190 / 324
久遠と翡翠
しおりを挟む
久遠と翡翠が生まれたのは、広い川の通る豊かな土地に作られた、比較的栄えた大きな町だった。
土地の権力者の長男として生まれた久遠。
そして、その家人として働く両親から生まれた翡翠。
二人には全く血のつながりはなかったが、母の顔立ちが似通っていたためか、不思議なことに皆が驚くほど瓜二つな・・・・同じ顔をしていた。
同じ年に生まれ、幼いころからともに育った二人は互いにとても仲が睦まじく、「兄様」と「翡翠」と呼び合いながら遊ぶ姿美しい二人の、鈴を転がすようなころころとした楽し気な笑い声は、毎日のように屋敷から漏れ聞こえ、みなの気持ちを明るくさせた。
久遠と翡翠が生まれてから14度目の季節を迎えたその年・・・・・。
この年は春先から天気が淀みきり、暑い季節がきても蒸し暑さがます一方で、一向に日の光がさす気配がなかった。
「翡翠。久遠を連れて、奥の間へ行きなさい。早くっ。」
長雨のなか、外に出られずお手玉で遊んでいた二人の耳に、突然久遠の母の声が響いた。
桜色のお手玉が、あずきの擦れる音をたててぽとりと横たわる。
ただならぬ雰囲気に、翡翠は素直に返事を返すと、素早く久遠の手を取り長い廊下をかけた。
奥の間へ入り襖を素早く、静かに閉じる。
「兄さま・・・・。」
「翡翠。ここにきてしまったら、何が起きているかわからない。・・・様子を見に行きたい。」
「そうおっしゃると思いました。でも、きっと今はダメ。・・・・兄様。何か、恐ろしい予感がするのです。」
まだ少し息を切らせながら答える翡翠の顔色は、青ざめていた。
先ほど聞いた、久遠の母の差し迫った様子が、翡翠を不安にさせる。
「仮にそうだとしても、このままここにいては何も知らないままになってしまう。・・・・お前はここで待っておいで。」
「そんな・・・・。嫌です。兄様から離れるのは。」
翡翠は久遠を引き止めきれず、結局二人は隠れながら中庭の見えるところまで忍びよった。
「お館様!この雨は普通のものではない。今は町の神官様がどうにか抑えてくれているが、このままでは皆死を待つのみだ。作物も育ちやしないし、川だっていつ氾濫してもおかしくない・・・・・」
久遠と翡翠は、突然の殺伐とした空気にのまれそうになりながら、柱の陰からこっそりと聞き耳を立て、その様子をうかがっていた。
久遠の父は、ゆっくりとあごひげをなで、興奮してわめきたてる数名の町の者たちを冷ややかに見降ろした。
みな一様に久遠の家の守衛に捕えられ、激しく打たれたのか血を流しながら、雨に濡れる中庭に押さえつけられている。
「まさかこの屋敷を襲ってまで談判するとは・・・・お前ら早まったな。言われずとも分かっておる。すでに手は打ってあったものを。」
「本当ですか!」
自分たちの行いが意味のないものだったと告げられたのにも関わらず、捕えられた町人の表情は明るくなった。
「上から高位の神官が遣わされてきた。この者の術を用いればたちどころにこの状況は収まるそうだ。」
久遠の父の後ろから、濃紺の着物を着た整った顔立ちの女が音もなく現れた。
切れ長の瞳は眼光が鋭く、冷たいというよりも底の見えない淵を覗いたような恐ろしさを感じる。
女のしっとりと濡れた唇が、なまめかしく動いた。
土地の権力者の長男として生まれた久遠。
そして、その家人として働く両親から生まれた翡翠。
二人には全く血のつながりはなかったが、母の顔立ちが似通っていたためか、不思議なことに皆が驚くほど瓜二つな・・・・同じ顔をしていた。
同じ年に生まれ、幼いころからともに育った二人は互いにとても仲が睦まじく、「兄様」と「翡翠」と呼び合いながら遊ぶ姿美しい二人の、鈴を転がすようなころころとした楽し気な笑い声は、毎日のように屋敷から漏れ聞こえ、みなの気持ちを明るくさせた。
久遠と翡翠が生まれてから14度目の季節を迎えたその年・・・・・。
この年は春先から天気が淀みきり、暑い季節がきても蒸し暑さがます一方で、一向に日の光がさす気配がなかった。
「翡翠。久遠を連れて、奥の間へ行きなさい。早くっ。」
長雨のなか、外に出られずお手玉で遊んでいた二人の耳に、突然久遠の母の声が響いた。
桜色のお手玉が、あずきの擦れる音をたててぽとりと横たわる。
ただならぬ雰囲気に、翡翠は素直に返事を返すと、素早く久遠の手を取り長い廊下をかけた。
奥の間へ入り襖を素早く、静かに閉じる。
「兄さま・・・・。」
「翡翠。ここにきてしまったら、何が起きているかわからない。・・・様子を見に行きたい。」
「そうおっしゃると思いました。でも、きっと今はダメ。・・・・兄様。何か、恐ろしい予感がするのです。」
まだ少し息を切らせながら答える翡翠の顔色は、青ざめていた。
先ほど聞いた、久遠の母の差し迫った様子が、翡翠を不安にさせる。
「仮にそうだとしても、このままここにいては何も知らないままになってしまう。・・・・お前はここで待っておいで。」
「そんな・・・・。嫌です。兄様から離れるのは。」
翡翠は久遠を引き止めきれず、結局二人は隠れながら中庭の見えるところまで忍びよった。
「お館様!この雨は普通のものではない。今は町の神官様がどうにか抑えてくれているが、このままでは皆死を待つのみだ。作物も育ちやしないし、川だっていつ氾濫してもおかしくない・・・・・」
久遠と翡翠は、突然の殺伐とした空気にのまれそうになりながら、柱の陰からこっそりと聞き耳を立て、その様子をうかがっていた。
久遠の父は、ゆっくりとあごひげをなで、興奮してわめきたてる数名の町の者たちを冷ややかに見降ろした。
みな一様に久遠の家の守衛に捕えられ、激しく打たれたのか血を流しながら、雨に濡れる中庭に押さえつけられている。
「まさかこの屋敷を襲ってまで談判するとは・・・・お前ら早まったな。言われずとも分かっておる。すでに手は打ってあったものを。」
「本当ですか!」
自分たちの行いが意味のないものだったと告げられたのにも関わらず、捕えられた町人の表情は明るくなった。
「上から高位の神官が遣わされてきた。この者の術を用いればたちどころにこの状況は収まるそうだ。」
久遠の父の後ろから、濃紺の着物を着た整った顔立ちの女が音もなく現れた。
切れ長の瞳は眼光が鋭く、冷たいというよりも底の見えない淵を覗いたような恐ろしさを感じる。
女のしっとりと濡れた唇が、なまめかしく動いた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
貴方の事を愛していました
ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。
家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。
彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。
毎週のお茶会も
誕生日以外のプレゼントも
成人してからのパーティーのエスコートも
私をとても大切にしてくれている。
ーーけれど。
大切だからといって、愛しているとは限らない。
いつからだろう。
彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。
誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。
このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。
ーーけれど、本当にそれでいいの?
だから私は決めたのだ。
「貴方の事を愛してました」
貴方を忘れる事を。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる