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入学前夜
18 あれだろ、ロリコン
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「奴隷なん? 大変やね、育ちが良さそうなんに」
そういうとリィネはバゲットにハムとトマトを挟んだものにかぶりついた。
と、同時にトマトが射出されロクドーの顔に張り付いた。
「きったねぇな。お前に比べたら辺獄の餓鬼だってお坊ちゃんだよ」
顔からはぎ取ったトマトを口に放り込むロクドーを見ながらマリナはくすくすと笑った。
「元々は私も貴族でした。だから、嫌みな意味で育ちがいいというのは間違いないですね」
「そうなんや。なんかあったん?」
リィネのズカズカと相手の懐に踏み込むこの会話テクニックは美徳である、とロクドーは思っている。
人間とはその言動の端々にあるわずかな揺らぎから感情を読み取る動物だ。
そして敏感な人間や、訓練した者であれば、手の動きを見れば緊張の度合いを、目を見て真偽を、さらに会話のリズムや音程の揺れでその嘘が義からなのか、不義からなのか、予想することが可能だ。
ところがリィネの場合はそれがない。
リィネの表情はこのような時に一切変わることはない。
声の音程も変わらないし、揺らぎもない。
視線も決してテーブルの上から移動しない。あくまでも食事中の会話の一環でしかないのだ。
そこに善悪、邪推、好奇などない。
だからこそ、相手は全く気を置く必要がなくなるのだ。
そして思わず心底を吐露してしまう。
「八歳の時に父が死にまして。母は私を生んだときには亡くなっていたので、私が家督を引き継ぐことになったのですが…… まだ無理だということで、叔父に領地を任せていたんです」
マリナはパスタをくるくると巻いている。
「十三歳の時のことです。叔父は他国から利益供与を受けてましてね。監督者責任ということで膨大な制裁金を払う羽目になりました。当然払えないので爵位と領土、そして私自身を売り払いました」
「大変やね。大丈夫なん?」
マリナがツルンとパスタを吸い込んだ。
「運よくヨルハン様のお父上が私をヨルハン様の家庭教師扱いで買い取ってくださいました。ですので、まぁ酷いよりはマシでしたよ」
ロクドーはラーメンの味玉をつぶさないように口に放り込んだ。
卵がはじけて中からとろりとした黄身があふれる。
濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。
「それに最近は妙に怪しい…… もとい、可愛らしい女性が入ってきましたから、楽になりました。魔術師らしいのですが。だから、こうやってうろうろできるようになりましたし。ありがたいことですよ」
「大変やったん?」
「えぇ、パシリに使われたり、気に食わないことがあればもの投げつけられたり。運よくと言いますか、女として見られてなかったのは幸運でした」
ロクドーは鋼鉄の意思で首を制御していたが、眼球の動きは一切制御できていなかった。
ロクドーが思うに男であれば十人中十三人くらいは振り向く美貌をしている。
肌は東方の職人が焼き上げた白磁のようにきめが細かいし、赤い髪は高級な絹を血で染めたかのようである。
さらに身体の方もよい筋肉が身体を絞り上げそのうえで、出るべきところにはちょうどよく脂肪が配されている。
あの男が興味を持たなかったというが、隣のリィネを気に入っていた当たりあれだろ、ろりk。
「殺すぞ、ロクデナシ」
えらく低い声でリィネが威圧する。
ロクドーは声が出ていたのかと気が付いた。
どこから声に出していたのかわからないが、マリナの視線を見る限り、ギリギリやばいところは出していなかったようだと安心した。
と、そこでマリナは壁に掛けられた時計を見て、小さくあっと呟く。
「私、時間なのでこれで」
懐から袋を取り出した。リィネがそれを手で制した。
「この前のお詫びもあるし、ウチが出すよ」
「ウチというのは、俺の財布の中身のことか? つか、この前の詫びってなんだよ」
「兄ちゃん、マリナが訴えてたら婦女暴行だからね」
「はっ!」
ロクドーが全面降伏するように腰袋から金の入った袋を取り出す。
思い出したのかマリナは少しけげんな表情を浮かべてリィネとロクドーを一瞥した。
そして、思い出させないでください、と、眉根を寄せた。
「大丈夫ですよ。むしろ怪我なく負かされた私の方が運がよかったわけですし。
