上 下
109 / 115

18話、サウエム荒原(2)

しおりを挟む
「王都ですか、となると……」

 クリスタはラーナとイヴァと一緒に馬車の奥にいる。
 人目につかないよう顔までローブに包み、聞き耳を立てている。

「とりあえず確認なんだけど、わたし達はもう入れないってことでいいの?」

 リリが諦めたように聞くと、ソフィアもさらっと答えた。

「だろうねぇ、それどころかラーナちゃんについては王都に向かうのも厳しい、むしろやめるべきだと私は思うねっ」
「行くのもダメなの?」
「戦争は終結したのだとしても、戦禍の癒えていない対戦国の王都に一人で行くなんて、自殺行為だよっ? それでもいいなら私は止めないけどねっ!」
「そこまで!? でも、まぁ……そうね」

(慣れて来たとは言え、亜人に優しいと言われるこの街でも、視線が痛かったからなぁ)

 リリは何も言えずに口ごもる。
 クラウディアも考え事がまとまっていないので、4人の間に沈黙が流れる。
 その姿を見ていたラーナが近づくと明るく言い放つ。

「ボクのことは気にしなくていいよ! いつかは南に向かう予定だったし」

(ラーナがわざわざ意見を言うなんて珍しいわね)

 普段、こういった話し合いには全く参加せず、つまらなそうに眺めているだけのラーナの意見に、リリは何かしらの思惑があるのだと思い同調することにした。

「それならわたしも、ラーナと一緒に南にいこうかしら」
「妾もじゃな、この国の王都になんぞ行っても何もないしのぉ」
「リリ、イヴァ……ありがとう」

 ラーナは二人がそんなにあっさりと付いてくると思っていなかったのか、恥ずかしそうにお礼を言った。

「悪いな嬢ちゃん達、アタシはもう少しカルラ・オアシスに残る、じじぃ達を待ってなきゃならんからな」

(アンはそうよね、むしろここまで手伝ってくれただけでもありがたいわ)

「謝らないで、本当にここまでありがとう、助けに来てくれて嬉しかったわ!」

 リリが丁寧にお辞儀をすると、アンは何とも言えない表情をした。

「本当はもう少し力になってやりたかったんだか……」
「大丈夫、もう充分に貰ってる」
「そうか? 何もしてないと思うが……」
「アンはボクを真っすぐ見てくれた初めての人族だから」
「そうか、嬢ちゃんには酷な話しだが、できれば人族を悪く思わないでくれ」
「ん、考えとく」
「悪いな」

 二人は顔を見合わせ少しだけ微笑む。
 その横、真剣ながらも物憂げに考えこんでいたクラウディアが顔を上げた。
 そしていつものキリっとした表情、いつも道理のテンションでリリに毒舌を吐いた。

「亜人との道連れもここまでと思ったらせいせいしますわ、もちろん私は王都に向かうことにします、貴族ですもの、民を守るのは義務ですわ」

 クラウディアの言い方にリリは言い返す。

「なんか考えてると思ったら、クラウディアはそんな言い方しか言えないの? 最後なんだからもう少しさぁ、こうなんていうか、なんかないの?」
「何を今さら? あるわけないわ」

 クラウディアはフンッと、顔を背ける。

「死闘を共にした仲じゃない?」
「わたくしは元貴族で貴女はただの亜人ですわよ? むしろあなたの方が住む世界が違うっていう事をわきまえてくださる?」

 そう言い放ったクラウディア。
 その背後、足音一つ立てずに近づいたクリスタが小さく呟く。

「クラウディア様、クリスタは……」
「どこぞのアンデッドが、なにか言ってるわね?」

 クラウディアが振り向きもせず、ぶっきらぼうに言う。

「あなたねぇ!」
「リリ!」

 リリはクリスタの心中を察して声を荒げるが、それをラーナが制する。

「ラーナ止めないで! 一発殴ってやらなきゃ気が済まない!」
「大丈夫、クラウディアは本気じゃないから! そうでしょ、クラウディア?」

 二人のやり取りを微動だにせず見ていたクラウディア。
 振り返らずに今度は優しく言葉を紡ぐ。

「全く小鬼は余計なことを……クリスタ、あなたはもう自由よ、リューネブルク家に縛られることも、ワガママなわたくしに尽くすこともしなくていいの」
「……」

 クリスタはクラウディアの背中をいつもの無表情でじっと見つめていた。
 アンデットになってしまい、青白くなった肌と虚ろな目がさらに無表情な印象を与え、リリにはそれが今までより生気を感じない表情に見えた。

