1 / 36
1話 男社会を必死で生き抜いてきた独身アラフォーのバリキャリ女を舐めんなよ
しおりを挟む「ああ、マジか……」
前世を思い出した最初の一声は、何とも気の抜けた声だった。
このお屋敷にしてはこじんまりとした小さな部屋。
内装も質素で、ボロボロに汚れたテーブルと椅子、使い古された化粧台の鏡に映った自分の姿に、信じられない気持ちでいっぱいだった。
前世の私の名前は《佐吉 瞳(さよい ひとみ)》、昭和生まれのアラフォー突入の冴えないOL。
ぶ厚い眼鏡にビシッと決めたパンツスーツに身を包み、まだ男社会の厳しい時代から、会社の中で必死で戦ってきた、いわゆる社畜人間と呼ばれる人間だ。
仕事に没頭しまくり、気付けば彼氏いない歴=年齢。
まぁ、元からそこまで容姿も可愛く無いって自負してましたけど、それが何か?
でもまぁそれでも必死に仕事を頑張り、それなりの地位も得て、恋愛とは無縁だけど、それなりに人生、充実してた。
それが、大きな商談の成功後、ルンルン気分で横断歩道を渡っていたら、信号無視のトラックにひかれて、あっけなく命を落とした。
何なのよ、折角商談成功させたのに、ちゃんと交通ルールは守りなさいよね!
とまぁ、そんなこんなで命を落とし、気付けば今。
目の前の化粧台の鏡に映る可憐な女性に転生してしまったというワケ。
「……マジかぁ」
二回目の大きなため息交じりの独り言が、小さな部屋で悲しそうに消えた。
転生の物語があるのは、部下の女の子達からそれとなく聞いたことがある。
転生してどこかの貴族令嬢の女の子になって、悪役令嬢やらヒロインやら皇子様や格好いいイケメンの貴族子息達と恋愛を楽しむとかどうのこうの――残念ながら仕事人間の私は、彼女達にお勧めされた漫画やゲーム、小説には一切手を出しておらず、詳しくは知らないんだけど、こんなことになるなら、きちんとお勧めされた時に手をつけておくんだった。
まさか自分が転生することになるとは……ここがその小説とかゲームの物語なのか、その物語に転生したとして、自分がヒロインなのか悪役令嬢なのかも分からない。
今世の私の名前は、《フィオナ=カルディアリアム》。前カルディアリアム伯爵の一人娘であり、今は夫である《ローレイ》が、カルディアリアム伯爵の座を継いでいる。
と言うのも、私、フィオナの母親は小さい頃に病気で亡くなっていて、それ以降育ててくれた父親が、それはもう過保護に、蝶や花やと可愛がって育てた結果、基本的に何も出来ない子に育ってしまった。
自分でも言うのもなんだけど、悪い子ではないのよ? あれは父親が悪いわね。大切な亡き妻の忘れ形見で、一人娘にまで何かあったら耐えられないと、慎重になるのは分かる、分かるけど、お父様はやり過ぎね。
結果、女でも爵位が継げるこの世界で、父亡き後、夫に爵位を譲ることになった。
まぁそこまではいいわ、別に夫に爵位を譲ることなんてよくあることだし、良しとする。ただ、問題はここから――
仮にもカルディアリアム伯爵夫人の部屋が、こんなに日当たりが悪くてジメジメして、小さくて、質素な物置部屋なのは何故なのか。
答えは簡単、夫であるローレイに冷遇されているからである。
「やだぁ、ローレイ様、くすぐったいです」
「ふふ、《キャサリン》はいつも可愛いなぁ。それに比べて――お前は貧相な女だ」
夕食時、ダイニングルームで妻の目の前、他の女といちゃいちゃしているこの男こそが、今世の私の夫であるローレイ。
ローレイは浮気女を膝の上に乗せて、あーん、と、葡萄を食べ合いっこしていた。気持ち悪……
「そんなこと言っちゃあ可哀想ですよぉローレイ様。一応、ローレイ様の妻なんですから、まだね」
「ふん、こんな女が妻だなんて、俺の格が下がるというものだ。それよりもキャサリンのような可憐で可愛い女を妻にした方が、よっぽど良い」
「やだぁローレイ様、恥ずかしいですぅ。いずれ私を、ローレイ様の本物の奥さんにして下さいね」
何だこいつ等……頭いかれてんのかな?
