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1話 男社会を必死で生き抜いてきた独身アラフォーのバリキャリ女を舐めんなよ

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「ああ、マジか……」

 前世を思い出した最初の一声は、何とも気の抜けた声だった。

 このお屋敷にしてはこじんまりとした小さな部屋。
 内装も質素で、ボロボロに汚れたテーブルと椅子、使い古された化粧台の鏡に映った自分の姿に、信じられない気持ちでいっぱいだった。

 前世の私の名前は《佐吉 瞳(さよい ひとみ)》、昭和生まれのアラフォー突入の冴えないOL。
 ぶ厚い眼鏡にビシッと決めたパンツスーツに身を包み、まだ男社会の厳しい時代から、会社の中で必死で戦ってきた、いわゆる社畜人間と呼ばれる人間だ。
 仕事に没頭しまくり、気付けば彼氏いない歴=年齢。
 まぁ、元からそこまで容姿も可愛く無いって自負してましたけど、それが何か?
 でもまぁそれでも必死に仕事を頑張り、それなりの地位も得て、恋愛とは無縁だけど、それなりに人生、充実してた。
 それが、大きな商談の成功後、ルンルン気分で横断歩道を渡っていたら、信号無視のトラックにひかれて、あっけなく命を落とした。
 何なのよ、折角商談成功させたのに、ちゃんと交通ルールは守りなさいよね!

 とまぁ、そんなこんなで命を落とし、気付けば今。
 目の前の化粧台の鏡に映る可憐な女性に転生してしまったというワケ。

「……マジかぁ」

 二回目の大きなため息交じりの独り言が、小さな部屋で悲しそうに消えた。

 転生の物語があるのは、部下の女の子達からそれとなく聞いたことがある。
 転生してどこかの貴族令嬢の女の子になって、悪役令嬢やらヒロインやら皇子様や格好いいイケメンの貴族子息達と恋愛を楽しむとかどうのこうの――残念ながら仕事人間の私は、彼女達にお勧めされた漫画やゲーム、小説には一切手を出しておらず、詳しくは知らないんだけど、こんなことになるなら、きちんとお勧めされた時に手をつけておくんだった。
 まさか自分が転生することになるとは……ここがその小説とかゲームの物語なのか、その物語に転生したとして、自分がヒロインなのか悪役令嬢なのかも分からない。

 今世の私の名前は、《フィオナ=カルディアリアム》。前カルディアリアム伯爵の一人娘であり、今は夫である《ローレイ》が、カルディアリアム伯爵の座を継いでいる。
 と言うのも、私、フィオナの母親は小さい頃に病気で亡くなっていて、それ以降育ててくれた父親が、それはもう過保護に、蝶や花やと可愛がって育てた結果、基本的に何も出来ない子に育ってしまった。
 自分でも言うのもなんだけど、悪い子ではないのよ? あれは父親が悪いわね。大切な亡き妻の忘れ形見で、一人娘にまで何かあったら耐えられないと、慎重になるのは分かる、分かるけど、お父様はやり過ぎね。
 結果、女でも爵位が継げるこの世界で、父亡き後、夫に爵位を譲ることになった。
 まぁそこまではいいわ、別に夫に爵位を譲ることなんてよくあることだし、良しとする。ただ、問題はここから――

 仮にもカルディアリアム伯爵夫人の部屋が、こんなに日当たりが悪くてジメジメして、小さくて、質素な物置部屋なのは何故なのか。

 答えは簡単、夫であるローレイに冷遇されているからである。


「やだぁ、ローレイ様、くすぐったいです」
「ふふ、《キャサリン》はいつも可愛いなぁ。それに比べて――お前は貧相な女だ」

 夕食時、ダイニングルームで妻の目の前、他の女といちゃいちゃしているこの男こそが、今世の私の夫であるローレイ。
 ローレイは浮気女を膝の上に乗せて、あーん、と、葡萄を食べ合いっこしていた。気持ち悪……

「そんなこと言っちゃあ可哀想ですよぉローレイ様。一応、ローレイ様の妻なんですから、まだね」
「ふん、こんな女が妻だなんて、俺の格が下がるというものだ。それよりもキャサリンのような可憐で可愛い女を妻にした方が、よっぽど良い」
「やだぁローレイ様、恥ずかしいですぅ。いずれ私を、ローレイ様の本物の奥さんにして下さいね」

 何だこいつ等……頭いかれてんのかな?

 妻である私を完全に見下し、目の前で平気で愛人といちゃいちゃする。
 この屋敷ではそれが正当化されていて、多くの使用人達が夫の手の内の者で、止めもしないどころか、同調して私を虐めるような、そんな状態。
 今も、夫や愛人に用意された食事は豪勢なものに対し、私の食事は腐った野菜にカビの生えたパンが一欠けら、割れた食器に浮かぶスープには虫の死骸が浮かんでいた。え、何これ? 貴族社会の虐めって怖っ。

「どうした? いつものように泣かないのか? 泣いて捨てないでと縋れば、まだここに置いてやってもいいんだぞ」

 記憶が戻る前の私は気弱で、ローレイに捨てられたら生きていけないと思い込んでいて、彼等の言いなりだった。夫が愛人を連れ込んでいても、物置部屋に追いやられても、腐った食事が出されても、泣いて捨てないでと縋っていた。
 心が弱く、誰にも逆らえない気弱なご令嬢、それが、私だった。

「――ざけんなよ」

「は?」

 ガッシャン! と、大きな音がして、食器が割れた。

「な、何をしている!?」

「失礼、食事も食べれたものじゃないし、食器も割れて使い物にならないようでしたので、捨てました」

 テーブルの上から手で払いのけ、料理ごと床に捨てた。床に無造作に散らばる割れた食器と、腐った残飯。

「捨てただと!? ふざけるな!」

 ふざけてんのはどっちよ、この家の夫人に対してふざけた扱いばっかりして。
 言っておくけど、以前までの私とは違って、今の私は、やられっぱなしのか弱いお嬢様じゃないの。私に舐めた真似をしてきたこと、死ぬほど後悔させてやるから、覚悟しとけ。

 男社会を必死で生き抜いてきた独身アラフォーのバリキャリ女を舐めんなよ。

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