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久遠と翡翠

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 久遠と翡翠が生まれたのは、広い川の通る豊かな土地に作られた、比較的栄えた大きな町だった。

 土地の権力者の長男として生まれた久遠。
 そして、その家人として働く両親から生まれた翡翠。
 二人には全く血のつながりはなかったが、母の顔立ちが似通っていたためか、不思議なことに皆が驚くほど瓜二つな・・・・同じ顔をしていた。

 同じ年に生まれ、幼いころからともに育った二人は互いにとても仲が睦まじく、「兄様」と「翡翠」と呼び合いながら遊ぶ姿美しい二人の、鈴を転がすようなころころとした楽し気な笑い声は、毎日のように屋敷から漏れ聞こえ、みなの気持ちを明るくさせた。

 久遠と翡翠が生まれてから14度目の季節を迎えたその年・・・・・。

 この年は春先から天気が淀みきり、暑い季節がきても蒸し暑さがます一方で、一向に日の光がさす気配がなかった。

 「翡翠。久遠を連れて、奥の間へ行きなさい。早くっ。」

 長雨のなか、外に出られずお手玉で遊んでいた二人の耳に、突然久遠の母の声が響いた。
 桜色のお手玉が、あずきの擦れる音をたててぽとりと横たわる。

 ただならぬ雰囲気に、翡翠は素直に返事を返すと、素早く久遠の手を取り長い廊下をかけた。
 奥の間へ入り襖を素早く、静かに閉じる。

 「兄さま・・・・。」

 「翡翠。ここにきてしまったら、何が起きているかわからない。・・・様子を見に行きたい。」

 「そうおっしゃると思いました。でも、きっと今はダメ。・・・・兄様。何か、恐ろしい予感がするのです。」

 まだ少し息を切らせながら答える翡翠の顔色は、青ざめていた。
 先ほど聞いた、久遠の母の差し迫った様子が、翡翠を不安にさせる。

 「仮にそうだとしても、このままここにいては何も知らないままになってしまう。・・・・お前はここで待っておいで。」

 「そんな・・・・。嫌です。兄様から離れるのは。」

 翡翠は久遠を引き止めきれず、結局二人は隠れながら中庭の見えるところまで忍びよった。

 「お館様!この雨は普通のものではない。今は町の神官様がどうにか抑えてくれているが、このままでは皆死を待つのみだ。作物も育ちやしないし、川だっていつ氾濫してもおかしくない・・・・・」

 久遠と翡翠は、突然の殺伐とした空気にのまれそうになりながら、柱の陰からこっそりと聞き耳を立て、その様子をうかがっていた。
 
 久遠の父は、ゆっくりとあごひげをなで、興奮してわめきたてる数名の町の者たちを冷ややかに見降ろした。
 みな一様に久遠の家の守衛に捕えられ、激しく打たれたのか血を流しながら、雨に濡れる中庭に押さえつけられている。

 「まさかこの屋敷を襲ってまで談判するとは・・・・お前ら早まったな。言われずとも分かっておる。すでに手は打ってあったものを。」

 「本当ですか!」

 自分たちの行いが意味のないものだったと告げられたのにも関わらず、捕えられた町人の表情は明るくなった。

 「上から高位の神官が遣わされてきた。この者の術を用いればたちどころにこの状況は収まるそうだ。」

 久遠の父の後ろから、濃紺の着物を着た整った顔立ちの女が音もなく現れた。
 切れ長の瞳は眼光が鋭く、冷たいというよりも底の見えない淵を覗いたような恐ろしさを感じる。

 女のしっとりと濡れた唇が、なまめかしく動いた。
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