彼呼迷軌（ひよめき）～言霊が紡ぐ最期の願い～

宵闇の心 1

　宵闇は、自らの犯した大きすぎる過ちと、制御できない自分の心に、闇の中、ただ独り怯え続けていた････。

　自分は一体どうなってしまったのだろうか。

　白妙と離れた宵闇は、しばらくの間人知れず彼女を見守って過ごしていた。

　だが、海神わだつみと共に睦まじく過ごす白妙を目にするたび、抑えようもないほどの嫉妬が燃え上がり、殺意が激流となって押し寄せてきて、ついに自分を制御しきれなくなった。

　耐えきれなくなった宵闇は、ついに自身を闇の結界に堅く封じた。
　それから何年もの間、心を食い破り暴れまわろうとするどす黒い狂気と、たった独りで向き合いながら、宵闇は必死に抗い続けていたのだ。

　もう、これ以上何も傷つけたくないと願うのに、心に巣食った狂気が、理性を無視してどうしても暴走してしまう。

　同じ過ちを犯すような愚かな真似は、絶対にしたくはない････。
　しかし････。

　「白妙･････ごめん。俺もう、限界かもしれない。」

　彼の心は引き裂かれ、二つの別の生き物が一つの身体を支配しようと奪い合っているかのようだった。

　頭が割れるような頭痛と、心臓を引き裂かれるような激痛に襲われながら、宵闇はひたすら叫び声を上げた。
　激しく呼吸を乱し涙を溢れさせながら、波のように打ち寄せる、死を望むほどの激痛にしなやかな身体を小さく丸め、たった一人でのたうち回る。

　背を撫でる人も、優しく声をかけるものもいない暗闇の中で、それでも宵闇が自ら命を断とうとしないのは、過去に彼が白妙と交わした、たった一つの誓いのためだった。

『････君が何を選んでも、俺だけは君の傍らを離れないから････。君は、好きに生きていい。俺が近くにいなくても、君はいつだって独りじゃないってことを････何があっても忘れるなよ。』

　自らの口が紡ぎ出したその誓いだけが、指先だけでぶら下がっている彼の心を、かろうじて繋ぎ止め、支え続けていた。
　もはや叶う願いではないのかもしれない。
　それでも、自ら命を手放し、あの寂しい瞳に立てた誓いを破ることだけは、どうしてもできなかった。

　どれだけの時が経ったのだろうか。
　宵闇の喉は涸れ、細く呼吸が漏れるばかりで、ついにかすれた悲鳴すら出てこなくなった････。
　力を失い無造作に投げたされた四肢が痙攣し、わずかにピクリと震える。

　ついにその呼吸すら尽きかけた時。
　虚ろな瞳にかすかな赤い光が宿った。
　宵闇の指先がピクリと軽く反応を見せる。

　死んだように四肢を重く地に張り付かせていた宵闇は、まるで今起きたところだとでも言うような気だるい表情を浮かべ、おもむろに起き上がった。
　肩を回し手を開いたり閉じたりして、自身の身体の動きを確かめる。

　「白妙は、俺のものだ。････海神わだつみ。････あんな小僧になど、渡すものかよ。」

　宵闇の黒い瞳は、煮えたぎるような嫉妬でギラギラと赤く燃え盛り、近づく者を殴り殺すような重い殺気を不気味にまとっていた。

　「･･･この世界に、俺と白妙以外のものが存在するから、問題が起きるのだ･････。」

　宵闇は不吉な言葉を吐き出し、赤く染まった瞳を光らせると、自身を縛っていた結界を一瞬で砕き、上空へと駆け上がっていった･････。

　天空から神妖界を見下ろした宵闇は、味わうように深く一つ呼吸をすると、白妙の気配を探った。

　白妙は変わらず、海神とともに水神殿で過ごしている････。
　宵闇の心にどす黒い、やにのような嫉妬心が、べったりとまとわりつき、彼の精神を重く濁していく。

　宵闇は苦々しい表情を浮かべ、水神殿の前に降り立った。