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第62話 因果応報。乙女ゲームヒロイン鈴蘭の乙女ゲーム情報。

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 ヤンデレ達の怒りが想像上の『うすぎたないおじさん』だけでなく『サロンでただ事ではない量の香水を噴射させた馬鹿者ヒロイン』まで向かっていたころ。

 ヒロインであるスズランは真面目に教師の話を聞くふりをしながらノートに今後の計画を綴っていた。
 ろくでもない計画書の最初には、こう記されている。
〈逆ハーメモ〉と。

 黙っていれば美しい、欲望まみれのヒロインは、悩まし気な表情で人には絶対に見せられないマル秘ノートにグッ――と力強くペン先を突き立てた。


 学園長を味方につける。【OK!】
 副学園長を味方につける。【行方不明?】
 学園長秘書を味方につける。【行方不明?? なんで?!】

 ヒロイン専用サロンを開く。【OK!】
 ヒロイン専用装備で魅力と能力アップ!【ノーマル〇 レア✕ 超レア✕】

 今月のお泊りイベントは二つ……のはず!
 サクラくんと同じグループになる。【学園に来てないってほんと?】
 まさかハナも来る?【絶対ありえない】
 下旬は二年生も参加。【魅力は足りてる?】

 シハイリツを三十パーセント以上にする。魅力アップ!【ゲームのときよりメンドクサイ! お茶の一杯くらい十分もあれば飲めるでしょ!】
 ハクア様を攻略。

 シハイリツを五十パーセント以上にする。魅力アップ!
 イチカ様、レイウ様、アヤメ先生を攻略。
   
 シハイリツを七十パーセント以上にする。魅力大幅アップ!
 殿を探す。【一週目だけど見つけたら攻略可能になるはず!】

 シオン様、カナデ様、サクラくん。この三人は攻略済。【二週目で攻略可能になる遺跡の住人の様子がちょっとヘン!】
 もしかしてハナが何かしてる?
 誰かに調べてもらう? サクラくんに頼んでみる?
 
 悪役令嬢ハナからの呼び出しに応じる。【ハナのサロンがない? なんで?!】
 悪役令嬢ハナに盗まれたアイテムを取り返す。【あのアマ絶対に許さない!!】
 悪役令嬢ハナが自分のサロンに何度もヒロインを呼び出し、イヤガラセをしている現場をハクア様に見せる!【だからサロンは?! なんでないのよ!】


 攻略というよりただの妄想といったそれは、人目につけば大問題な内容ばかりの危険物であった。

 スズランはハァ……とため息を吐いた。
 難しいゲームは嫌いではない。
 しかしリアルな乙女ゲームは彼女の想像していた百倍は大変だった。
 SAVEもLOADもない。時間の流れもリアル。戦闘も自動オートじゃなくて、魔法や術を覚えるのは自分。

 とにかく魅力を高めるために色々と頑張ってきたおかげで、少なくともゲームヒロインの倍は可愛くなったのに、攻略は何故かスムーズにいかない。毎日イケメンにもてはやされ、愛をささやかれる予定のはずが――。

 確かに、ちょっと浮かれてしまい、ゲーム通りに学園内で魅力を上げる前から彼らに近付きすぎてしまったところはある。
 でも出会った瞬間に好意を寄せられたのは、ゲーム以外の部分でヒロインの魅力が上がっているからだ。
 邪魔さえ入らなければもっとたくさん自分の男イケメンと一緒にいられるのに。

(計画がくずれたのは絶対に――ピー猫のせい)

(でも一番許せないのは悪役令嬢ハナ。よくも……、よくもアタシ専用のアイテムを……!)

 馬鹿幼女のくせに……!

 イケメンとイチャイチャできないヒロインのストレスが次第に憎しみへと変わり、悪役令嬢ハナちゃんとハナにゃんの肉球へ集中してゆく。
 魅力が命のこのゲームで『ヒロインの魅力』を爆上げするのに必要なアイテムを横取りされた彼女の恨みは深い。

 しかし彼女ヒロインは何も分かっていなかった。

『乙女ゲームヒロインヒヨドリ鈴蘭スズランによる逆ハー計画』の根幹ともいえる大事な大事な『サロン』が、『学園には来ていないはずのサクラ』から『ここでアンデットでも作ってるんじゃない?』とヤバすぎる嫌疑をかけられていること。

 不審者に情報など与えない爽やかでサディストな胡蝶コチョウ桜《サクラ》様の手足ともいえる部下達が『スズランサロン』を無遠慮に破壊し、『サロンの効果』を高めるための『スピリチュアルな香り』に対して『この匂いは毒薬でしょうね』と結界を張りながら消臭剤をまいている最中であるということ。

 そしてそれは、過去の自分が『うすぎたないおじさん』から始まる汚い言葉を幼い悪役令嬢ちゃんに無理やり聞かせたせいであるということ。

 ついでに言えば約十年後、あんまり成長しなかった幼稚園児系悪役令嬢ハナちゃんが婚約者に『――ピーにゃーん』とその部分をピックアップして告げ口したせいであるということ。

 さらに言えばピックアップすべきではない言葉をクールな男も聞いてしまったせいであり、その結果――彼らがなんでもかんでも『うすぎたないおじさん』にこじつけ手あたり次第に裁きを下したがるヤンデレ御曹司様にジョブチェンジしてしまったせいであるということ。

 つまり在りし日の自分ヒロインが穢れなき幼稚園児なハナちゃんに向かって――ピーと言ったりしなければ、今から数時間後、『スズランサロン跡地』を見たヒロインじぶんが卒倒するという悲劇的な未来を回避できたのかもしれない、ということなのである。



「お兄にゃーん、お兄にゃーん」

「…………」

 シオンは目を閉じたまま、抱えているいもうとを優しい手つきで撫でていた。

 ヒロインから逆恨みされていることもその理由も知らぬ悪役令嬢ハナにゃんは、お鼻の具合もよくなり、おかげで機嫌もよくなり、ひとまず兄に甘えることにしたのだ。
 お兄様のみぞおちあたりに鼻と肉球をくっつけ鳴いているハナにゃんの様子は、誰が見ても微笑ましいものだった。

 愛くるしいいもうとの姿に、悪役令嬢のヤンデレお兄様シオンの闇がわずかにおさまる。
 が、直後(なぜこのように幼く寂しがり屋ないもうとを害する者がこの世に――)

 すぐに怒りが再燃してしまう。

「…………」    

 それを暗い瞳で眺めているヤンデレカナデの闇も深まっていた。
 自身の弱々しい婚約者を自宅に連れて帰るにはどうするのが最善かと。

(だが呪具のこともある。今日は千代鶴チヨヅル家に帰し――いや、ハナの婚約者である自分の部屋を彼女の部屋の近くに用意するようシオンに伝えるべきか……)


 ――カチャ……――。

 静かにドアを開け戻って来た堅物教師はハナを見て逡巡したあと、カナデに声をかけた。

「どちらか……いや、桔梗院キキョウイン、少しいいだろうか」

「――学園長から言い訳でも訊いてきたのか」

 俺様なカナデ様が皮肉気な笑みを浮かべて立ち上がる。
 どうやらハナには聞かせたくないらしい。
 それだけでまともな話ではないとわかる。
 
 室内で話せば大きな猫耳が聞き取ってしまうかもしれない。
 二人は廊下へ出てから口を開いた。

「生徒に聞かせる話ではないが、弱々しい猫を護るためならば仕方あるまい。――実は、学園長の様子がおかしいらしい」

 ――アヤメの言葉のチョイスには大分問題があったが、瞳孔の開いた男の表情にそれ以上変化が起こることはなかった。

 カナデの眉間に皺が寄る。
 聞き覚えのある言葉だ。胡蝶コチョウサクラが似たようなことを言っていたはず。
『様子がおかしいのは全員男』と。

「もともとおかしいの間違いだろう。……と言ってやりたいが」

 やつはカナデの弱々しい婚約者の猫耳や肉球を鬱陶しいほど凝視していた。
 ハナの半径十メートル……いや、五十メートル以内に近付くなと警告すべきか。

「もともと……? なるほど、その発想はなかった。副学園長にも伝えておこう」

 堅物なきぼくろイケメン教師アヤメが堅物らしく皮肉を真に受ける。

「もともと『そのような人間』という場合にはまったく見当違いな心配になるわけだが、……〝おかしい〟というのは『常にぼんやりしていて時折、苦痛を感じているかのように目を瞑る』『普段であれば確認するはずの書類にうつろな表情のままサインをする』――と、副学園長から聞いた内容はこれぐらいだ。例の呪具について何か分かればこちらにも知らせてほしい」
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