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15話 孤児院の子供シング

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 前世、仕事人間で男に見向きもせず仕事に没頭していましたけど、全く興味が無いわけじゃないんですよ? 私だって格好いい人を見たら胸がときめくし、魅力的な人がいれば素敵だなって思う。男女問わず、顔が整っている人を見るだけで目の保養、癒されるのよね。
 私も是非、会って癒されたい! 久しぶりにときめいてみたい! ――なんて妄想に浸っていたら、下の方から怒ったような声が聞こえてきて、目線を下げた。

「おい! いい加減そこどけよ、おばさん!」

 子供? 随分汚れた格好をしているみたいだけど……

「あら、ごめんなさい」

 言われた通り素直に道を開けると、まだ私の胸辺りにも満たない身長の少年は、フンっと私を睨み付けた後に、横を通り過ぎた。通り過ぎた時に鼻についた体臭は、お世辞にも良い匂いとは言えず、何日もお風呂に入っていなような、強烈な異臭がした。

「コラ《シング》! 俺の客に乱暴な口利くんじゃねぇ!」

「うっせぇ! さっさと今日の分寄越しやがれ!」

「んな口利くんならもうやんねぇぞ!」

「あんだと!」

 この子、何歳くらいかしら? 八歳? 十歳? まだ小さいわよね?

 目の前で繰り広げられる口喧嘩を、買ったばかりのパンを頬張りながら見学する。
 なんやかんやで口喧嘩が収まると、パン屋のおじさんは奥から大きな袋を持ち出し、シングと呼んだ子供に放り投げた。

「ほらよ、今日の分だ」

「最初から素直に寄越せよなハゲ! じゃーな!」

「ふざけんなよシング! おいコラ待て!」

 パン屋のおじさんに向かい、あっかんべーをした後、シングは小走りでこの場を去った。

「シングがすまねぇな、お嬢ちゃん」

「いいえ、おばさんと言われるのは慣れているのでいいのですが、あの少年は――」

「おばさんって言われるのが慣れてるって、あんたまだどう見ても二十代前半だろ? てか、シングが気になってんのか? シングは、この先にある孤児院の子供だよ」

「孤児院って……親のいない、身寄りの無い子供を育てる施設の?」

「ああ、この先にある孤児院に、余って廃棄する予定のパンやらパンの耳を無料で提供してんだよ。どうも、経営が上手くいってないみたいでよ」

「……そう、私の領地には、そういった支援が無いのね」

「ん? 私の領地?」

「情報ありがとう、あの子にも直接話を聞きに行ってみるわ」

「ええ!? いや、ってかシングは見て分かる通りひねくれてるガキだから、素直に話なんて出来ねぇよ!? って、いっちまった」

 パン屋のおじさんの言葉を最後まで聞かず、私はシングを見失わないように、必死で走った。
 こんなに全力疾走するのは、前世では高校の体育祭以来、今世では生まれて初めてかもしれない! 両方に共通するのは、運動能力が人より劣っているところ!

「ぜぇっはぁっぜぇっはぁっ!」

 走り始めた後で、パン屋のおじさんに孤児院の場所を聞けば良かったんじゃないかと思ったけど、勢いで走り続けた。
 足がガクガク震えてる……あ、ヤバい、酸素が切れそう。

「もう無理……」

 走るペースが下がり、口元を抑えながらその場にへたり込む。
 いや、普通に考えてムリゲーじゃない? 私、今世では生まれて初めて走って、前世でも体育祭、断トツのビリだよ? 『佐吉さん、頑張って下さい』なんて、何の感情も籠っていないような無機質なマイクの声がグラウンドに流れた時は、恥ずかしくて死ぬかと思ったわ。

「ここ、どこ?」

 無我夢中でシングを追いかけ、気付くと、少し町から離れた森林の中。

「……はぁ」

 何とか息を整え、頭を働かせる。
 大丈夫、まだ領地の中にはいる、これで孤児院の場所が見つからなくても、引き返せばいいだけ。全然焦ることじゃない。

「ふぅ」

 最後に息を大きく吸い上げ、足元を狙っていた毒蜘蛛を、反射的に蹴り飛ばした。
 私、虫は全然平気なんですよね。なにせ家に出て来た虫は独り身である以上、自分で対処しなくてはいけませんでしたから。

 居場所を確認するために辺りを見渡すと、見慣れない建物が見えた。

「あった」

 少年が自由に行き来出来るのだから、そこまで離れていない場所にあると踏んでいたが、ビンゴ。

「ここが孤児院……」

 今世、フィリアの私は、今まで孤児院に足を踏み入れたことが無かった。前世の瞳も、有難いことに両親が揃っていて、孤児院に足を踏み入れることは無かった。それでも、断線的に知るニュースから何となく思い浮かぶ孤児院の施設よりも、ここはもっと古くて、まるで廃病院みたいに不気味だった。

「あの」
「うわぁ、はい!」

 急に声を掛けられ、驚いて大きな声を出して飛び跳ねてしまった。恥ずかしい……!

「驚かせて申し訳ありません、道に迷ったのかと思いまして……この先には、孤児院しかありませんよ」

 声をかけてきたのは、二十代後半くらいの落ち着いた雰囲気の女性で、失礼ながら、彼女からもシズクと同じように強烈な異臭を感じた。

「ご丁寧にありがとう。実は、孤児院に用があって来たの」

「孤児院にですか?」

「ええ、町のパン屋で、シズクという少年に会ったのだけど――」

「シズク!? まさか、またシズクが何か問題を起こしましたか!? 申し訳ありません……!」

「ああ、いえ、違うわ。私が個人的にお話したいと思っただけ」

「そ、そうですか、良かった」

「貴女は、孤児院の関係者なの?」

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