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お白州裁きとエゲレス人

始末屋八徳の死-2

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【お前っ!】
【何でもかんでも、好き放題要求が通せるとは思っておらんよ。それに奴らにとって不利な条件ばかりでは、纏まる交渉も纏まらん。こちらの要求を飲ませるため、少しは奉行所の顔も立ててやり、譲歩も見せねばな?】

 少女がかき乱すのは単にお奉行たちとの場のみではなかった。それを八徳にもして見せた。八徳も、更なる混乱を強いられた。

【お前を裁き、刑に処するのが奴らの目的。やり方はどうあれ、お前が処されるという同じ結果に至れば、少しは留飲も下がる】
【どういうことだコラ!】

 お奉行に身体を向けていた少女は、後ろの八徳に少しの間、視線をやる。目など、ニィッと細くさせていた。

【お前にも少しは痛い目を見て貰わねば。お前を彼奴等きゃつらから買い上げる。が、ただ無傷で終わらせるのは、彼奴等から見てお前の都合が良すぎる。お前が私の言を曲解して通訳していると疑われかねん】
【こ‥‥‥の‥‥‥糞アマッ! ぶっ殺してやる!】

 人を何だと思っている‥‥‥とまでは、遊郭で暮らし、自らを卑下する八徳が言うつもりはないが、傍若無人な振舞いには、さすがに八徳も耐えられない。

【ほぅ、良い怒りじゃ。そうでなくては。飼うなら、元気のある犬がいい】
【貴様ぁ! お嬢様に向かってまだ無礼な口を利くかっ!】

 無邪気な笑みを浮かべる彼女からチラッと八重歯が見えた。
 もちろん、奉行たちが知らない言葉を理解できるのは二人だけではない。少女に付いてきて、先ほど激昂していた男は、一層怒りをあらわにした。

 その状況下で、少女はヒゲ面の偉丈夫に視線を送る。コクリと深く頷いた。
 ヒゲ面の偉丈夫はヤレヤレとため息をついたかと思うと。ゆっくりと、お奉行に向かって口を開いた。

「ニポンジン、ワレワレノクニ、ヒト、キョウコロシタ。ワレワレガ、キョウ、コノオトコ、コロス」

 それが‥‥‥

「ワタシタチEngland。ニポンジンコロシマス。ショケだ」

 少女の奉行所の者たちへの取引だった。

 日本人が本日エゲレスの者を斬った。
 このことを、両国の関係に影響を来たさせない条件として、エゲレスの者に日本の者を殺させろと言っていた。

「ソレニ、ソコノオトコ、カノジョ、ユージョ、イイマシタ。ユルセマセン。ワタシタチ、コノオトココロス、ケンリアリマス」

 場がざわめいた。
 彼ら異国の者たちが「処刑」という大義名分で殺そうとするのは、このお白州で裁きを受け、本来日本の役人が刑を執行する手はずであった八徳という男。

 結果は変わらない‥‥‥が、生き死にの問題ではない。
 異国の者に、犯罪者であろうが、自国の者が殺されるということに、なかなか納得はできていなさそうだった。

「お奉行、行けません!」
「お奉行!」
「お奉行様!」

 ゆえに衛士の者たちは、口々にお奉行に訴えかけた。訴えかけたのは、異国の提案を聞いたお奉行が腕を組み、本格的にその提案に乗るか否か、考えていたからだった。

「良いだろう」
「「「お奉行!」」」

 結果は承諾。その采配には衛士たちも悲鳴を上げた。

「追加条件を一つ。今日の一件、幕府にも、貴国本国にも報告せぬこと。全てこの場のみでの話とすること」 
「Well done! Oscar!?(話は決まった! オスカー)」
「here(ここに)」

 話は纏まったことで、男の動きを封じている衛士たちに向かってお奉行は首を縦に振った。
 釈然としない表情で衛士たちが戒めを解いたことで、男はゆっくりと八徳のところまで歩みを進めた。

「you know what I want to do(わかっているな?)」

 少女が下した命を受けた男がオスカーであることを、この場で知る日本の男は八徳くらいの者だろう。
 憮然とした表情で、オスカーは、既に抜き放っていた西洋剣をもってして、八徳を縛る麻縄の拘束具を断ち斬った。



 これは、その更に翌日の話。
 永真遊郭の出入り口。立ち入る者と立ち去る者を監視する四郎兵衛会所の近くに一つの死体が磔にされた。
 咎人の名は八徳。永真遊郭は裏の顔、始末屋の若衆が一人。
 罪名は侍殺し。
 罪名だけではなく、一人の遊女との禁じられた関係のいきさつも、罪の概要欄に補足されていた。
 処刑に至るまでの拷問が酷かったのか、顔は腫れ上がり、潰れ、直視できぬほどに凄惨なものだった。

 その磔台の前に、遊郭を出入りする客たちは、野次馬宜しく群がった。 

 処刑された八徳という男について、あることないことを口にした。笑い声さえ上がっていた。
 概要欄には、八徳と関係を持った遊女の名前が伏せられていたから、誰がそうなのか、意見を言い合うことでも盛り上がっていた。

 では、遊郭に生きる者たちへの、八徳の磔への反応はというと。野次馬たちとは真逆。

 遊郭の入り口に躯を張り付けた。それは八徳が、ただ遊郭の住人だからという理由だけではなかった。

 欲望の街。それが遊郭。
 犯罪や表に出ない事件は、大きいものから小さいものまで日々起きている。
 だが夜の街という性格上、起きては消えるように犯罪が多発する遊郭では、奉行所見回り、役人による警ら警戒も少なく、言ってしまえば事件が起きても、遊郭の中で闇から闇へと内々で処理され、揉み消されることも少なくなかった。

 それでも、奉行所は、遊郭のような閉鎖的場所相手でも、やるときはやるのだ。
 
 と、言ってしまえば磔は、奉行所から遊郭への見せしめ的な意味があった。

 始末屋八徳。生まれも育ちも永真遊郭。街の全ての者が、八徳のことをよく知っていた。
 件の問題になった《幻灯楼》の者は、事の委細を知っていた。《幻灯楼》以外の者は、詳細は知らなくとも、八徳が首代として奉行所に出頭していることくらいは知っていた。
 女郎街すべての者が、八徳の無罪を知っていた。だが、磔が遊郭への警告であることがわかっているから、屍に向かって手を合わせることさえできなかった。

 たとえその躯が腐って、カラスが群がりついばんで、朽ちて行ったとしても。
 遊郭の者たちは皆、こぶしを握り込み、奥歯を噛み締め‥‥‥そして商売用の笑みを顔に貼り付け、いつも通りの生活を送るしかなかった。
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