上 下
94 / 324

光弘の告白 1

しおりを挟む
 俺としょうは、光弘みつひろを挟むようにして布団に横になった。

 本当は話したいことや、話さなければならないことがたくさんあるのに、強烈な眠気に逆らうことができず、あっという間に眠ってしまった。

 深い眠りの世界で、俺は誰かに名を呼ばれ、振り返った。
 振り返ると同時に、視界が真っ白に染まる。

 シミ一つない純白の世界に、ゆいを肩に乗せ、光弘みつひろが一人たたずんでいた。
 両隣に気配を感じ視線をやると、いつのまにか勝と都古も立っている。

 「約束を果たしたいんだ。聞いてくれるか?」

 光弘はそう言って、哀しそうな瞳で微笑んだ。

 その言葉に、俺たちはこれがただの夢ではないことを知った。
 視線を交わし合い、光弘にむかってうなずく。
 そんな俺たちに、真剣な眼差しでうなずきかえすと、光弘は謝罪の言葉を口にした。

 「ごめん。本当は自分の言葉で全部話したい。けど、俺・・・あまり話さないようにしてたから。上手く話す自信がないんだ・・・・。」

 その言葉の意味に思い至り、俺はたまらない気持ちになった。

 恐らく本来光弘は、今ほどは無口じゃなかったんだ。
 自分の声が、言葉が、誰かを傷つけたりしないよう、話さないだけで・・・・・・。

 まともにしゃべれなくなるほどの長い時を、光弘は独り・・・ずっと我慢していたのだろうか・・・・・そんな想いが胸をふさぎ、俺は言葉につまった。

 「俺の過去に何が起きたのか見て欲しい。」
 
 そう言うと光弘は、視線を伏せ大きく1つ息をついた。
 色を失った瞳で顔を上げた光弘の、形の良い唇から紡がれる言葉に、俺たちは息をのんだ。

 「俺は・・・・・姉さんを、殺したんだ。」

 光弘の肩に乗る癒の瞳が紅く光った。
 真っ白だった世界が色を変え、形を成していく。

 すぐ目と鼻の先に、庭木の上に集う光の塊に向かって話しかける、制服姿の少女が現れた。

 『姉さんだ。』
 光弘の切ない声が聞こえた。 

 肩より少し長い、薄茶色の艶やかな髪。
 光弘にとてもよく似たその美しい少女の瞳は、紫がかっているように見える。

  偶然、家の前の通りで話し込んでいたらしい女の人たちが、彼女の姿を目にとめ、眉をひそめ口々に並べ立て始めた。

 「やだ。楓乃子かのこちゃんよ。また一人でしゃべってる。」
 「ほんと、いつ見ても気味が悪いのよね。」
 「うちの子が真似したらどうしよう。」

 楓乃子が話しかけている光の塊は、他の人の目には映っていないようだった。
 目をこらせば、光の中心に小さな人の形の影が見える。
 楓乃子はその影と話しているのだ。

 その一部始終を、家の中から一人の年老いた女性が冷たい目で見つめていた・・・・・。

 溶けるように景色が崩れ、気づけば俺たちは、薄暗いリビングに立っていた。
 テーブルをはさみ、姉の楓乃子と、祖母と思われる先ほどの老婆が立っている。 

 「まったく。お前の外見だけでも口さがなく言われているものを・・・・何もないとこへ向かってひとりでブツブツと・・・・・。本当に、気味が悪いったらないよ。お前のせいで、この家の者までおかしく思われてるんだ。」

 黙って下を向いている楓乃子に、光弘の祖母はいら立ちを隠さずどなりつけた。

 「いつまでそこにいるんだ。居候が!お前など、早くこの家から出て行ってしまえばいいのに・・・・。」

 祖母の言葉にうつむいたまま、楓乃子は無言で力なく階段を上って行った。
 その後ろを、少年が追いかけていく。
 光弘だ。

 「おやおや。実の婆ちゃんを独りで残して・・・薄情な孫だねぇ。思いやりも優しさも欠片もありゃしない。人の気持ちがわからないんだろうね。本当に冷たい人間だよ・・・・光弘は。」 

 光弘は、階段の途中で足を止めた。

 「お婆ちゃん。ごめんなさい。」

 そうつぶやくように言葉を落とし、光弘は再び階段を駆け上がって行った。

 光弘の祖母が吐き出す悪意に満ちた言葉と、光弘の傷つき落ち込んだ声音が、心へ重くのしかかってくる・・・・・。

  再び景色が崩れ、楓乃子の部屋と思われる場所へと場面は変わった。
 泣きじゃくっている幼い光弘と楓乃子の姿が現れる。

 「姉さん。どうして何も言わないの?僕、お婆ちゃんに言ってくる。僕にも姉さんと同じものが見えるんだって・・・・。姉さんは一人でしゃべってるわけじゃないって。」

 幼さの残る高い声でそう言って部屋から飛び出して行こうとする光弘の腕を、楓乃子が握りしめた。

 「みーくん。約束したろ?いいんだよ。これで。」
 「僕は、嫌だ!姉さんがあんな風に言われるなんて、許せないんだ・・・・・。」

 光弘の言葉に、楓乃子が愛おしくてたまらないという風に、光弘の小さな身体を抱きしめた。
 ベッドに腰掛けると、楓乃子は光弘を自分の膝に座らせた。
 
 「幸せになって欲しいんだよ。だから、言わないで・・・・・お願いだよ。私は、大丈夫。」

 そう言って光弘の顔を覗き込み、楓乃子は心から幸せそうな笑みを見せた。
 景色が再び溶け始めた・・・・・。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。 しかし、仲が良かったのも今は昔。 レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。 いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。 それでも、フィーは信じていた。 レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。 しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。 そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。 国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。

貴方の事を愛していました

ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。 家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。 彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。 毎週のお茶会も 誕生日以外のプレゼントも 成人してからのパーティーのエスコートも 私をとても大切にしてくれている。 ーーけれど。 大切だからといって、愛しているとは限らない。 いつからだろう。 彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。 誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。 このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。 ーーけれど、本当にそれでいいの? だから私は決めたのだ。 「貴方の事を愛してました」 貴方を忘れる事を。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

処理中です...