上 下
218 / 324

弔い 2

しおりを挟む
 全ての亡骸が並びつくすころには、既に日が傾きかけていた・・・・・。

 最後の骸が運びこまれると、海神わだつみは小さく何かを唱え、両の手を前に伸ばした。
 数えきれないほどの亡骸の群れが、彼の手の動きに合わせ、ゆっくりと浮き上がる。

 白妙が片方の手を前に出し、落ち着いた声で言葉を紡ぐと、亡骸の数だけ地が口を開いた。
 皆、そこへ吸い込まれるようにして横たえられ、朝を迎えることのない冷たい眠りについていく・・・・・。

 全てが終わり、腕を下ろすと海神わだつみは、わずかによろめいた。

 そうなることが分かっていたのか、白妙しろたえがすかさずその身体を支えたが、海神わだつみは一言謝罪の言葉を口にすると、その腕をやんわりと退けてしまう。

 久遠と翡翠は肩を寄せ合い、大切な者たちの眠る場所をただただ見つめていた。

 幼い心が受け入れるには、目の前に広がる現実はあまりにも非情が過ぎたのだ。
 久遠は泣くこともできず、静かに涙で頬を濡らし続けている翡翠ひすいの震える身体をきつく抱きしめていた。

 どれほどそうしていたのだろうか・・・・・。
 辺りがあたたかな橙の色に染まり始めたころ、ふと我に返った久遠が振り返ると、海神の姿が消えていた。

 「海神わだつみ様・・・・・・?」

 「・・・・あれはもう・・・・帰った。」

 久遠の呼びかけに、白妙しろたえが低く答えた。
 その言葉に、まだ若く細い久遠の喉がこくりと音を立てる。

 「・・・・白妙しろたえ様。・・・・お聞きしても、よろしいでしょうか。」

 「・・・・ああ。」

 「海神わだつみ様はなぜ、ここに来てくださったのでしょう。」

 「それは、昨日のことを問うているのか、それとも今のことか?」

 「・・・・両日ともです。」

 白妙しろたえは、緩く腕を組んだ。

 「答えになるかはわからぬが、聞きたいのならば話そう・・・・・。」

 久遠は真剣な表情で、白妙にはっきりとうなずいた。

 「海神わだつみは全ての水妖を束ねる頭目なのだ。・・・・だが、困ったことにあの男はその立場をわきまえず、救う者をいっさい選ばない・・・・・。届けられた願いが強く誠実なものであるならば、それに背を向けたり別の者に託すことをしないのだ。」
 
 白妙は言葉を切ると、久遠の瞳を真っすぐ見つめた。

 「・・・・・例えそれが、苔むす小さな祠に捧げられた、幼き人の芍薬一輪の祈りだとしても・・・・・・。」

 「白妙しろたえ様・・・・・・・。」

 「海神わだつみが今日、なぜ共にここを訪れたのか・・・・。坊やは全て、気づいているのだろう?お前の考えている通りで相違はないよ。あれは町の者の亡骸を護るために力を使いすぎた。かろうじて骸を集めることまではできたようだったが・・・・・・。」

 白妙の言葉に、久遠は小さくうなずいた。

 ・・・・・・運ばれてきた死体はどれも全て、水のような膜で包まれ、傷どころか泥の一つさえついていなかった。

 濁流に町が飲まれる直前・・・・・。
 海神わだつみは刹那、人々の生死を確かめていたようだった。
 恐らくはその時、とっさに全ての亡骸を護り、弔うまでの間傷まぬよう、ずっと術を使い続けていてくれたのだ。

 色を失い紙のように白くなっていた海神の顔・・・・そして、耐えきれずわずかによろめいた様子が、久遠の脳裏を切なくよぎる・・・・。
 久遠は、海神に会いたくてたまらなくなった。

 彼はここを去る時・・・・・・一体何を想い、背を向けて行ったのだろう。
 あの優しい人を、このまま独りにしてはいけない・・・・・・。

 「白妙しろたえ様。私にできることであれば、なんでも言う通りにいたします。・・・お願いです。海神わだつみ様に、お会いしたいのです。」

 「・・・・坊や。その言葉、忘れるなよ。・・・そうだな。ではまず、お前の名を教えろ。このままでは不便で叶わん。」

 焦るように言い募ってくる、久遠の熱い眼差しに目を細め、白妙は柔らかく微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

没落貴族の異世界領地経営!~生産スキルでガンガン成り上がります!

武蔵野純平
ファンタジー
異世界転生した元日本人ノエルは、父の急死によりエトワール伯爵家を継承することになった。 亡くなった父はギャンブルに熱中し莫大な借金をしていた。 さらに借金を国王に咎められ、『王国貴族の恥!』と南方の辺境へ追放されてしまう。 南方は魔物も多く、非常に住みにくい土地だった。 ある日、猫獣人の騎士現れる。ノエルが女神様から与えられた生産スキル『マルチクラフト』が覚醒し、ノエルは次々と異世界にない商品を生産し、領地経営が軌道に乗る。

異世界で買った奴隷が強すぎるので説明求む!