あと、たぶんお二人より持ってますから」
そういうと、いくらかの金をテーブルに置き立ち上がった。
「ロクドーは騎士見習いと言ってましたが、騎士学校に?」
「おう」
「ウチも行くよー」
「そうですか。ばk……我が主も入学しますので、機会があればまたお会いできますね」
そういうとリィネはバゲットにハムとトマトを挟んだものにかぶりついた。
と、同時にトマトが射出されロクドーの顔に張り付いた。
「きったねぇな。お前に比べたら辺獄の餓鬼だってお坊ちゃんだよ」
顔からはぎ取ったトマトを口に放り込むロクドーを見ながらマリナはくすくすと笑った。
「元々は私も貴族でした。だから、嫌みな意味で育ちがいいというのは間違いないですね」
「そうなんや。なんかあったん?」
リィネのズカズカと相手の懐に踏み込むこの会話テクニックは美徳である、とロクドーは思っている。
人間とはその言動の端々にあるわずかな揺らぎから感情を読み取る動物だ。
そして敏感な人間や、訓練した者であれば、手の動きを見れば緊張の度合いを、目を見て真偽を、さらに会話のリズムや音程の揺れでその嘘が義からなのか、不義からなのか、予想することが可能だ。
ところがリィネの場合はそれがない。
リィネの表情はこのような時に一切変わることはない。
声の音程も変わらないし、揺らぎもない。
視線も決してテーブルの上から移動しない。あくまでも食事中の会話の一環でしかないのだ。
そこに善悪、邪推、好奇などない。
だからこそ、相手は全く気を置く必要がなくなるのだ。
そして思わず心底を吐露してしまう。
「八歳の時に父が死にまして。母は私を生んだときには亡くなっていたので、私が家督を引き継ぐことになったのですが…… まだ無理だということで、叔父に領地を任せていたんです」
マリナはパスタをくるくると巻いている。
「十三歳の時のことです。叔父は他国から利益供与を受けてましてね。監督者責任ということで膨大な制裁金を払う羽目になりました。当然払えないので爵位と領土、そして私自身を売り払いました」
「大変やね。大丈夫なん?」
マリナがツルンとパスタを吸い込んだ。
「運よくヨルハン様のお父上が私をヨルハン様の家庭教師扱いで買い取ってくださいました。ですので、まぁ酷いよりはマシでしたよ」
ロクドーはラーメンの味玉をつぶさないように口に放り込んだ。
卵がはじけて中からとろりとした黄身があふれる。
濃厚な香りが鼻腔をくすぐった。
「それに最近は妙に怪しい…… もとい、可愛らしい女性が入ってきましたから、楽になりました。魔術師らしいのですが。だから、こうやってうろうろできるようになりましたし。ありがたいことですよ」
「大変やったん?」
「えぇ、パシリに使われたり、気に食わないことがあればもの投げつけられたり。運よくと言いますか、女として見られてなかったのは幸運でした」
ロクドーは鋼鉄の意思で首を制御していたが、眼球の動きは一切制御できていなかった。
ロクドーが思うに男であれば十人中十三人くらいは振り向く美貌をしている。
肌は東方の職人が焼き上げた白磁のようにきめが細かいし、赤い髪は高級な絹を血で染めたかのようである。
さらに身体の方もよい筋肉が身体を絞り上げそのうえで、出るべきところにはちょうどよく脂肪が配されている。
あの男が興味を持たなかったというが、隣のリィネを気に入っていた当たりあれだろ、ろりk。
「殺すぞ、ロクデナシ」
えらく低い声でリィネが威圧する。
ロクドーは声が出ていたのかと気が付いた。
どこから声に出していたのかわからないが、マリナの視線を見る限り、ギリギリやばいところは出していなかったようだと安心した。
と、そこでマリナは壁に掛けられた時計を見て、小さくあっと呟く。
「私、時間なのでこれで」
懐から袋を取り出した。リィネがそれを手で制した。
「この前のお詫びもあるし、ウチが出すよ」
「ウチというのは、俺の財布の中身のことか? つか、この前の詫びってなんだよ」
「兄ちゃん、マリナが訴えてたら婦女暴行だからね」
「はっ!」
ロクドーが全面降伏するように腰袋から金の入った袋を取り出す。
思い出したのかマリナは少しけげんな表情を浮かべてリィネとロクドーを一瞥した。
そして、思い出させないでください、と、眉根を寄せた。
「大丈夫ですよ。むしろ怪我なく負かされた私の方が運がよかったわけですし。
あと、たぶんお二人より持ってますから」
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