上 下
268 / 324

蒼の館 18

しおりを挟む
 「・・・謝るな。悪いと思うなら初めからしなければいい。きみは僕にそのことが足りていないと思ったから、大きな世話をやいた・・・それだけ。気味の悪い言葉は必要ない。」

 黒は腕を枕にふせ、このうえなく気だるげだ。
 これ以上語る気があるのかないのか、考えに耽っているようでも、しょんぼりと落ち込んだようにも見える。

 二人のやり取りを瞳だけ動かし見つめていた海神わだつみは、目を伏せると深く長い息を吐き、仕切り直すように口を開いた。

 「話が変わってすまないが。私にも少し、話しておきたいことがある・・・・・・。」

 「うん。」
 「なぁに?」

 互いの返事が重なったことに若干の不愉快をにじませ、思わず悪口を吐き出しそうになりながら、あおと黒は海神わだつみに目を向けた。

 「・・・一つだけ、私に預けて欲しいことがあるのだ。」

 前触れなく吐き出された海神の真剣な言葉に、あおと黒は、それまでじゃれ合いつづけていた口を完全につぐんだ。

 「久遠くおんの・・・父のことだ。」

 黒はほんのわずかに目を細め、「あれね・・・」と小さく漏らし、あおは表情を険しくさせた。

 宵闇の作り出した黒一色の世界・・・・・・。
 子供たちが立ち去った後に、あの場を訪れた者がもう一人いた。
 ・・・・・・久遠くおんの父だ。

 数百年前・・・。
 自らの故郷を滅ぼし、姿を消していた久遠くおんの父。
 彼の自我は完全に消し去られ、精神を何者かに乗っ取られていた。
 彼の内に潜む者は未だ得体が知れない。

 ただ者ではないことは確かなのだが、妖鬼であるあおと黒にも、神妖である海神わだつみにもそれと思い当たる者はいなかったのだ。

 そしてあおの苦い表情に繋がるもう一つの、不可解でありあおにとっては極めて不愉快な点。

 数百年前。
 海神わだつみ久遠くおん翡翠ひすいを救い出した時に、一度だけ久遠くおんの父と会っている。

 この出会いが最初であり、これ以外に言葉を交わした記憶などない。
 だが久遠くおんの父は、このたった一度しかまみえたことのない、しかもかなりの時を隔てて偶然再会したはずの海神わだつみに、ひどく執着してみせたのである。

 闇の世界に現れた久遠の父は、こともあろうか海神わだつみに「自分のものになれ」などと、冗談にしては全く笑えない不吉な言葉を吐いたのだ。

 もちろんそんなことをあおが聞き流すことなどできるはずもなく、結局怒りにまかせて強烈な一撃を炸裂させた。
 彼のその攻撃にまかれたように見せかけ、宵闇よいやみと不気味な腕とともにその男は極めて不愉快な謎を残したまま、姿を消してしまったのだ。

 しかしながら、黒とあおにとって、この男の存在はさほど大きな驚きとはなりえてはいなかった。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

処理中です...