夜間救急事務受付
ファンタジー
仕事中、気がつくと知らない世界にいた 佐藤 惣一郎(サトウ ソウイチロウ) 安く買った、視力の悪い奴隷の少女に、瓶の底の様な分厚いメガネを与えると めちゃめちゃ強かった! 気軽に読めるので、暇つぶしに是非! 涙あり、笑いあり シリアスなおとぼけ冒険譚! 異世界ラブ冒険ファンタジー!

お兄ちゃんの装備でダンジョン配信

高瀬ユキカズ
ファンタジー
レベル1なのに、ダンジョンの最下層へ。脱出できるのか!? ダンジョンが現代に現れ、ライブ配信が当たり前になった世界。 強さに応じてランキングが発表され、世界的な人気を誇る配信者たちはワールドクラスプレイヤーと呼ばれる。 主人公の筑紫春菜はワールドクラスプレイヤーを兄に持つ中学2年生。 春菜は兄のアカウントに接続し、SSS級の激レア装備である【神王の装備フルセット】を持ち出してライブ配信を始める。 最強の装備を持った最弱の主人公。 春菜は視聴者に騙されて、人類未踏の最下層へと降り立ってしまう。しかし、危険な場所に来たことには無自覚であった。ろくな知識もないまま攻略し、さらに深い階層へと進んでいく。 無謀とも思える春菜の行動に、閲覧者数は爆上がりする。

野草から始まる異世界スローライフ

深月カナメ
ファンタジー
花、植物に癒されたキャンプ場からの帰り、事故にあい異世界に転生。気付けば子供の姿で、名前はエルバという。 私ーーエルバはスクスク育ち。 ある日、ふれた薬草の名前、効能が頭の中に聞こえた。 (このスキル使える)   エルバはみたこともない植物をもとめ、魔法のある世界で優しい両親も恵まれ、私の第二の人生はいま異世界ではじまった。 エブリスタ様にて掲載中です。 表紙は表紙メーカー様をお借りいたしました。 プロローグ〜78話までを第一章として、誤字脱字を直したものに変えました。 物語は変わっておりません。 一応、誤字脱字、文章などを直したはずですが、まだまだあると思います。見直しながら第二章を進めたいと思っております。 よろしくお願いします。

召喚勇者の餌として転生させられました

猫野美羽
ファンタジー
学生時代最後のゴールデンウィークを楽しむため、伊達冬馬(21)は高校生の従弟たち三人とキャンプ場へ向かっていた。 途中の山道で唐突に眩い光に包まれ、運転していた車が制御を失い、そのまま崖の下に転落して、冬馬は死んでしまう。 だが、魂のみの存在となった冬馬は異世界に転生させられることに。 「俺が死んだのはアイツらを勇者召喚した結果の巻き添えだった?」 しかも、冬馬の死を知った従弟や従妹たちが立腹し、勇者として働くことを拒否しているらしい。 「勇者を働かせるための餌として、俺を異世界に転生させるだと? ふざけんな!」 異世界の事情を聞き出して、あまりの不穏さと不便な生活状況を知り、ごねる冬馬に異世界の創造神は様々なスキルや特典を与えてくれた。 日本と同程度は難しいが、努力すれば快適に暮らせるだけのスキルを貰う。 「召喚魔法? いや、これネット通販だろ」 発動条件の等価交換は、大森林の素材をポイントに換えて異世界から物を召喚するーーいや、だからコレはネット通販! 日本製の便利な品物を通販で購入するため、冬馬はせっせと採取や狩猟に励む。 便利な魔法やスキルを駆使して、大森林と呼ばれる魔境暮らしを送ることになった冬馬がゆるいサバイバルありのスローライフを楽しむ、異世界転生ファンタジー。 ※カクヨムにも掲載中です

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

弱小テイマー、真の職業を得る。~え?魔物って進化するんですか?~

Nowel
ファンタジー
3年間一緒に頑張っていたパーティを無理やり脱退させられてしまったアレン。 理由は単純、アレンが弱いからである。 その後、ソロになったアレンは従魔のために色々と依頼を受ける。 そしてある日、依頼を受けに森へ行くと異変が起きていて…

異世界で等価交換~文明の力で冒険者として生き抜く

りおまる
ファンタジー
交通事故で命を落とし、愛犬ルナと共に異世界に転生したタケル。神から授かった『等価交換』スキルで、現代のアイテムを異世界で取引し、商売人として成功を目指す。商業ギルドとの取引や店舗経営、そして冒険者としての活動を通じて仲間を増やしながら、タケルは異世界での新たな人生を切り開いていく。商売と冒険、二つの顔を持つ異世界ライフを描く、笑いあり、感動ありの成長ファンタジー!

処理中です...