201 / 324
消えた久遠 4
しおりを挟む
鋭い犬歯が翡翠の首筋に食い込み翡翠の柔い肌を突き破った瞬間だった・・・・・。
女の身体がビクリと大きく震え、その動きを止めた。
見開かれた目の内で、紫の瞳が戦慄に震える。
「・・・・流・・・・娘を、離せ。」
抑揚のない深みを帯びた落ち着いた声が、空から落ちてきた。
女は身体を小刻みに震わせ、翡翠を落とし後ずさる。
パタパタと顔を打っていた雨が、不自然なほど突然、ピタリと止んだ。
湿った草をかき分けるような音がわずかに鳴り、そちらをふりむいた翡翠は、まぶしさを感じ、目を細めた。
薄闇の中で、ぼんやりと光を放つ衣の白さは穢れをしらない。
だが、光をはじく白雪のようなその衣の輝きすら、それを纏う者の秀麗さの前ではくすんで見えた。
この世の者とは思えないほどに美しいその人物の姿に、翡翠は見覚えがあった。
禊をおこなっていた、あの時。
格子窓の彼方に浮いていた者に違いなかった。
「海・・・・様。なぜここに・・・・」
「今朝方・・・・。水の祠に、『人を喰らう神妖を滅したい』と祈る者がいるのだと・・・・火急の知らせが届いた。まさかお前のことだとは・・・・」
哀しみに満ちた瞳を向けるその男の手には、こぶりながら美しい、芍薬の花が一輪・・・・瑞々しく咲き誇っていた。
「流・・・・長く姿を見せないものだから、案じていたのだ。」
流の顔がわずかに傷ついた色で染まる。
「お前ほどの者がなぜ・・・・穢れ堕ちることを選んだ。・・・・みずはが、どれほどお前の帰りを待ちわびているか・・・」
「そのような名など、聞きたくない!貴方はみずはを、選んだ。居場所を失った私は、他にどのように生きられるというのだ!」
「流・・・・・?」
だだをこねるようにわめき散らす流に、白い衣の人物は眉を顰め、かすかに首をかしげる。
ああ・・・・流は、この男を愛しているのだ。
理解したいと思う相手ではないが、伝わってくる想いはあまりにも男にひたむきだった。
痛む首筋に手をあてながら、二人を見つめる。
「流・・・・水神殿の跡継ぎのことならば、お前の思い違いだ。私はまだあれを継ぐ者を選んではいない。」
翡翠ですら一瞬であてられるほどの激しい慕情なのに、よほど鈍いのかこの白い衣の男は、流の想いに全く気づいていない様子だ。
「そのことでは・・・・・・・。どのみちもう、戻ることは叶わない。」
流はそうつぶやくと、深く一度息を吐き出し紫の瞳をギラリと光らせた。
その光は凶悪に見えて、なぜか切なく翡翠の心を突き刺してくる。
流が片手を前に突き出す。
闇の中、小さな無数のきらめきがその目前に浮かびあがり、紫の宝玉のように瞬いた。
流の手が舞うように宙を踊ると、紫の宝玉は流れる星のような凄まじい勢いで、音もなく白い衣の男を襲った。
あまりの速さに、翡翠の目には残像が光の筋となって見えるばかりだ。
男から外れ落ちたいくつかの紫の宝玉が、地面や川面で激しく爆ぜ、泥や飛沫を派手に巻き上げながら地を深く抉り、大穴を開けた。
女の身体がビクリと大きく震え、その動きを止めた。
見開かれた目の内で、紫の瞳が戦慄に震える。
「・・・・流・・・・娘を、離せ。」
抑揚のない深みを帯びた落ち着いた声が、空から落ちてきた。
女は身体を小刻みに震わせ、翡翠を落とし後ずさる。
パタパタと顔を打っていた雨が、不自然なほど突然、ピタリと止んだ。
湿った草をかき分けるような音がわずかに鳴り、そちらをふりむいた翡翠は、まぶしさを感じ、目を細めた。
薄闇の中で、ぼんやりと光を放つ衣の白さは穢れをしらない。
だが、光をはじく白雪のようなその衣の輝きすら、それを纏う者の秀麗さの前ではくすんで見えた。
この世の者とは思えないほどに美しいその人物の姿に、翡翠は見覚えがあった。
禊をおこなっていた、あの時。
格子窓の彼方に浮いていた者に違いなかった。
「海・・・・様。なぜここに・・・・」
「今朝方・・・・。水の祠に、『人を喰らう神妖を滅したい』と祈る者がいるのだと・・・・火急の知らせが届いた。まさかお前のことだとは・・・・」
哀しみに満ちた瞳を向けるその男の手には、こぶりながら美しい、芍薬の花が一輪・・・・瑞々しく咲き誇っていた。
「流・・・・長く姿を見せないものだから、案じていたのだ。」
流の顔がわずかに傷ついた色で染まる。
「お前ほどの者がなぜ・・・・穢れ堕ちることを選んだ。・・・・みずはが、どれほどお前の帰りを待ちわびているか・・・」
「そのような名など、聞きたくない!貴方はみずはを、選んだ。居場所を失った私は、他にどのように生きられるというのだ!」
「流・・・・・?」
だだをこねるようにわめき散らす流に、白い衣の人物は眉を顰め、かすかに首をかしげる。
ああ・・・・流は、この男を愛しているのだ。
理解したいと思う相手ではないが、伝わってくる想いはあまりにも男にひたむきだった。
痛む首筋に手をあてながら、二人を見つめる。
「流・・・・水神殿の跡継ぎのことならば、お前の思い違いだ。私はまだあれを継ぐ者を選んではいない。」
翡翠ですら一瞬であてられるほどの激しい慕情なのに、よほど鈍いのかこの白い衣の男は、流の想いに全く気づいていない様子だ。
「そのことでは・・・・・・・。どのみちもう、戻ることは叶わない。」
流はそうつぶやくと、深く一度息を吐き出し紫の瞳をギラリと光らせた。
その光は凶悪に見えて、なぜか切なく翡翠の心を突き刺してくる。
流が片手を前に突き出す。
闇の中、小さな無数のきらめきがその目前に浮かびあがり、紫の宝玉のように瞬いた。
流の手が舞うように宙を踊ると、紫の宝玉は流れる星のような凄まじい勢いで、音もなく白い衣の男を襲った。
あまりの速さに、翡翠の目には残像が光の筋となって見えるばかりだ。
男から外れ落ちたいくつかの紫の宝玉が、地面や川面で激しく爆ぜ、泥や飛沫を派手に巻き上げながら地を深く抉り、大穴を開けた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる
三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。
こんなはずじゃなかった!
異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。
珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に!
やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活!
右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり!
アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる