くと、梶原は汐留の住所を伝えていた。車窓に流れる風景は、新宿と違い洗練されたビル群で少し違和感を感じる私だった。
‥‥新宿東口から四ツ谷辺りの雑踏感があるビル群の方が落ち着くとか、完全に私は東側の新宿住人になってるね。
 タクシーが到着したのは汐留を代表するタワーマンションだった。
‥‥えっ。ディナーがタワーマンション?
 梶原がオートロックの部屋番を押し名を名乗る。
「お待ちしておりました」
 返答と同時にオートロックの扉が開いた。
「ちょっと変わってる場所で悩んでるかな?安心して、絶対に彩美ちゃんを満足させるから」
 ディナーでタワーマンションと混乱中の私の手を梶原は引き、マンション内に入る。
‥‥私の心を完全に読まれているよ。でも‥‥悪い気分じゃないよ。ううん、やっぱし私のこと‥‥いい気分だよ。
 私の手を引き先に歩く梶原の背中が安心感を私に与える。
「おにーちゃん‥‥」
 大きく広い背中に思わず漏れ出てしまった私の小さな声の呟きが、梶原に届かなかった事に肩を撫で降ろす私だった。

「うわぁ!綺麗だよ」
 窓からは東京の夜景が一望出来た。夜の帳が完全に降りた眼下に立ち並ぶビル群の灯りは夜空に広がる星々のように広がり、私を魅了している。
 エレベータで最上階に到着した私達は、タキシード姿の女性が扉の前で待っていた部屋に入った。通された部屋はオープンキッチン、六人掛けのダイニングテーブル、部屋の壁の半分を占める窓から夜景が見える様に配置されたソファーセットが配置された、十数人でパーティーをしても十分な広さのある部屋だった。
 夜景の見えるソファーに案内された私達に、案内をしてきたタキシードの女性が聞いて来た。
「準備が整いますまで、御飲物は如何でしょうか」
‥‥今日はノンアルで梶原に合わせようかな。
 私が考えている間に梶原が返答をしていた。
「俺はノンアルのスパークリングで。彼女にはシャンパンをお願いします」
 準備にタキシードの女性が一礼して下がる。
「気にしないで。変な気は使わないで楽しもう」
‥‥私の考えは全てお見通しだね。やっぱし、最高のおにーちゃんだよ。

 そう‥‥私が梶原に抱いていたのは「頼れる兄に妹が感じる恋心」と、ラノベの見本みたいなブラコン感情だった。
 梶原にしてみれば中学生時代に私のイジメを見過ごしていた贖罪なのかもしれない。一歩間違えれば、私の小中学生時代のトラウマを抉ることになるかもしれない梶原の計画。周到な根回しと計画をして、憧れの高校デビューを無事に果たしたが、イジメの残滓で自分を解放しきれない私の最後の錘を取り除いてくれた。
 錘の無くなった私は、周到に計画していた復讐を実行する決意が出来て、完全な自分を取り戻せた。
 その後も梶原は機会があれば、私が失った小中学生時代の刻を取り戻す為に力を貸してくれた。カラオケ、ボウリング、ファミレスでの放課後の一幕‥‥普通であれば小中学生時代に友達と経験している何気ない日常に誘ってくれた。
 梶原と出会った頃には<男の娘>としての私だったけど、心は男だったので<頼れる兄貴分>と感じている程度だった。
 それから二年が経過した夏に起きた両親の自殺から、放浪生活になった私だった。梶原は美香と一緒に私を探してくれた。自分の危険を顧みず新宿の夜の街であっても。

「お待たせいたしました」
 私が夜景を楽しみながら、梶原との想い出を回想してると、タキシードの女性がフルートグラスを私達の前に並べた。薄い金色の液体に満たされたフルートグラスの中では、細かい泡が立ち上っていた。
 私の前に置かれたグラスを梶原は手に取り渡してくれた。自分の前に置かれたグラスを手に取った梶原は、私のグラスと軽く触れ差す。私は少し横を向き、梶原と目を合わすとグラスに口を付けた。
「なんか妹の感覚だったけど、今日の彩美ちゃんは姉と思ってしまう程の大人感が凄いよ」
 サラッと今宵の核心の話を切り出した梶原だったが、顔色が話を切り出した高揚からか薄紅色に染まっていた。
「ふふふ。おにーちゃんに大人って認められちゃったね。私も妹から卒業の時かな‥‥」
 自分でも理解出来ない寂しさから、並び座る梶原にもたれ掛かり身を預ける私だった。私も梶原も次の言葉を探しているが見つけられず、グラスを傾け夜景を眺めるしか出来なかった。
「お食事の御準備ができましたので、お席へどうぞ」
 タキシードの女性に案内され、部屋中央のダイニングテーブルに座る私達だった。テーブルにセットされたカトラリー類から、フランス料理のフルコースと私は予想した。

「本日はペアリングコースとなっております。梶原様はソフトドリンクを御希望でしたので、料理に合わせたフルーツジュース、ノンアルコールカクテルを御準備させて頂きます」
そこから始まったコースに私は驚いた。
 コースの仕立てはフランス料理なのだが、生の魚貝類がふんだんに使われ、私の知っているフランス料理の概念を覆した。フォンをベースとしたクリームやバターをふんだんに使ったソースが、間違いなくフランス料理の証だった。ペアリングされた酒もキールから始まりワイン、日本酒と多彩だが料理との組み合わせは洗練されてて最高だ。
 梶原との会話は先ほどまでの話は一旦保留で、私が居なかった間の新宿の話とか日常会話を続けている。
「嬉しいよ。本当に生の魚貝は飢えてたんだよ」
「もう気が付いていると思うけど、お店は俺が決めたんじゃないんだ」
‥‥それは気が付いていたけどね。このレベルの店となると‥‥
「美香ちゃんから、今回で新宿と彩美ちゃんが一旦決別するって決めたことを聞いた信さんが、必ず彩美ちゃんから誘いがあるからって準備をしてくれたんだ」
「う~ん。やっぱし、信さんも七海と同じで察していたのかな」
「うん。彩美ちゃんの話もだったけど、俺の気が付いてなかった想いの話もしてくれたよ」
「ふふふふ。結局は、あの二人の手の平の上の私達だったんだね」
「本当に、信さんと七海さんには敵わないね」
 その後の二人の会話は高校時代の思い出とか、柔道の話と日常の会話に戻っていった。

 コースも終盤でデザートを食べていると、シェフが挨拶にテーブルにやってきた。
「御満足頂けましたか?メネシスでは生魚を食べる風習が無く、寂しい思いをされていると勝田様からのお話で本日のコースを考えさせて頂きました」
‥‥えっ!なんでメネシス?
 私の驚きが表情に出てしまったのか、シェフが言葉を重ねた。
「私も彩美さんの物語を読み感じてしまいましたので。勝田は同郷の先輩で私が店を開くのに色々協力をしてくれました。今回、御二人を御招きするのにあたり、彩美さんの小説を読んでみて欲しいと言われたのです。理由はわかりませんが、勝田の願いでしたので読んでみると感じてしまったのです。その話を勝田にすると、全てを話してくれました」
「そうだったのですね。本当に素晴らしい料理過ぎて感動しましたと、凡庸なお答えしか出来ない自分が情けないのですが‥‥もう一度、この味を楽しむ為に‥‥メネシスでの因果を終わらせ戻って来ると私を後押ししてくれる料理でした」
「そう言って頂けるとシェフ冥利に尽きますね。私の料理を食べたいと異世界からやって来てくれる。そんな、シェフに慣れて光栄です」

 食事を終えた私達は、タキシードの女性に再び夜景が見えるソファーへ案内される。
「梶原様はコーヒーで、彩美様はシガーとテネシーウイスキーの御準備でよろしいですか?」
‥‥えっ、食後の葉巻までとか!?
「はい。お願いします」
 梶原が‥‥いや、信さんの仕込みが凄いことに驚く私だった。
「信さんがね笑いながら、食後にホテルって二人の関係じゃないし、二件目を探すのも面倒だろうから終日貸し切りで手配してくれたんだ」
「う~ん。信さんは先史代より強いなあ」
「彩美ちゃんの先史代とか俺には関係ないからね。俺にはクラスメイトで‥‥」
「あっ、間が悪くてですか」
 タキシードの女性がボケを含んだノリで会話に入ってきた。
「もしかして!お姉さんも!?」
「私も彩美さんの物語に感じてしまったので。その‥‥物語の定番ネタをやりたい欲求に負けまして」
 話をしながら、葉巻とカッター、マッチに灰皿を手際よく準備して、梶原の前にホットコーヒーのカップ、私の前に琥珀色の液体を満たしたロックグラスを並べるタキシードの女性だった。
「ふふふふ。上手く言えないけど、私の物語に感じてくれたお姉さんに感謝だよ。今の間とか完璧に私の物語を再現で嬉しいよ」
「そう言って頂けると嬉しいです。彩美さんを応援する一人として、ゆっくり今宵をお楽しみ頂ければ」
 タキシードの女性は言葉を残してバックルームに消えていった。

 私はカッターで葉巻の先端を切ると、マッチで切り口を炙り火を着けた。
 シガーは七海が嗜みの一つと、シガーバーに何回か連れて行ってもらった程度の私だった。お客様とシガーバーに行っても、マナーや喫い方は困らない程度の知識で、葉巻の種類などはこれからの課題としてた。
 ゆっくりと口に紫煙を含み鼻から吐き出す。甘い味が咥内に広がり、心地よい甘い香りが鼻に抜ける。
‥‥シガー初心者の私でもわかるよ。これは凄い高級品だけど、初心者の私が喫いやすいチョコレートフレーバーを選んでくれているね。
「初めて彩美ちゃんとカラオケに行った時、俺の計画の全貌を知らなかった彩美ちゃんは、何より先に俺達の身を案じてくれたね。あの時から俺は彩美ちゃんに惹かれていたんだ‥‥」
 私と一緒にいると心が弾み、いつまでも一緒にいたい。だけど他の男友達に感じるのと違う何かを感じた梶原だった。男の娘の姿をしていた私の心理的影響も少なからずあったかもしれないが、だからといって彼女にしたい訳でもない。
 不思議な感覚を感じ続けながらも、梶原は私と親友関係を続けてくれた。
 そして、メネシスから戻った女体化した私を見た時に、自然と不思議な感覚の答えを見付けた梶原だった。
 梶原が私の中に感じていたのは<妹>だった。弟でなく妹だったのは、男の娘としての外観も多少は影響していたのかもしれない。多くの要因はあったが梶原が感じた代表は、何かあれば自分でなく相手を立てる私の姿だった。ジェンダーレスとか言われる昨今だったが、武の道に生き少し古風な恋愛観を持っていた藤原には、女が男を立てる姿と私を重ね女を感じていたからだった。
 抑え付けられた小中学生時代を送った私は、無事に高校デビューをしたが危うさも隠し持っていた。常識的な友達との遊び方や付き合い方が養われていなかったからだ。少し間違えればイジメられていた過去をクラスメイトに感じさせてしまうかもしれない危うさを梶原は私に感じていた。
 最初は中学時代にイジメを見過ごしていた贖罪だったが、刻を重ねる毎に私に惹かれ、少しでも一緒に楽しく過ごしたいと私が失っていた刻を取り戻すのを手伝いはじめた。私も自分の危うさに気が付き、少しでも梶原達が指し示してくれる道を駆け抜けようとする姿。それを見守り、励ます気持ちが、懸命に頑張る妹を見守る兄としての気持ちとして梶原に芽生えた。
 そして、梶原は気が付いていなく信さんに指摘をされたのが、恋心ではないが見守る愛が強すぎて少しシスコンになっていた。梶原も気が付いていなかった自分の気持ちだった。

「彩美ちゃんが背負う物を少しでも軽くしたかった。多くは七海さんや美香ちゃんが一緒に背負って軽くしてくれるだろうけど、一つだけ俺にしか出来ない事に気が付いたら」
 梶原が私の背負ってる物で軽くしたかったのが、私の無敵チートに対するプレッシャーだった。
 武の道で生きて来た梶原は気が付いていた。私は絶対に負ける事が許されない無敵チートを手にしてしまったプレッシャーに疲れを感じていることを。だけど、無敵チートを制限した柔道の範囲であれば私は素直に負けを認める事が出来る。
 勝ち続けなければいけない重圧の中で、素直に負けを認められる瞬間は肩の荷が降り楽になれる。長年の勝負生活の中で梶原が感じていた感覚だったから。
 その想いも兄が妹を想う気持ちの表れだったのかもしれない‥‥

「ふふふふ。私達がお互いに持っていた気持ちって、気が付かなければ自然に消えていった想い。だけど、七海は気が付かなければ後悔すると私に教えた。梶原君も同じ感じだったのかな?」
「うん。信さんから同じことを伝えられたよ」
「やっぱし二人は凄いな。‥‥おにーちゃん。今まで本当にありがとう。最初に出会った日からいつも感じていたよ。私を温かく見守り導いてくれていたのにね」
 次の言葉を伝える勇気を得る為に私は、紫煙を一度巡らすと、グラスを満たす琥珀色の液体を一息で飲んだ。
「でも、これからしばらく私はおにーちゃんに頼れない世界に旅立たなくてはいけないの。思い出でも甘えを求めれることが許されない世界へ。だから今日で、おにーちゃんの妹を卒業をするね‥‥だけど、梶原君が大切な友である気持ちは変わらないから」
 なんとも自分でも感じる不思議な宣言だ。
‥‥これからは頼るのでなく、共に同じ道を進む友だと伝えたい。今の私が体当たりで伝えられる全てだから。
「彩美ちゃんは変わらず律儀だな。でも、この律義さも自慢の妹の魅力の一つだしね。そして、メネシスでの生活を重ねて本当に彩美ちゃんは強くなったね。無敵チートの重圧にも臆することない精神力も身に付けて‥‥俺も兄として妹が一人立ちするのは嬉しくもあり寂しいけど、今度は友として帰りをいつまでも待ってるよ」
 これで二人の関係に大きな変化がある訳ではない。私が本当に伝えたかったのは‥‥梶原への感謝だった。
 そして、私は絶対に帰って来る。だが、私の決意だけで必ず帰ってこれるとは限らない甘い旅ではないと私は知っている。だから、私は‥‥万が一にも‥‥だから梶原にきちんと伝えてから旅立ちたかった‥‥

「失礼します」
 タキシードの女性が訪れ、私達のグラスとカップを新し物に交換していった。
 新たにグラスに満たされた琥珀色の色の液体を半分飲んだ私は、視線を夜景から動かし梶原の瞳を見つめる。
「おにーちゃんとしての梶原君に最後のお願い‥‥目を閉じて貰えるかな」
「えっ」
 私の言葉に戸惑いながらも梶原は目を閉じてくれた。
 私の視線の先は梶原の唇だ。男らしく少し太めで厚さがある。
‥‥まさか、私が男の人に己から望んで‥‥する日がくるなんてね。
 梶原の唇に私は唇を重ねた。本当に軽く唇が触れるだけの口付けだった。
‥‥おにーちゃんに憧れていた妹の私の気持ちは口付けで完成し、記憶に刻まれ終わったんだよ。
 口付けの意味を梶原も理解してくれた。
「彩美ちゃんが俺の妹だった記憶は受け取ったよ」
「その‥‥元男のキスなんて‥‥」
 人差し指で、それ以上言葉が紡げない様に梶原が私の唇を軽く押さえた。
「彩美ちゃんの兄としての締めに最高の御褒美を妹からもらった。それが俺の答えだよ」
 もう言葉は要らなかった。私は梶原に軽くもたれ掛かり、二人で夜景を少しだけ眺める刻を過ごした。
◆◆◆◆◆◆◆◆
 扉を開けると驚きの光景が待っていた。
‥‥ワンコ!ですか!?
「いらっしゃい彩美ちゃん。あっ、アリスちゃんは賢くて大人しい子だから気にしないであげてね」
 店内奥に伏せをする犬に驚いてる私に、たっちゃんが声を掛けて来た。
 今日は別で動いている七海との待ち合わせで、梶原と別れた私はT’sキッチンに来たのだった。
 一番奥のテーブル席に鋭い感じがする私より少しだけ年上の姿の女性が座っていた。
‥‥ショートパンツから伸びる脚が眩し過ぎる!
 その足元には真っ白でモフモフの毛を纏った大型犬が伏せをしていた。私は誘惑に勝てなかった!
「撫でてもいいですか?」
 氷のように冷たい印象だった女性の顔に薄い笑顔が浮かんだ。
「大丈夫ですよ」
 七海の声に近い女性にしては低く透き通った声だが、七海より強い圧を感じるのはなぜだろうか。
 私はアリスの顎を下から撫でようとゆっくり警戒されない様に手を伸ばすが、アリスは自ら額を私の手に押し付けて来た。
「あははは。いい子だね。モフモフが気持ちいいよ。えっ、お腹も撫でてなの」
 私が一度手を引くと、ヘソ天体勢になるアリスだった。優しくアリスのお腹を私は撫でた。
「くぅ~ん」
 甘えるような声でアリスが軽く薄吠えをした。
「そうか、そうか。気持ちいいいって。嬉しいよ」
「驚いた。アリスが私以外にヘソ天でお腹を撫でさすなんて初めてだ。あと、アリスの言葉がわかるの?」
 しまった。私は念通で人同士程ではないがアリスと概念的な会話を反射的にしてしまっていた。
‥‥でも、謎だぞ。メネシスでも何回か試したけど動物と意思疎通なんて出来たことないよ。
「あっ。何となくで‥‥」
 言葉を濁す私だったが、アリスが私の「お腹も撫でて欲しいの」に続いてヘソ天をしたとか、私がアリスと会話出来ていると思われても仕方ない状況だった。
 その時だった。扉の開く音が私の耳に響いた。振り向くと、七海が店内に入って来る所だった。
「ごめん彩美。待たしちゃったかな」
「ううん。私も今到着して、誘惑に負けてアリスちゃんをナデナデしてたの」
 奥に座っていた女性が七海の姿を捉えたのがわかった。
「御久し振りですね。七海さん」
「鏡華さん!十年振りくらいですね。まったく変わって無くて驚きですよ」
「そういう七海さんもね。というより、若返ってる感じがしますよ」
「若いエキスをいっぱい貰ってますから」
 いきなり七海は私を抱き締めた。
「オートマタ(機械仕掛けの人形)に感情が戻ったとの噂は聞いていたけど、本当だったのね」
 なんか鏡華と七海が呼んだ女性の言葉使いが柔らかくなった気がする。
「鏡華にはいつも目が笑ってない。って、ツッコまれてたね」
「彩美さんは凄いね。七海の閉ざした心を開いたり、私以外に無関心のアリスが懐いたり」
 えっ。私の事を知ってるの!?
「ごめんなさい。実はお店に入って来た瞬間からセブンシーの彩美さんとわかったいたの。七海の店に超逸材ニューハーフが入店して即トップに駆け上がり、そして七海の心を射止めたと界隈では有名人だからね」
‥‥有名人とか!なんですか、それはあ!?
「さて、鏡華と想いで話もなんだけど。腹が減り過ぎてるので食事にしないかい彩美」
「うん」
 私は少し名残惜しいアリスのモフモフの背中を撫でる。
「また、遊んでね!」
 アリスに声を掛けた瞬間だった、アリスから私に流れ込むイメージ。
‥‥ああ。そうだったのね。あとで七海に話さなきゃね。
「くぅ~」
 アリスも名残惜しいと掛けてくれた薄吠えを背に、七海と私の指定席の一番入口に近いカウンター席に座った。

 カウンター席には既に梅干しサワーが準備されていた。
「乾杯」
 七海とグラスを合わせサワーを飲むと、梶原と別れても抜けなかった興奮が落ち着いて行くのがわかる。私は梶原とのディナーで満腹なので、七海が色々と注文している料理の御相伴に預かる事にする。
「その顔はきちんと伝えられたね」
「うん。七海の方は大丈夫だった?」
「まさか首相官邸に行くことになるとかだったけど、彩美の教えてくれた手順通りにしたら無事に契約は完了したよ」
 七海はマドカの手配してくれたマンションの件に関するCodeREDの契約に行っていたのだった。
「これで、帰る場所も完璧!全ての因果を解決するのに全力で挑めるね」
「うん。ところでシュヴェは一人で大丈夫なの?」
 シュヴェが居ない事を気にしてる七海だった。
「シュヴェはメネシスに戻ってるよ。アークにガイアの空間組成方程式を伝えに行くって。明日の朝には帰って来るってね」
「美香はアフターって言ってたから‥‥なんか久々に二人だけだね」
 酔いではなく気疲れで私にもたれ掛かり、心の充電を開始する七海が愛おしい。
「今日は帰ったら早めにベッドに行こうか」
 七海と私の隠し言葉だ。
「うん。その‥‥唇を七海に戻したい‥‥」
 私の言葉に七海は盛大に頭をナデナデしてくれた。
「ちゃんと、ラノベの妹役としてエピローグを飾って来たね!偉いよ」
‥‥その、オタクの私を超えたオタク表現はどこから来るのですか!?七海さん!?
「まかせて。でも朝に後悔は許さないからね」
‥‥これは、完全に寝起きの私はシャワーに自分の脚で行けない予言ですね。

「はい!おまちー!」
 たっちゃんが様々な料理を私達の前に並べ始めた。
「毎度だが、たっちゃんの料理は美味そうで我慢できない!」
 空腹を我慢出来ない七海の爆食タイムが始まった。
 幸せな顔で料理を頬張る七海が愛おしくて‥‥見てるだけで私も幸せに満たされ逝きそうな私だった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

感想を一言でも頂けるとうれしく執筆に熱が入ります
掲載サイトによっては匿名で感想を書けないのでマシュマロを用意しました
https://marshmallow-qa.com/z58ctq3kmuucz61
ログイン、個人情報不要で私にメッセージが届きます
ぜひ感想やご意見等をお気軽に頂けるとうれしいです
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

朝起きたら女体化してました

たいが
恋愛
主人公の早乙女駿、朝起きると体が... ⚠誤字脱字等、めちゃくちゃあります

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

幼馴染の彼女と妹が寝取られて、死刑になる話

島風
ファンタジー
幼馴染が俺を裏切った。そして、妹も......固い絆で結ばれていた筈の俺はほんの僅かの間に邪魔な存在になったらしい。だから、奴隷として売られた。幸い、命があったが、彼女達と俺では身分が違うらしい。 俺は二人を忘れて生きる事にした。そして細々と新しい生活を始める。だが、二人を寝とった勇者エリアスと裏切り者の幼馴染と妹は俺の前に再び現れた。

異世界TS転生で新たな人生「俺が聖女になるなんて聞いてないよ!」

マロエ
ファンタジー
普通のサラリーマンだった三十歳の男性が、いつも通り残業をこなし帰宅途中に、異世界に転生してしまう。 目を覚ますと、何故か森の中に立っていて、身体も何か違うことに気づく。 近くの水面で姿を確認すると、男性の姿が20代前半~10代後半の美しい女性へと変わっていた。 さらに、異世界の住人たちから「聖女」と呼ばれる存在になってしまい、大混乱。 新たな人生に期待と不安が入り混じりながら、男性は女性として、しかも聖女として異世界を歩み始める。 ※表紙、挿絵はAIで作成したイラストを使用しています。 ※R15の章には☆マークを入れてます。

クラスメイトのなかで僕だけ異世界転移に耐えられずアンデッドになってしまったようです。

大前野 誠也
ファンタジー
ー  子供頃から体の弱かった主人公は、ある日突然クラスメイトたちと異世界に召喚されてしまう。  しかし主人公はその召喚の衝撃に耐えきれず絶命してしまった。  異世界人は世界を渡る時にスキルという力を授かるのだが、主人公のクラスメイトである灰田亜紀のスキルは死者をアンデッドに変えてしまうスキルだった。  そのスキルの力で主人公はアンデッドとして蘇ったのだが、灰田亜紀ともども追放されてしまう。  追放された森で2人がであったのは――

【R18】ダイブ〈AV世界へ堕とされたら〉

ちゅー
ファンタジー
なんの変哲も無いDVDプレーヤー それはAVの世界へ転移させられる魔性の快楽装置だった 女の身体の快楽を徹底的に焦らされ叩き込まれ心までも堕とされる者 手足を拘束され、オモチャで延々と絶頂を味わされる者 潜入先で捕まり、媚薬を打たれ狂う様によがる者 そんなエロ要素しかない話

ヒューマンテイム ~人間を奴隷化するスキルを使って、俺は王妃の体を手に入れる~

三浦裕
ファンタジー
【ヒューマンテイム】 人間を洗脳し、意のままに操るスキル。 非常に希少なスキルで、使い手は史上3人程度しか存在しない。 「ヒューマンテイムの力を使えば、俺はどんな人間だって意のままに操れる。あの美しい王妃に、ベッドで腰を振らせる事だって」 禁断のスキル【ヒューマンテイム】の力に目覚めた少年リュートは、その力を立身出世のために悪用する。 商人を操って富を得たり、 領主を操って権力を手にしたり、 貴族の女を操って、次々子を産ませたり。 リュートの最終目標は『王妃の胎に子種を仕込み、自らの子孫を王にする事』 王家に近づくためには、出世を重ねて国の英雄にまで上り詰める必要がある。 邪悪なスキルで王家乗っ取りを目指すリュートの、ダーク成り上がり譚!

処理中です...