「貴女の人生で、自由なんて始めてでしょうから戸惑うと思うわ……それでも好きなことをしなさい、思った通りに生きなさい! わたくしは……」
「クリスタはもう死んでます」

 クラウディアの言葉を遮るように、クリスタは真顔で言うとクラウディアは笑った。

「フフッそうね、もうわたくしのために生きてきたクリスタは死んだわ、ですからもうわたくしの為なんて、そんなこと……もう考えなくてもいいの」

 涙を目に目一杯溜め、それでも気丈に喋るクラウディア。
 しかし我慢できずに振り返るとクリスタの右目と首筋、脇腹をそっと触り謝る。

「貴女はこんなにも、こんなにも傷だらけになるまで……本当にごめんなさい」

 縋りつくように頭を下げ、そう言った。

「ク、クラウディア、さ……ま?」

 久しく見たことのない態度と表情にクリスタは困惑していた。
 クラウディアは下げた頭を上げる気配はない。

「もう敬称はいらないわ、いらないのよ」

 クラウディアにしては珍しく、卑屈にも感じられる言葉が零れ落ちた。
 自分の不甲斐なさと、クリスタにとどめを刺してしまった罪悪感から出たものなのだろう。

「……そうですか、それでもクリスタにとってクラウディア様は世界で一番尊敬できる方であることに変わりはありません」
「クリスタ……」
「お顔をお上げください、俯くのはクラウディアお嬢様らしくありません」

 キッパリと言うクリスタの言葉を聞いて、ようやく顔を上げたクラウディア。
 その目は溜まっていた涙をボロボロと零し、真っ赤に腫れていた。

「正直に言えばワガママな言動に愛想が尽きそうなことも何度もありました」
「ですわよね」
「もちろん、逃げようと思ったこともあります」
「そう……」
「それでも、それでもです! クリスタが尊敬してやまない主様はクラウディア様ただ一人なのです!」
「……あ、ありがとう」

 お互いが真っすぐお互いの目を見て話す。

「クリスタは知っています、城の誰よりも早く起きては剣の稽古をし、夜は誰よりも遅くまで帝王学に励む努力家であることを」
「……」
「どんなに辛いことがあっても、領民や私たち平民の前では笑顔で市政に立つ我慢強い一面をもっていることを」
「そ、そんなことないですわ」

 クラウディアは恥ずかしそうに俯く。

「クリスタはずーっとクラウディアお嬢様の後ろから見てきました、男として後継者として育てられた幼少、弟君が生まれてから自分の意志で人々の生活とリューネブルグ領の未来という大きな責任を自ら抱えた尊い姿を」
「そんなクラウディア様を、実はずっと立派な主人であり大切な『妹』のように思っていたのです」
「ク、クリスタ……ごめんなさい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヤケになってドレスを脱いだら、なんだかえらい事になりました

杜野秋人
恋愛
「そなたとの婚約、今この場をもって破棄してくれる!」 王族専用の壇上から、立太子間近と言われる第一王子が、声高にそう叫んだ。それを、第一王子の婚約者アレクシアは黙って聞いていた。 第一王子は次々と、アレクシアの不行跡や不品行をあげつらい、容姿をけなし、彼女を責める。傍らに呼び寄せたアレクシアの異母妹が訴えるままに、鵜呑みにして信じ込んだのだろう。 確かに婚約してからの5年間、第一王子とは一度も会わなかったし手紙や贈り物のやり取りもしなかった。だがそれは「させてもらえなかった」が正しい。全ては母が死んだ後に乗り込んできた後妻と、その娘である異母妹の仕組んだことで、父がそれを許可したからこそそんな事がまかり通ったのだということに、第一王子は気付かないらしい。 唯一の味方だと信じていた第一王子までも、アレクシアの味方ではなくなった。 もう味方はいない。 誰への義理もない。 ならば、もうどうにでもなればいい。 アレクシアはスッと背筋を伸ばした。 そうして彼女が次に取った行動に、第一王子は驚愕することになる⸺! ◆虐げられてるドアマットヒロインって、見たら分かるじゃんね?って作品が最近多いので便乗してみました(笑)。 ◆虐待を窺わせる描写が少しだけあるのでR15で。 ◆ざまぁは二段階。いわゆるおまいう系のざまぁを含みます。 ◆全8話、最終話だけ少し長めです。 恋愛は後半で、メインディッシュはざまぁでどうぞ。 ◆片手間で書いたんで、主要人物以外の固有名詞はありません。どこの国とも設定してないんで悪しからず。 ◆この作品はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆過去作のヒロインと本作主人公の名前が丸被りしてたので、名前を変更しています。(2024/09/03) ◆9/2、HOTランキング11→7位!ありがとうございます! 9/3、HOTランキング5位→3位!ありがとうございます!

