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8話 悲しい気持ちに蓋をして

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 魔法が発達したメリエルラシア帝国では、魔法を使える人間は全体の七割を占めるほど多い。だが、誰もが強力な魔法を使えるワケでは無い。火で例えるなら、ロウソクに火を灯す程度だったり、炎の球を投げられる程度だったり、フォルク様のように、魔物を黒焦げに出来たり。
 その人の潜在能力や努力の違いで、魔法の威力は変化する。

 フォルク様の魔法は間違いなく強力、それこそ、皇宮に仕える魔法使いにだってなれるんじゃないかと思うくらい。

(あんなに強い魔法が使えるのに、どうして、フォルク様は薬師になったんだろう)

「ソウカ? どうかしたか?」

「いいえ、何もありません」

 私が踏み込んでいい内容を超えている。
 フォルク様がご自身で決めた道に口を出せる権利は、私には無い。

「香草茶を作るのが手慣れているんだな」

「……よく、作っていましたから」

 香草茶は薬草を煎じたお茶で、その種類によって、疲労回復、睡眠促進など、様々な効果をもたらすお茶のこと。
 体調が優れず、上手く眠れないお義母様のために、何度も何度も作った。その度、私も一緒に香草茶を飲み、お義母様との会話を楽しんだ。

 出来上がった香草茶とは別にもう一つ鍋を用意し、ここまでの道筋で採取してきた薬草を使い、違う種類で作った香草茶を、フォルク様と自分用に入れた。

「フォルク様にはこちらをどうぞ」

「これは?」

「フォルク様は寝ずの番では無いので、別の香草茶にしました」

 寝ずの番の方に渡す香草茶は、眠気覚ましの効力がある薬草で作ったものですから、これから休む人間には相応しくありません。

「あ、勿論、毒は入っていません! ほら――って、熱い!」

 証明するために慌てて口をつけたが、出来立てほやほやの香草茶は熱過ぎて、思わず口を離した。

「無理はしなくていい、工程は見ていたから、毒が入っていないのは確認している」

 そう言えば、私なんかよりも凄い、有能な薬師でしたね。慌てて飲むんじゃなかった……熱くて、舌がちょっと火傷しました。

「へぇ、あの薬草を組み合わせたら、疲労回復の効果が生まれるのか! 凄いな!」

 凄いのはフォルク様ですよ。
 私が使った薬草の種類を一目見ただけで、合わさる効力に気が付いた。これは私がお義母様のために考案したとっておきの配合だったのに! ……嘘です。本当は、調達出来る薬草に限りがあったので、手持ちの薬草で何とか出来ないかと試行錯誤した結果の産物です。

「ワナギリ草が薬草として使えると立証されたのはまだ最近だが、ソウカはよく勉強しているな」

「そんな……私はまだまだ未熟者です」

 薬学の勉強だけは、六歳からずっと続けてきた。
 クレオパス子爵家にいた時も、モーリスさんに薬学の本を持ってきてもらうように頼んで、ずっと、勉強を続けていた。

「ソウカ、同じ薬師なんだし、私には敬語を使わなくて大丈夫だぞ。呼び名も、気楽にフォルクと呼んでくれれば――」

「そ、それは無理です」

 侯爵様にタメ口なんて、絶対に無理! 平民だろうが、男爵令嬢の時だろうが子爵夫人の時だろうが、無理!

「はは、難しいか。では、もう少し仲良くなったらそうしてくれ」

 仲良くなるとかの問題では無いのですが……フォルク様、本気で言ってるの? 本気で、いち平民と仲良くしようとしてるの?

(変な人)

 今まで出会ったどの貴族よりも、貴族らしくない。

 全ての貴族が平民を見下しているとは言わない。
 私も元貴族だったが、平民を見下したことはない。横柄な態度だってとった覚えはない。でも、心のどこかで、貴族と平民とで線引きをしていた気がする。でもフォルク様には一切、その線引きすら感じなかった。
 貴族間同士でも、上位貴族と下位貴族の間で大きな溝があるというのに、フォルク様は本気で、平々凡々な平民の私と仲良くしようとしている。

「うん、美味しい。ありがとうソウカ。これで今日はゆっくり休めそうだ」

 フォルク様は私の作った香草茶を飲み干すと、私に感謝を伝え、その場から去った。

「……貴族だった時には会わなかったのに、平民になった途端、あの有名なフォルク様に会えるなんて、不思議」

 名高い薬師であり、優れた魔法使いであり、名門貴族の侯爵様。
 私なんかでは話すこともおこがましいような雲の上の人だったのに、まさか、自分の作った香草茶を飲んでもらうことになるなんて、思ってもみなかった。

「……やっぱり、セントラル領に来て良かった」

 薬学に精通していて、薬の材料が豊富にある土地だからと選んだ場所だけど、フォルク様が統治して下さっている領なら、安心して暮らしていけると思った。
 まだほんの少ししか関わっていないし、そんな短い間で、フォルク様の何が分かるんだ。と言われればそれまでだけど、領主様とこうして関わることなんて、これから先無いだろうし、こんなものだろう。平民と貴族様が会話するなんて、特別な用でも無ければない。ましてや、私はただの田舎町コルンの薬師。大商人の娘とか絶世の美女とか、偉大なる魔法使いやら――優秀な薬師なら、話は別だけど。

(私は、お義母様の病気も治せなかった、ただの無力な薬師だもの)

 魔力病に有効な治療法は見付かっていない。
 分かってはいるけど、私はずっと、お義母様の病気を治したくて、勉強してきた。お義母様だけじゃない、お父様もお母様の時も、私は何も出来なかった。

「……さて、香草茶を皆さんに差し入れに行きますか」

 悲しい気持ちに蓋をして、香草茶の入った鍋を片手に、私は寝ずの番を引き受けてくれた皆様のもとに向かった。

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