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55話 処罰を与える
しおりを挟む「さっさとエミル嬢を連れていって下さい、コトコリス男爵夫妻にも、事の経緯を丁寧に説明して、後日陛下から罰を与えられるであろうことを伝えて下さい」
「はっ!」
今度こそ、エミルは力無く俯いたまま、ミモザ様に命じられたシャイナクル侯爵家の使用人達に連行され、宴の会場から追い出された。
自分も特別だと思い込んでいたエミルにとっては、とても辛いでしょうね。同情なんてしないけど。
「お集まり頂いた皆様、折角の祝いの席でお騒がせして申し訳ありませんでした。後日、改めて謝罪させて頂きますので、今日はこれでお開きにさせて頂きます」
混乱しているこの状態で宴を続けることは不可能、エミル乱入の所為で、折角のミモザ様の婚約の宴が台無しになってしまった。
「さて、ルキ兄様」
ミモザ様は招待客を帰した後、もう一人、使用人達によって取り押さえられていたルキ様に焦点を向けた。
「勿論、覚悟は出来ていますよね?」
「う……あ」
「エミル嬢をここまで誘導した手引きに、ファイナブル帝国の聖女であるユウナ様に手を上げようとしたこと、許されるはずがありません」
笑顔を保ってはいるが、ミモザ様からは激しい怒りが感じられた。
「っ! もとはと言えば、お前の所為だ! お前が、俺より優秀になるから!」
「それはルキ兄様の努力が足りないからでしょう? 人の所為にしないでくれますか?」
「このっ!」
取り押さえられ身動き出来ないルキ様は、それでもミモザ様を殴りかかろうと、激しく体を動かした。
「はぁ、こんな人が兄だなんて、恥ずかしいばかりです」
「五月蠅い! お前なんていなければ、俺がシャイナクル侯爵家の当主になれていたんだ! お前の所為で! お前が余計なことさえしなければ――!」
まだ恨みつらみを叫んでいるルキ様を無視し、私達の所に来たミモザ様は、深く頭を下げた。
「ユウナ様、レイン、本当に申し訳ありませんでした。ルキ兄様の手引きがあったとはいえ、エミル嬢を中に入れてしまったのはこちらの落ち度です」
「そんな……ミモザ様の所為ではありません」
腐ってもシャイナクル侯爵家の長男だったのだから、邸に入るまでの抜け道を知っていてもおかしくない。それに、家族の縁を切っているとはいえ、元妹が迷惑をかけたのは同じですし……
「アイナクラ公爵家としては許す気はない」
「レイン様?」
どうしてそんなことを……?
「しっかりと罰を与えろ、二度と、こんな真似が出来ないように」
「……ふふ、了承しました。シャイナクル侯爵家は責任を持ってルキ兄様を罰することを約束します」
そうか、これで、ルキ様に重い罰を与える口実になる。
その後、私とレイン様は後処理をミモザ様に任せ、シャイナクル侯爵邸を出た。
去り際に聞こえたミモザ様の台詞――「僕にしたように、レインにも婚約破棄を画策したこと、絶対に許さない。地獄に落ちろ」――きっとミモザ様は、ルキ様に重い罰を与えるでしょう。
「大丈夫か? ユウナ」
「私は大丈夫です、レイン様こそ、大丈夫ですか?」
自分以外にエミルに粘着されているのを初めて見ましたが、強烈でした……傍から見ていても吐き気がした。
「正直、気持ち悪かったけど、大丈夫だよ。逆に、あの愛情をずっと向けられていたユウナが心配になった」
「あはは……」
以前、コトコリス領でレイン様に言い寄って来た時とエミルは、まだレイン様を好きになっていなかったと思う。ルキ様の時と同じように、ただ、私からレイン様を奪うために好きと口にしただけ。
それが、いつの間にかレイン様を本気で好きになっていた。
双子で同じ人が初恋だなんて、何の因果でしょう。
「今まではユウナの件もあって見逃していたが、今回ばかりは、エミル嬢にもキツイ罰が下されることになるだろう」
聖女の名を騙るのは重罪だ。だけど、聖女の活動を我儘を言いながらでもしてきたことを考慮して(力を貸してしまっていた私を守るためでもある)、過去の件は不問とされている。だけど、私がコトコリス男爵家と縁を切ってからのことは、私には関係ない。
「コトコリス領でもユウナが偽物の聖女だと吹聴していたし、シャイナクル侯爵邸への無断侵入、僕への名誉棄損、ファイナブル帝国の聖女であるユウナに対する暴言、全て許されることでは無い」
コトコリス領の時は、辺境の領土で言いふらしていた程度で、金銭や人身売買などの実害は無かったから見逃してあげたけど、そんな甘さを見せたことがそもそもの間違いでしたね。
「ファイナブル帝国の聖女は、エミル嬢を許しません。徹底的に罰を与えて下さい」
別にこちらから痛めつけようとしてるワケじゃないのに、進んで地獄に落ちようとする愚か者さん。そんなに地獄に落ちたいなら、私が手伝ってあげます。
貴女達がどうなろうとも、私には何も関係ないもの。
――後日、ミモザ様の報告によると、ルキ様はコトコリス領よりも辺境にある前男爵夫人の後夫として、シャイナクル侯爵家を追い出されることになった。
事実上の勘当に近く、今後は加虐癖のある六十代女性の後夫として、追い出されないように彼女の機嫌を伺い、生涯を生きていくしかない。
今後、彼が日の光を浴びることは、一生無いでしょう。
一方エミルは、私の力を完全に失い、元の威力の回復魔法しか使えなくなった。
私の力に頼り切りで、魔法の実力を成長させる機会が無かったエミルの元の回復魔法の実力はとても弱いもので、ほんの少しの切り傷を治せる程度のものだった。
唯一、エミルが特別だと思ったのは、私の力を与えられた時の増幅効果でしょうか。
エミルは私が力を与えた人達の中で一番、私の力の恩恵を受けていた。だからこそ弱い回復魔法しか使えないのにも関わらず、奇跡と呼ばれる程の回復魔法が使えたのでしょう。
もし、姉妹で助け合えることが出来たなら、どれ程の奇跡が使えたことか……いえ、考えるだけ無駄ですね。
「コトコリス男爵夫妻も、やっと、エミルが偽物の聖女だと気付いたようで、コトコリス男爵邸では、エミルを罵倒する声が一日中響き渡ったようだよ」
「そうですか」
「そして、コトコリス男爵夫妻からは、ユウナ宛に大量の手紙が届いている。アイナクラ公爵家にも同様に大量の手紙が届いているが、要約すると、『私達の娘を返せ、ファイナブル帝国の聖女ユウナは、コトコリス男爵家のものだ』ということらしい」
何が私達の娘、よ。絶縁を叩き付けて家を追い出したのはそっちのクセに、今更すり寄ろうなんて、虫が良すぎる。
過去に私にしてきた仕打ちも忘れていない、忘れられるはずがない。
「私はもうコトコリス男爵家の娘ではありません、赤の他人です」
お父様やお母様から届いた手紙には、一切手をつけていない。どうせ、自分達に都合の良い言葉を並べて、ファイナブル帝国の聖女である私を利用しようとしているだけでしょう? 誰がそんなことを許すもんか。
私はエミルと違って、元家族の幸せなんてどうでもいいですからね。
「エミルの処罰はどうなりました?」
「これまでの罪も合わせて、帝国の外れにある極寒の修道院に送られることになった」
「ああ、あそこですか」
極寒にある修道院は、女性版の牢獄とも言われ、禁欲的な生活に質素な生活、日常的に行われる修業のような厳しい規律、そして、極寒の環境下で行われる神への祈りをただ捧げる日々。
入ったが最後、こちらも二度と、日の光を浴びることは出来ないと言われている。
「そこで性根が叩き直されると良いですね」
エミルがどんな罰を受けようとも、私の心は一ミリも揺れなかった。もうずっと昔から、私はエミルを妹だとは思っていないから――
「今日も良い天気ですね」
いつものようにアイナクラ公爵邸のテラスでお茶を楽しんでいる私は、晴天の空を見上げながら、清々しい気持ちで、レイン様と笑いあった。
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