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5話 一度目の舞踏会

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 ◆◆◆


『シルラ! 僕は君との婚約を破棄する!』

 学園主催の舞踏会、グラレゴン様の隣にいるのは、婚約者の私ではなく、美里だった。
 葡萄のジュースで汚れたドレスを身に纏い、目に涙を浮かべてグラレゴン様に抱き着く美里の姿は、悪女に虐められた、か弱いヒロインそのものだった。

『そんな……どうしてですか!? 私達の婚約は、皇室と公爵家で正式に決まっているものなのに!』

『五月蠅い! 知っているんだぞ! シルラがずっと美里を虐めていたことを!』

『そんなことしていません!』

『このドレスのシミが動かぬ証拠だろう! 美里に嫉妬し、ドレスに飲み物をかけ、ここから追い出そうなど……公爵令嬢ともあろう者が、恥を知れ!』

『シルラ様が?』
『確かに、グラレゴン様は美里嬢と仲良くされていたから、嫉妬されても仕方ないと思いますけど……飲み物をかけるなんて』

 舞踏会に集まった全校生徒から聞こえるざわつき。

『違います! あれは、美里さんが自分で――』

『この期に及んで言い訳する気か!? 君は美里に嫉妬して、僕に近寄るなと言ったそうだな!? 美里は泣いて、僕から離れようとしたんだぞ!』

『私はただ、注意をしただけです! このままでは、グラレゴン様の評価が下がると思ったんです!』

『僕はお前のような悪女と添い遂げる気は無い!』

『グラレゴン様っ! 嫌です! お願いです、考え直して下さい! 私は、私はずっとグラレゴン様だけを、愛して――』

『黙れ!』

 私の言葉は、グラレゴン様に届かなかった。美里の言葉だけを信じて、私を悪だと糾弾した。

『君のような悪女、未来の皇妃にも相応しくない。僕に相応しいのは、僕が本当に愛しているのは――美里だけだ』

『嬉しい、グラレゴン!』

 目の前で愛を告げ、口付けを交わす二人に、まるで頭をハンマーで殴られたような衝撃を受けた。

 ああ……少し前まで、ああやってグラレゴン様からの愛と口付けを受けていたのは私だったのに。
 私は今まで、愛する貴方のために、自分の時間を全て費やして、皇太子妃として厳しい教育も受けてきた。それなのにどうして? どうして私を裏切るの? 私は今まで、何のために生きてきたの……? 

『さぁ、美里、僕とファーストダンスを踊ってくれるかい?』
『勿論、喜んで! グラレゴン!』

 婚約者であるはずの私を差し置いて踊るグラレゴン様と美里は、まるで本当に愛し合う婚約者同士みたいに見えて、傍から映る私の姿は、さぞかし惨めなものだったでしょう。
 足元が崩れ落ちそうで、何とか立っていたのは覚えているけど、そこからの記憶は曖昧だ。
 ただ、後日に行われた皇室との話し合いで、私はみっともなく、彼との婚約破棄を拒んだことは覚えている。まだ、彼の心が私に戻ると、そう信じていた。

 馬鹿みたい、そんな未来、一生、来ないのに。


 この日から、私は嫉妬に狂い、か弱い女性を虐め、惨めにグラレゴン様に縋る哀れな悪女だと囁かれるようになった。

『グラレゴン……様』

 一度目の人生、一人ぼっちになった学園で、仲睦まじい二人の様子をただ眺めることしか出来ないことに、涙が枯れるまで泣き叫んだ。


 ◆◆◆



 ウォルト学園は貴族や皇族が通う学園であり、市民が通う学校とは違い、魔法や礼儀作法、ダンス、社交など様々な教養を学ぶ場でもある。とは言っても、貴族令嬢、令息はこの学園に入学する前にはある程度の教養を学んでいるのが普通で、ここで足踏みをする生徒はそう出ないのが通常だった。

「またですか美里嬢! 一体、何度言えば覚えるのですか!?」

「そんなこと言われてもぉ、平民の私には難しいよー」

 舞踏会に向け、本格的なダンスの授業が始まる中、美里はステップ一つ覚えておらず、学園の広いダンスフロアで、教師に怒鳴り付けられていた。
 特待生であり平民出身の美里には全てが初めてで、上手く出来ないのは分かる。分かるけど、それにしても美里は、覚える気が初めから無いのが丸分かりだった。

「もうすぐ学園の舞踏会があるんですよ!? 貴女だけ、踊れないんですよ!? やる気あるんですか!?」

 舞踏会と言っても、学園内で行われる定期的に行われるもので、親族などの参加はない。言うなれば本物の社交の場に出る前の予行練習の場だが、ダンス教師からすれば、授業の成果が試される場でもある。踊れない生徒がいるなんて、教師の面目丸つぶれであり、なんとしても成功させたい。

「えー、酷いー! 私、一生懸命やってるのになぁ」

「いい加減にしなさい、美里嬢! 教師に向かって、その口に利き方もなんとかなさい!」

 美里の元いた世界がどうなのか知らないが、ここウォルト学園は礼節を重んじる。
 それは社交の場を学ぶためであり、学園在学中は身分関係無く過ごすなんてことは無い。貴族令嬢、令息として、目上の者には敬意を示す。それが出来ていないのだから、美里が教師に注意をされるのは当然のことなのに――

「《ムラニア》先生、美里をあまり虐めないでもらおうか!」

「あ、グラレゴン! 助けに来てくれたのね!」

 虐められているヒロインを助けに来たかのように教師と美里の間に入るグラレゴン様。ああ、またか。なんて、思わずため息が漏れてしまう。

「虐めていただなんて……! 私はただ、注意をしただけです!」

「美里は元は市民で、初めから上手く出来ないのは当然だろう! それを、頭ごなしに叱りつけるなど、教師のすべきことではない!」

「美里嬢には何度も何度も教えているんです! なのに、礼節も含め、少しも覚えないから叱っているんです!」

「黙れ!」



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