上 下
128 / 324

黒の覚悟 1

しおりを挟む
 あお海神わだつみが黒を連れて行ってしまってから、俺たちはため息をもらした。

 「黒って・・・一体、何者なんだ。」

 瞳を潤ませ目を伏せてしまった光弘の頭をなで、俺が独り言のようにつぶやくと、白妙たちが鋭く視線を交わした。

 「黒は、双凶と呼ばれ恐れられている、最強の妖鬼の1体だ。」
 「あれは禍々しく冷酷で、この世で最も残忍だ。我らとは決して相容れぬ存在。心を開くなよ。」

 久遠の言葉を継ぎ、白妙が目をぎらつかせ噛みつくように言葉を吐き捨てた。
 その目には明らかに、嫌悪と憎しみが燃え盛る様に渦巻いている。

 「なんだよ。なんかあったのか?」

 勝が白妙の顎に手をあて、じっと瞳を見つめると少し落ち着いたのか、白妙は深く息を吐き出した。
 翡翠が新しくお茶を入れ直し、2人の前に置く。

 「この世界にも、人の世の昔話のように語られている物語があるのですが・・・・・。」

 そう言って翡翠は、神妖界で長く伝わっている昔話を話して聞かせてくれた。

 「今の話の黒って、さっきの黒のこと?3時間で人間の住む世界を全て焼き尽くしたってことかよ?」
 「ええ。昔語りではそのように伝わっています。私と久遠は残念ながら新参者ですので当時の事はわかりませんが、白妙は・・・・・。」

 勝の言葉に答えると、翡翠はめずらしく言いよどんでしまった。

 「・・・・昔語りのとおり、黒はその世界に生きていた全ての人間を一瞬で焼き尽くした。私たちが駆けつけた時には・・・そこは既に青い炎の海だった。老若男女問わず億を軽く超える人間が、無残にも一瞬で魂を奪われていたのだ。」

 白妙は、今まで見たことがないほど殺気を含んだ瞳で話す。

 「黒は自らが殺した全ての魂と、そこにいた神妖の長の命を奪い去った。それから2千年・・・・奴はほとんど姿をくらましていたのだ。時折鬼界に降りて妖鬼の魂を喰らい放題喰らい尽くしていたと聞き駆けつけたが、やつの立ち去る姿を見るばかりで、今まで捕らえることができなかった。」

 息を荒げ話す白妙の背を、勝が優しくなでた。

 俺はその時になって初めて、隣にいる光弘の様子がおかしいことに気づいた。

 「光弘?」

 表情はさほど暗くなかったが、光弘の顔色は紙のように真っ白になり、形の良い唇は潤いを失くし微かにふるえていた。
 癒が光弘の頬を小突くようにして頭を強く寄せている。

 「・・・大丈夫か?」

 俺が背中をなでると、光弘は小さくうなずいた。
 白妙は光弘に殺気のこもった目を向け、震える声で問い詰めた。

 「光弘。お前・・・・・。アレとどこで知り合った。なぜ共にいる。答えろ。」
 「白妙!」
 「おい!光弘が何かしたわけじゃないだろ。そんな言い方するなよ。」

 白妙の強い口調に、驚いた都古と勝が白妙をなだめ、同時に、癒が光弘をかばう様に前に出た。
 それでも白妙は譲らず、一心に光弘をにらみつづける。

 俺は微かに震えている光弘を、白妙の視線をさけるように背中に隠した。
 その時。
 空気が震え、かすかな風が吹き抜けた。

 「僕のいない間に、何をしている?」

 いつの間にか、黒が俺の真後ろに立っていた。

 「待たせて、ごめん。・・・・・おいで。」

 黒が優しい声で光弘に呼び掛けると、光弘は俺に少しほほえみかけ「ありがとう」と言ってから、黒の傍らに立った。

 「何かあったらすぐに呼んでと言ったでしょう。我慢しないで・・・・。君に呼ばれれば、何があっても、すぐに駆けつける。」

 黒は、まるで自分が光弘のことを傷つけた本人であるかのように、見ている者の心が締め付けられるような切ない表情で光弘を見つめた。

 「白妙・・・・・。僕はこの人の望まないことはしない。あんたにも手を出さない。過去のことが気に入らないのなら、気が済むまで僕に罰を与えろ。・・・ただ一つ・・・・どんな形であっても、この人のことは二度と傷つけたりしないと、天に誓え。」

 黒の言葉はこの世の何よりも実直な響きをもって、この場を満たしていった。

 「僕のとがは、この人のものではない。」

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

性欲排泄欲処理系メイド 〜三大欲求、全部満たします〜

mm
ファンタジー
私はメイドのさおり。今日からある男性のメイドをすることになったんだけど…業務内容は「全般のお世話」。トイレもお風呂も、性欲も!? ※スカトロ表現多数あり ※作者が描きたいことを書いてるだけなので同じような内容が続くことがあります

処理中です...