189 / 324
翡翠の願い
しおりを挟む
夜明け前。
誰もいなくなっていることを確認し、白妙の私室へ戻った久遠は、静かに襖を閉じた。
「こちらは問題なかったよ。」
久遠の言葉に、翡翠は軽くうなずくと、固く絞った布巾で白妙の額に浮かぶ汗をぬぐい、憔悴した表情で久遠を振り返った。
白妙は頭がわれるような・・・吐き気をともなう激しい頭痛におそわれていた。
あまりの痛みに内臓がこわばり、背筋に冷たい脂汗が吹きだす。
虫のように手足を縮ませ身体中を小さく丸め、時には激しくのけぞり、食いしばった歯の隙間からうめき声を漏らし続けていた。
「そんな顔をしなくとも、白妙は大丈夫だ。・・・・黒は、完全に防御を解き、甘んじて全ての攻撃をその身に受けていた・・・・。もし彼が少しでも抵抗していたなら、白妙は苦しむだけではすまなかった・・・・。」
久遠の言葉に、翡翠は静かにうなずいた。
「今はただ、使い慣れない力を激しく行使したために、酷い筋肉痛になったような状態なのだ。明日になれば、痛みも少しは落ち着くだろう。ただ・・・・」
ふいに、白妙が身じろぎながら薄く口を開いた。
「宵・・・闇・・・・・。」
白妙の美しい唇がひっそりと・・・・・切なく呼んだその名に、久遠と翡翠はたまらず目を伏せた。
「ずっと・・・・彼を、呼んでる。」
「・・・・ああ。問題はそれだよ。この熱は普通のものではない。昨日から一度も目覚めないままでいるというのも・・・・。」
久遠が蒼から白妙を受け取った時、彼女は女の姿へと変容していた。
途方もない時の彼方から、自分を押し殺し大切な者の思い出を守り続けてきた白妙の心が、黒と向き合ったことでようやく、ありのままの白妙として放たれたその反動なのだろう・・・・・。
そう感じ、翡翠はあふれる涙を抑えることができなかった。
「私は身勝手な人間です。例え大罪を抱えていても良かったのにと・・・・。彼女の愛した宵闇に、生きていて欲しかったと・・・・。どうしようもないほど強く願ってしまうのです。」
久遠は何も答えられなかった。
自分も、一度は生きることを手放した人間だったからだ。
「・・・・なぜ彼は穢れ堕ちたのでしょう。そんなことをすれば、白妙とともに生きることは、叶わなくなると分かっていたはずなのに・・・・。なぜ、罪を償いながら白妙と生きてやる道を、選ばなかったのでしょうか。」
「・・・・・・。」
「白妙には、宵闇が必要なのに・・・・本当は彼だけしか、いらないくらいに。・・・・私は、彼女に幸せになって欲しい。」
決して叶うことのなくなった壊れた願いを、潰れそうな胸の内でともに祈りながら、久遠は翡翠の髪をそっとなで、強く胸に抱きしめた。
誰もいなくなっていることを確認し、白妙の私室へ戻った久遠は、静かに襖を閉じた。
「こちらは問題なかったよ。」
久遠の言葉に、翡翠は軽くうなずくと、固く絞った布巾で白妙の額に浮かぶ汗をぬぐい、憔悴した表情で久遠を振り返った。
白妙は頭がわれるような・・・吐き気をともなう激しい頭痛におそわれていた。
あまりの痛みに内臓がこわばり、背筋に冷たい脂汗が吹きだす。
虫のように手足を縮ませ身体中を小さく丸め、時には激しくのけぞり、食いしばった歯の隙間からうめき声を漏らし続けていた。
「そんな顔をしなくとも、白妙は大丈夫だ。・・・・黒は、完全に防御を解き、甘んじて全ての攻撃をその身に受けていた・・・・。もし彼が少しでも抵抗していたなら、白妙は苦しむだけではすまなかった・・・・。」
久遠の言葉に、翡翠は静かにうなずいた。
「今はただ、使い慣れない力を激しく行使したために、酷い筋肉痛になったような状態なのだ。明日になれば、痛みも少しは落ち着くだろう。ただ・・・・」
ふいに、白妙が身じろぎながら薄く口を開いた。
「宵・・・闇・・・・・。」
白妙の美しい唇がひっそりと・・・・・切なく呼んだその名に、久遠と翡翠はたまらず目を伏せた。
「ずっと・・・・彼を、呼んでる。」
「・・・・ああ。問題はそれだよ。この熱は普通のものではない。昨日から一度も目覚めないままでいるというのも・・・・。」
久遠が蒼から白妙を受け取った時、彼女は女の姿へと変容していた。
途方もない時の彼方から、自分を押し殺し大切な者の思い出を守り続けてきた白妙の心が、黒と向き合ったことでようやく、ありのままの白妙として放たれたその反動なのだろう・・・・・。
そう感じ、翡翠はあふれる涙を抑えることができなかった。
「私は身勝手な人間です。例え大罪を抱えていても良かったのにと・・・・。彼女の愛した宵闇に、生きていて欲しかったと・・・・。どうしようもないほど強く願ってしまうのです。」
久遠は何も答えられなかった。
自分も、一度は生きることを手放した人間だったからだ。
「・・・・なぜ彼は穢れ堕ちたのでしょう。そんなことをすれば、白妙とともに生きることは、叶わなくなると分かっていたはずなのに・・・・。なぜ、罪を償いながら白妙と生きてやる道を、選ばなかったのでしょうか。」
「・・・・・・。」
「白妙には、宵闇が必要なのに・・・・本当は彼だけしか、いらないくらいに。・・・・私は、彼女に幸せになって欲しい。」
決して叶うことのなくなった壊れた願いを、潰れそうな胸の内でともに祈りながら、久遠は翡翠の髪をそっとなで、強く胸に抱きしめた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
異世界に来たようですが何も分かりません ~【買い物履歴】スキルでぼちぼち生活しています~
ぱつきんすきー
ファンタジー
突然「神」により異世界転移させられたワタシ
以前の記憶と知識をなくし、右も左も分からないワタシ
唯一の武器【買い物履歴】スキルを利用して異世界でぼちぼち生活
かつてオッサンだった少女による、異世界生活のおはなし
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
本日、私の大好きな幼馴染が大切な姉と結婚式を挙げます
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
本日、私は大切な人達を2人同時に失います
<子供の頃から大好きだった幼馴染が恋する女性は私の5歳年上の姉でした。>
両親を亡くし、私を養ってくれた大切な姉に幸せになって貰いたい・・・そう願っていたのに姉は結婚を約束していた彼を事故で失ってしまった。悲しみに打ちひしがれる姉に寄り添う私の大好きな幼馴染。彼は決して私に振り向いてくれる事は無い。だから私は彼と姉が結ばれる事を願い、ついに2人は恋人同士になり、本日姉と幼馴染は結婚する。そしてそれは私が大切な2人を同時に失う日でもあった―。
※ 本編完結済。他視点での話、継続中。
※ 「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています
※ 河口直人偏から少し大人向けの内容になります
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる