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29話 ここから出ていって
しおりを挟むミラーシェに忠告してから、一週間が経った。
「――と言うわけで、使用人の誰もミラーシェの相手はしませんでしたが、余計な真似はしっかりしてくれましたよ」
「嬉しそうね、アルヴィン」
いつもの執務室で仕事の傍ら、報告を受ける。
忠告虚しく余計な真似するだろうな、とは思っていたけど、流石に一週間で行動を起こすのは早過ぎない? 忠告に行ったのが逆に火をつけちゃったのかしら。せっかく大人しくしていれば、もう少しここに置いてあげると言ったのに、自分から進んで追い出される真似をするなんて、娘と同じく、頭が空っぽなのね。
キャサリンも家出同然で飛び出し、実家には帰りにくいだろうが、ミラーシェはもっと深刻だ。彼女はグランドウル男爵に離婚され、家を追い出され、帰る場所がどこにもない――にも関わらずこんな真似をしたミラーシェを、馬鹿過ぎて哀れとすら思ってしまうわ。
「これで邪魔な存在を一人追い出すことが出来ますね」
「残りの方々も、ローレイ様に離婚届に判を押させて、速やかに出て行かせましょう」
「裁判の準備はゆっくりだが進めているから、安心してくれていいよ、ジェームズ」
「それは心強いです」
二人共、随分仲良くなったわね。
アルヴィンのおかげで仕事の効率が上がり、全く手を出していなかった離婚裁判の準備に手を出せるようになった。まだまだローレイの後始末が残ってるから、そっち優先だけど。はぁ、あいつが素直に離婚届に判を押して出て行けば、そんな面倒なことしなくていいんだけどなぁ。
「部屋の清掃や身の回りの世話を使用人に勝手に命じていたとのことなので、箒とちりとりだけ部屋の前に置いて差し上げました。食事もお気に召さなかったとのことなので、期待に応え、品質をお下げしてお出しすることにしました」
「それはいいね、流石はカルディアリアム伯爵家の執事長。家の管理を任されるだけある」
「お褒め頂き光栄です」
……うん、気が合ったようで何よりだわ。
まぁ、有能な人材を引き抜こうとするのは、前世でもよくあったからいいわ。私も会社で役職が上がった時に、何社からかお声をかけてもらったもの。
でも、大切な使用人であるモカに陶器を投げ付けたのは、許せない。
「ミラーシェ、すぐにここから出て行って」
執務室にミラーシェを呼び出し、あまり時間を費やしたくない私は、開口一番、要件だけをすぐに伝えた。
「な……ど、どうして私が出て行かないといけないのよ!?」
「ここが私の家だからよ、他人を住まわせる義理はないでしょう」
「私は、未来のカルディアリアム伯爵夫人の母親で――」
「今のカルディアリアム伯爵は私です。もし、本当にカルディアリアム伯爵夫人の母親になられたなら、その時にお戻り下さい」
絶対にそんな未来は来ないけど、それはそれとして、今、現在! 私がカルディアリアム伯爵なの! 全ての決定権は私にあって、ローレイにもキャサリンにも、ミラーシェにも無い。
起きえない未来の話を振りかざして偉そうにされても、ハッキリ言って迷惑でしかない。
「わ、私達はフィオナさんを今まで家に置いてあげていたのよ!?」
「ここは最初から最後まで私の家です」
「い、いいのね!? ローレイ様がカルディアリアム伯爵に戻っても、貴女をもう家に置いてあげないわよ!?」
「その時はどうぞご自由に」
そんな、もし、の話を永遠にされてもね。
今、現在、私がカルディアリアム伯爵で、ミラーシェはただの浮気女の母親。私とは他人もいい所。そんな女をずっと家に置いてあげていた私の優しさに感謝して欲しいわ。
「ミラーシェ、どうせなら娘も一緒に連れて行って下さい」
すかさず、笑顔で追随するアルヴィン。
キャサリンのことも邪魔だから一緒に追い出したいのね。
「荷物をまとめる時間くらいはあげますよ。ああ、私の家のお金で買った物は、全て置いていってもらいますけど」
全額返金は後でそれぞれ求めるけど、取り返せるものは今、取り返しておかないとね。
「話は以上です、もう下がっていいわよ」
他にやるべきことが山積みだから、もう終わりたいの。仕事優先、貴女達のことなんてどうでもいいんだから。
「ま――待って! 本当に私を追い出す気なの!?」
「はい」
この件で嘘をついて私に何のメリットが?
「私を追い出したら後悔するわよ!?」
「後悔させられるものならどうぞ」
「なっ!?」
意識散漫。書類片手に、もう私の意識は、今日の会社の会議のことで頭が一杯よ。今日は久しぶりに会社に行って、カロンと今年のワインの出来と、これからの販売方法の戦略についての会議。次は役所に行って、イリアーナと町の視察。合間に孤児院にも寄って、シングやケネディに何か困ったことはないか聞いて、あ、後は帰りにお気に入りのパン屋にも寄って、パンを食べたいわ。
やることが沢山! 忙しいから、今日も頑張らなくちゃ!
「う、嘘……私が本当に追い出されるの?」
「ミラーシェ様、僭越ながら、荷物はこちらでまとめておきました。今まで大変お世話になりました。どうぞ、ご退出下さい」
思ってもいないことを口にするジェームズ。用意周到に荷物もまとめておいたなんて、本当に追い出したかったのね……まぁジェームズも私と同じく、ミラーシェに酷い扱いを受けていたものね。
ここで三年間暮らしたにしては少ない、小さなボストンバック一つに詰まった荷物は、グランドウル男爵家から持ってきた数少ない手元に残ったものだろう。それ以外は、全て私のお金で勝手に購入したものだから、彼女が持って行くことは許さない。
ここで過ごした三年間、贅沢三昧だったミラーシェ。今度からは住む家も無い、極貧生活ね。
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