【完結】真実の愛とやらに目覚めてしまった王太子のその後

綾森れん
恋愛
レオノーラ・ドゥランテ侯爵令嬢は夜会にて婚約者の王太子から、 「真実の愛に目覚めた」 と衝撃の告白をされる。 王太子の愛のお相手は男爵令嬢パミーナ。 婚約は破棄され、レオノーラは王太子の弟である公爵との婚約が決まる。 一方、今まで男爵令嬢としての教育しか受けていなかったパミーナには急遽、王妃教育がほどこされるが全く進まない。 文句ばかり言うわがままなパミーナに、王宮の人々は愛想を尽かす。 そんな中「真実の愛」で結ばれた王太子だけが愛する妃パミーナの面倒を見るが、それは不幸の始まりだった。 周囲の忠告を聞かず「真実の愛」とやらを貫いた王太子の末路とは?

【完結】幼い頃から婚約を誓っていた伯爵に婚約破棄されましたが、数年後に驚くべき事実が発覚したので会いに行こうと思います

菊池 快晴
恋愛
令嬢メアリーは、幼い頃から将来を誓い合ったゼイン伯爵に婚約破棄される。 その隣には見知らぬ女性が立っていた。 二人は傍から見ても仲睦まじいカップルだった。 両家の挨拶を終えて、幸せな結婚前パーティで、その出来事は起こった。 メアリーは彼との出会いを思い返しながら打ちひしがれる。 数年後、心の傷がようやく癒えた頃、メアリーの前に、謎の女性が現れる。 彼女の口から発せられた言葉は、ゼインのとんでもない事実だった――。 ※ハッピーエンド&純愛 他サイトでも掲載しております。

(完結)私の夫は死にました(全3話)

青空一夏
恋愛
夫が新しく始める事業の資金を借りに出かけた直後に行方不明となり、市井の治安が悪い裏通りで夫が乗っていた馬車が発見される。おびただしい血痕があり、盗賊に襲われたのだろうと判断された。1年後に失踪宣告がなされ死んだものと見なされたが、多数の債権者が押し寄せる。 私は莫大な借金を背負い、給料が高いガラス工房の仕事についた。それでも返し切れず夜中は定食屋で調理補助の仕事まで始める。半年後過労で倒れた私に従兄弟が手を差し伸べてくれた。 ところがある日、夫とそっくりな男を見かけてしまい・・・・・・ R15ざまぁ。因果応報。ゆるふわ設定ご都合主義です。全3話。お話しの長さに偏りがあるかもしれません。

婚約者の浮気を目撃した後、私は死にました。けれど戻ってこれたので、人生やり直します

Kouei
恋愛
夜の寝所で裸で抱き合う男女。 女性は従姉、男性は私の婚約者だった。 私は泣きながらその場を走り去った。 涙で歪んだ視界は、足元の階段に気づけなかった。 階段から転がり落ち、頭を強打した私は死んだ……はずだった。 けれど目が覚めた私は、過去に戻っていた! ※この作品は、他サイトにも投稿しています。

(完)妹が全てを奪う時、私は声を失った。

青空一夏
恋愛
継母は私(エイヴリー・オマリ伯爵令嬢)から母親を奪い(私の実の母は父と継母の浮気を苦にして病気になり亡くなった) 妹は私から父親の愛を奪い、婚約者も奪った。 そればかりか、妹は私が描いた絵さえも自分が描いたと言い張った。 その絵は国王陛下に評価され、賞をいただいたものだった。 私は嘘つきよばわりされ、ショックのあまり声を失った。 誰か助けて・・・・・・そこへ私の初恋の人が現れて・・・・・・

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

夫が正室の子である妹と浮気していただけで、なんで私が悪者みたいに言われないといけないんですか?

ヘロディア
恋愛
側室の子である主人公は、正室の子である妹に比べ、あまり愛情を受けられなかったまま、高い身分の貴族の男性に嫁がされた。 妹はプライドが高く、自分を見下してばかりだった。 そこで夫を愛することに決めた矢先、夫の浮気現場に立ち会ってしまう。そしてその相手は他ならぬ妹であった…

処理中です...