妻である私を完全に見下し、目の前で平気で愛人といちゃいちゃする。
この屋敷ではそれが正当化されていて、多くの使用人達が夫の手の内の者で、止めもしないどころか、同調して私を虐めるような、そんな状態。
今も、夫や愛人に用意された食事は豪勢なものに対し、私の食事は腐った野菜にカビの生えたパンが一欠けら、割れた食器に浮かぶスープには虫の死骸が浮かんでいた。え、何これ? 貴族社会の虐めって怖っ。
「どうした? いつものように泣かないのか? 泣いて捨てないでと縋れば、まだここに置いてやってもいいんだぞ」
記憶が戻る前の私は気弱で、ローレイに捨てられたら生きていけないと思い込んでいて、彼等の言いなりだった。夫が愛人を連れ込んでいても、物置部屋に追いやられても、腐った食事が出されても、泣いて捨てないでと縋っていた。
心が弱く、誰にも逆らえない気弱なご令嬢、それが、私だった。
「――ざけんなよ」
「は?」
ガッシャン! と、大きな音がして、食器が割れた。
「な、何をしている!?」
「失礼、食事も食べれたものじゃないし、食器も割れて使い物にならないようでしたので、捨てました」
テーブルの上から手で払いのけ、料理ごと床に捨てた。床に無造作に散らばる割れた食器と、腐った残飯。
「捨てただと!? ふざけるな!」
ふざけてんのはどっちよ、この家の夫人に対してふざけた扱いばっかりして。
言っておくけど、以前までの私とは違って、今の私は、やられっぱなしのか弱いお嬢様じゃないの。私に舐めた真似をしてきたこと、死ぬほど後悔させてやるから、覚悟しとけ。
男社会を必死で生き抜いてきた独身アラフォーのバリキャリ女を舐めんなよ。
1,308
お気に入りに追加
3,872
あなたにおすすめの小説
【完結】え、別れましょう?
須木 水夏
恋愛
「実は他に好きな人が出来て」
「は?え?別れましょう?」
何言ってんだこいつ、とアリエットは目を瞬かせながらも。まあこちらも好きな訳では無いし都合がいいわ、と長年の婚約者(腐れ縁)だったディオルにお別れを申し出た。
ところがその出来事の裏側にはある双子が絡んでいて…?
だる絡みをしてくる美しい双子の兄妹(?)と、のんびりかつ冷静なアリエットのお話。
※毎度ですが空想であり、架空のお話です。史実に全く関係ありません。
ヨーロッパの雰囲気出してますが、別物です。
今日結婚した夫から2年経ったら出ていけと言われました
四折 柊
恋愛
子爵令嬢であるコーデリアは高位貴族である公爵家から是非にと望まれ結婚した。美しくもなく身分の低い自分が何故? 理由は分からないが自分にひどい扱いをする実家を出て幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱く。ところがそこには思惑があり……。公爵は本当に愛する女性を妻にするためにコーデリアを利用したのだ。夫となった男は言った。「お前と本当の夫婦になるつもりはない。2年後には公爵邸から国外へ出ていってもらう。そして二度と戻ってくるな」と。(いいんですか? それは私にとって……ご褒美です!)
お前は要らない、ですか。そうですか、分かりました。では私は去りますね。あ、私、こう見えても人気があるので、次の相手もすぐに見つかりますよ。
四季
恋愛
お前は要らない、ですか。
そうですか、分かりました。
では私は去りますね。
[完結] 私を嫌いな婚約者は交代します
シマ
恋愛
私、ハリエットには婚約者がいる。初めての顔合わせの時に暴言を吐いた婚約者のクロード様。
両親から叱られていたが、彼は反省なんてしていなかった。
その後の交流には不参加もしくは当日のキャンセル。繰り返される不誠実な態度に、もう我慢の限界です。婚約者を交代させて頂きます。
妹が私こそ当主にふさわしいと言うので、婚約者を譲って、これからは自由に生きようと思います。
雲丹はち
恋愛
「ねえ、お父さま。お姉さまより私の方が伯爵家を継ぐのにふさわしいと思うの」
妹シエラが突然、食卓の席でそんなことを言い出した。
今まで家のため、亡くなった母のためと思い耐えてきたけれど、それももう限界だ。
私、クローディア・バローは自分のために新しい人生を切り拓こうと思います。
婚約者が他の令嬢に微笑む時、私は惚れ薬を使った
葵 すみれ
恋愛
ポリーヌはある日、婚約者が見知らぬ令嬢と二人きりでいるところを見てしまう。
しかも、彼は見たことがないような微笑みを令嬢に向けていた。
いつも自分には冷たい彼の柔らかい態度に、ポリーヌは愕然とする。
そして、親が決めた婚約ではあったが、いつの間にか彼に恋心を抱いていたことに気づく。
落ち込むポリーヌに、妹がこれを使えと惚れ薬を渡してきた。
迷ったあげく、婚約者に惚れ薬を使うと、彼の態度は一転して溺愛してくるように。
偽りの愛とは知りながらも、ポリーヌは幸福に酔う。
しかし幸せの狭間で、惚れ薬で彼の心を縛っているのだと罪悪感を抱くポリーヌ。
悩んだ末に、惚れ薬の効果を打ち消す薬をもらうことを決意するが……。
※小説家になろうにも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる