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祝言。重なる面影、二人目の妻。

三度目の逢瀬。宴の意味

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「酒は上等なものがよろしなんしな?」
「まかせる」
「料理も、厨房に言って気合を入れさせんしょう。いっその事、豪華に」
「好きにしてくれ」
「太鼓新造などは?」
「入れていい」
「ふむぅ? その思い切りのよさ、粋でありんすなぁ」

 鈴蘭が、してやったりの笑みになるのは当然。
 花魁と一対一で過ごすだけでも、本来とんでもなく高額になるというのに、宴を開くのだから。

 最上級の料理と酒が用意される。芸事に長じた太鼓新造《唄や楽器の演奏などに長けた遊女見習い。もしくは遊女に成りきれなかった者》も、盛り上げ役として宴に加わらせる。
 当然、鈴蘭一人と時間を過ごすのとは、比較にならないほど高額。
 それこそ、横浜で名士の一人に数えられる、八徳と鈴蘭の共通の知人、呉服屋の財力に頼らないと、実現は叶わないほどの。

「さすがはこの鈴蘭の夫だけありんす。惚れなおしんした」
「そりゃそうだろうな。最近じゃ、件の噂で全く立たなくなった鈴蘭の売上。今回のことで、一気にまとめて上がるってなら」
「なにか、言いしんしたか?」

 新進気鋭の花魁であったはずの鈴蘭の固定客は、軒並み彼女から離れていったと言う。
 だから、ここで鈴蘭に機嫌を良くしてもらうなら、一にも二にも、この見世で彼女に、売上を一気に立てさせてやることだった。
 
「いや、なんでもないよ。なんでもない」

 ため息を、禁じ得なかった。
「惚れ直した」などと鈴蘭は言っていた。しかしそれは、彼女のために金を使える……というところを評価された故というのが、八徳にはわかっていた。

 機嫌一つのために、ここまで出費が必要となる、金のかかる女であることがまず一つ。
 そして今のところ、この妓楼を使うことは、呉服屋からの情報屋としての行動の見返りであることを理解していたから、いまだおもだった成果を上げられないうちに、これだけの出費、今回かかるであろう代金を、呉服屋に肩代わりしてもらうことに、大変な心苦しさを感じた。

(やべぇなぁ。そろそろ本気で、情報屋らしい成果を上げとかねぇと。見返りばっか俺が受けて、その分を情報の貢献で返せていない。さすがに、給料泥棒もとい、花魁お遊び泥棒とか言われかねぇし)

「安心しなんしカオナシ様」
「鈴蘭?」
「呉服屋大旦那に対する、情報実績の報告でござりんしょう?」
「んな!?」

 そんな八徳もといカオナシの不安。鈴蘭は、いい当てて見せた。

「わっちは夜妻であるはずなのに。それでも主様は、お顔をお見せになりんせん。だから、いろんなところで察知できるべく、気を遣いせんといけんなんし」
「それ、どこまで本気で言っている?」
「例えば、語気であったり。話し言葉であったり。その身から醸し出す、空気であったり」
「う、嘘だろう? めちゃくちゃ真剣に努めてくれてるじゃねぇかよ。まだ、今日出会って三度目だぞ?」
「わっちは花魁、可愛い妻じゃ。夫の機微くらい察知できず、どうして妻を称せんしょう?」

 言われ、八徳はがくりと首を垂れた。

「日本の旦那衆は、噂に敏感でありんす。が、言葉がわからねば、異国からの旦那さまは離れていきんせんで」
「そうか。するてーと……鈴蘭の馴染み、最後の一人に、その異国の男が残っていると。外国人居留地第二の情報源から、情報を吸い上げるために、鈴蘭は呉服屋に俺へと遣わされた。こりゃ都合がいいや。その男からの情報は、呉服屋の言いつけ通り、ちゃんとお前のところで控えているのか」
「『何を言っているかわからぬ。調べるから、筆にしたため、残してくれ』と。文に書き残されたなら、主様も情報が抜き取りやすいでござりんしょう?」

 そのまま頭をかきむしった。

(つ~っ! いつもの話口調や、俺に対する態度からは想像もできないほどの細やかで、行き届いた気遣い。女から気にしてもらって、嫌な気分になる男もいねぇや。それを、これほどの人気商品格子格から。こりゃ、かつて新進気鋭として、旦那衆から引きも切らぬほどの人気があって、今の花魁格に上り詰めるだけの事あらぁな)

「鈴蘭。本当、お前って奴ぁ……いい商品おいらんだな」

 八徳に対する己の不平不満をぶつけつつ、多額な売上げ立てさせるべく、拗ねても見せた鈴蘭。それによって、八徳をいつもたじたじにさせた。
 しかしこういったところでそつなく、八徳が鈴蘭に求めていることを、きっちり結果として示してみせた。

 「押してダメなら引いてみろ」とでも言えば良いか。
  客との駆け引きの上手さ際立つ鈴蘭という花魁は、ずっと遊郭で生きてきた八徳からみても、どれだけ優秀なのか伺わせた。
 ムチが強すぎるからこそ、情報という飴は、鞭から比べると振れ幅大きすぎるほどの甘さを、八徳に思わせた。

 厳しい鈴蘭と、献身的な鈴蘭。
 二つの鈴蘭にヤラれ、翻弄されてしまう。それが理解出来てしまうから、八徳は呆れた声を上げた。

「ほんに、どうして主様は、主様の瞳が映すわっちは、ただの花魁なのか。それに時折、その視線の先、わっちの後ろには……」

 だが、そんな八徳の頭に浮かんだことを知る由もない鈴蘭。少しだけ複雑そうに顔を曇らせた。

「そろそろ、わっちを花魁としてみるのはやめてくりゃれ?」

 その中で上げた声。苦しげ。

「はぁ? なんか言ったか?」
「……では、少しだけ席をはずしんす」

 その物言いの意味は、八徳には届かなかった。

「宴の支度か?」
「あまり他人事にしんせんで。主様にもこれから、ご支度いただきんす」
「俺?」

 届かなかったことによるものなのか、聞いてしまった八徳に対して鈴蘭が見せたのは、疲れたような笑顔。 

「えぇ。支度でありんす。今日此度の宴。逢瀬三度目の《馴染みの儀》」
「馴染みの儀? お、お……い、それってまさ……か?」

 そうして最後、一言残し、中座していった。

「祝言(結婚)なのでありんすから。主様と、わっちの」
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