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情を取るのか理を取るか。

入れ替わり立ち替わり

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「外国人の牛肉購入元については、既に別に居ます。他のご同業がこれまで仕入れをしていた実績があって、その付き合いは今後も続くはず。その付き合いを広げるため、買い付けを持ち回り制にしたんです」
「一店舗が牛肉を纏めて仕入れ、ご同業に転売する流れを当番制にすることで、神戸港から横浜港へ。そこから牛鍋屋の手にわたり、お客に届ける物流を、横浜の牛鍋屋旦那衆に身近に知ってもらうことが、庄助様が今回当番を受けた理由ですもの」
「ですが、ヴァピリーナさんの提案は、その付き合いに支障をきたすもの。最悪、牛鍋屋旦那衆と外国人牛肉卸商との関係が断裂してしまうとも」

 ただでさえ、牛鍋屋という商売自体が綱渡り。
 既に食肉を売りにしているところから、奇異の目にもさらされているさなか、少数派の牛鍋屋旦那衆たちからも嫌われるのではないかと思うと、当然の反応、不安だった。

「当番のご同業旦那衆と、仕入れ量を折半しちゃどうです?」

 そこで、言を挟んだのが八徳だった。

「確かに、今の流れですと、我々横浜牛鍋衆は一人の外国人食肉購入先から牛肉を買ってやす。当番制で買い付けする牛鍋屋が都度変わることで、食肉購入先は日本の牛鍋屋との付き合いは広くなるでやす。だが‥‥‥」

 同席するテーブルで一人立ち上がり、もろ手をテーブルに付けたまま、身を乗り出して庄助たちを見やった。
 
「その食肉購入先が駄目になったらどうしやす?」
「駄目になったらって、どういうことだい八徳さん」
「ここは横浜。異国の玄関口とはいいやすが、皆が皆、異国人を歓迎してるわけじゃありやせん。突然、日本人がその購入先の者を切り殺すなんてこともあるかもしれない」
「物騒な物言いだよぉ」

 もちろん、言葉を挟んだのは、八徳がヴァルピリーナの元で働いていることが大きな理由なのだが、そうとは知らない庄助と綾乃の目からは、いったい八徳がなぜ提案をしたのか掴みかねているようだった。

「購入元は、多くの牛鍋屋と知り合うことで販路が拡大できやすが、我々牛鍋屋衆はそれに反して、仕入れ先一所に依存してやす。もし万が一、その購入先の身に何かあったとき、商いは立ちいかねぇってもんでさ」
「あ、それは‥‥‥」
「一理あります庄助様。それで八徳さん、折半というのは? 今の話ですと、ご同業旦那衆と買い付けを折半するお話と、購入元を増やすお話は別のように思いますが」

 物は言いようというべきだ。口八丁ではあるものの、すくなくとも庄助たちは話を理解した。
 彼らの表情に、「どんなもんじゃい」とヴァルピリーナに目配せした八徳は、異国の少女がコクリと頷いたのを合図に、話をつづけた。

「ご同業旦那衆には、もとの仕入れ先から引き続き肉を購入していただきやす。だが、これまで購入していた半分量の仕入れは、宿六庵がヴァルピリーナ嬢との取引で固定で行う」

 自分の話がもっと良くしみ込むように、サッと、ヴァルピリーナの手近にある赤葡萄酒の入った瓶をひったくった八徳。話ながら、庄助に近寄り、彼に用意された硝子杯に、注いでやった。

「そりゃ、依存の観点から行くと、仕入れ元を二つにするとなったとき、一購入元の動向で私たちの商いが立ち行かなくなる危険性は薄くなる」
「ただそうなると元の取引形態を定めた、最初の牛鍋屋の旦那さんは‥‥‥」
「えぇ、綾乃さんの考える通り、面白くないでしょう。ある意味、自分の所で一括仕入れ、同業他店に卸す形を定めたところに、横浜の牛鍋屋業界を牽引している想いもあるでしょうから」

 話が進んで真面目な顔つきになる庄助は、綾乃を視線を交わす。
 それは料理中や商談中に、庄助が良く見せる表情。あぁ、その真剣な眼差しで、いつでも綾乃を見つめることが出来れば、綾乃も安心するのに。と思うと、そんな恥ずかしいことを考えた自分が恥ずかしくなり、後頭部をかいた。

「いや、待てよ? 一括仕入れをして、売れないかもしれない買い付け当番の危険性を、仕入先を増やして固定取引を行い始めた私たちが軽減するならどうだろう」
「結構なお考えでやす。いや、良いお気づきで」
 
 そこでふと、庄助が口ずさんだ内容に、八徳はこれ幸いと飛びついた。

「若、買い付け当番が一括仕入れした牛肉を分けてもらう時、かかる金額は牛鍋店ごとに違うので?」
「いや、基本的には一律だよ」
「さようで」
「あ、まさか八徳さん、買い付け当番が助兵衛心を持っていると思っているんじゃないだろうね?」

 落語話を聞いたように顔をほころばせた庄助。「ちがうちがう」と、右掌をはためかせた。

「買い付け当番制にしたのは、外国人居留地から購入する場合の、牛肉の相場情報を牛鍋旦那衆で共有するためだよ。基本的に同じ値段で外国人購入元から仕入れ、それを一律の値段でご同業に分売する。仕入れ量はまちまちとしても、かかった費用の率については平等なんだ」
「……その、仕入れ量の半分を、固定で宿六庵が行うとなったら、手間賃は頂けねぇもんですかね」

 伺いを立てるように、ただ、少し押しを強く述べる八徳に、庄助は腕を組んで首をひねった。

「今日、実際に買い付けにきて分かった通り、外国人居留地まで買い付けに来るのは相当な手間と苦労はかかってるでやす。それはもちろん、当番制で前に買い付けに来た他の牛鍋旦那衆も同じでさぁ」
「全量の半分を仕入れる手間と苦労は、私たちが肩代わりするから、どこかで私たちの儲けが厚くなるようにって? どうやって?」

 実際に、詳しいところまで話が進めば進むほど、庄助は言葉を鈍らせた。
 もし、実際に仕入れ先を分けて固定取引で買い付けし、その手間賃を牛鍋旦那衆に請求するとなった場合、アコギでセコいやり口で儲けることに、庄助は抵抗があるらしい。

(若は、優しいな。だが、そんなこたぁ先般百も承知のすけ。だったら‥‥‥)

「若、そこは俺にお任せになっておくんなせぇ」

 その優しさが庄助の魅力だ。そこの点は八徳も評価していて、だから男として情けないと思いつつ、八徳が慕う理由でもあった。
 だからこそ、八徳が声をあげた。ヨゴレ仕事に庄助が抵抗あるなら、ヨゴレ役は、全て八徳が受ければいい。

「とは言ってもねぇ、これだけの話、私の一存じゃあ何とも言えないし‥‥‥」
「……ヨキニハカラエ」
「「「え?」」」

 煮え切らない庄助。その時だった。ヴァルピリーナが、優しい笑顔で口を開いたのは。

「What? Ah‥‥‥ワルイヨウニハ‥‥‥シナイ?」
「「「は?」」」

 しかし、口から出たのは、ゆめゆめ日本人なら耳なじみのいい言葉ではなかった。健やかなる笑顔でとんでもないことを言ってのけたヴァルピリーナ。
 庄助と綾乃、八徳の訝し気な視線に、己がきっと良からぬことを言ったのだとやっと気づいてからは、恥ずかし気に口を噤んだ。

 結局この日、この話は宿六庵に持ち帰ることになった。
 ヴァルピリーナからこんな話があったのだと、他の牛鍋旦那衆にどのように伝えるべきか、顎に手をあてジッと考えている庄助に、八徳は、「自分が説明をするから」と後に続いた。
 綾乃だが、「結構な料理だった。間違いなく日本の庶民でこれだけ異国の料理を食べたのは自分たちが初めてだ」と、少し興奮気味で、頬を紅潮させていた。
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