87 / 324
癒 7
しおりを挟む
時を閉じられた白い世界の中、癒は黒衣の青年の姿へ形を変えた。
「光弘・・・・・すまない。少し、時間がかかる。耐えてくれ。」
こうなることが分かっていたのに、止めなかった・・・・・・。
癒の瞳から、静かに涙が流れた。
命を投げ出したくなるほどの激痛に、光弘は叫び声を上げ、そのまま歯を食いしばろうとする。
「っ・・・・・・!」
癒は、光弘が舌を噛む寸前で、彼の口の中へ素早く指を突っ込んだ。
必要な術式を組むために防御を全て解いている今の癒は、人と変わらないほどに弱い。
その指に、噛み千切られるような激痛が走り、血が流れる。
癒は一瞬顔を歪めたが、光弘の口に指を入れたまま、鎖骨の祝印へ強く口づけた。
光弘の中を食い荒らしている術を自らの中に流れ込ませる。
無防備な癒の身体を見つけ、術が移動を始める。
指の激痛を感じなくなるほどの激しい痛みが、癒の中に流れ込んできた。
光弘の中を暴れ回る膨大な術の欠片を自分の中に移していく。
狂いそうな激痛に意識が身体を離れそうになるのを、癒は必至で堪えていた。
最後のひとかけらまで、残さず自分の中に術を移し終えると、癒は光弘から唇を離し、こらえ切れず傍らに膝をついた。
痛みで意識がかすむ中、自身の持つ守りの力をもとに戻す。
癒の身体の中を食い破っていた術が黒い炎に焼かれ、一瞬で霧散した。
癒は哀しい瞳で光弘を見つめた。
問題は・・・・ここからなのだ。
食い破かれ、深手を負ってしまった魂を修復しなければ、光弘の精神は永遠に戻らない。
魂の修復は、互いの魂に対して無防備な状態・・・・・つまり、命を預けられるほどの絆がなければ成しえない。
それが分かっていたからこそ、光弘は鳳の魂を九泉の魂の修復に用いたのだ。
癒は自分の魂を相手の魂の修復に充てる術を使うことができる。
問題は、光弘が癒の魂を受け入れてくれるかどうかなのだ。
それはあまりに可能性の低い話と言えた。
祈るような強い想いで、癒は光弘の額に自らの額をそっと重ねる。
頼む。
今だけでいい・・・どうか、私を受け入れてくれ。
「癒せ。」
癒は魂の力を光弘の内へゆっくりと流し込み始めた。
その瞬間、癒はピクリと眉を動かした。
はじかれるとばかり思っていた自分の力を、光弘は自分から吸い付くように受け入れ始めた。
癒の身体が喜びに痺れ、熱くなっていく。
私の魂をそのまま吸い尽くしていい・・・消えないでくれ・・・。
むさぼるように求めてくる光弘の魂を感じながら、癒は祈るようにそう思った。
癒の力を受け入れた光弘の魂は、その力を隅々へといきわたらせ完全に復活をした。
癒が名残惜しく額を離すと、ゆっくりと薄い瞼を上げた光弘と目が合った。
癒は動揺し、思わず自分の姿を光弘と同じ年ごろの少年へと変化させた。
光弘は、まだ意識が朧気なのか、虚ろな瞳で癒を見つめ、頬に手を伸ばしてくる。
癒の頬に光弘の手が触れた瞬間、癒はビクリと身体を震わせ、目を伏せた。
自分から光弘にふれるのと、彼の方から自分に触れられるのとでは、全く意味が違うことを、癒はこの時強く思い知らされた。
自分がどうかなってしまいなほどに強く激しく、狂おしいほどの想いが打ち寄せてくる・・・・・。
抑えられない気持ちの高鳴りに戸惑い、癒は光弘から顔をそむけた。
そんな癒の様子を見て、光弘は、嫌がらせてしまったと勘違いしたのだろう。
申し訳なさそうに瞳を揺らし、手を離した。
「君は、誰だ・・・・・・。俺を・・・・・助けてくれたんだろう。」
光弘が向けてくる切ない瞳に、癒の心が震える。
「僕じゃない。ここは・・・ただの夢だから。」
「・・・・・・。」
あんなに見られるのを嫌っていたはずなのに、この姿をあっさり光弘へ晒してしまったことに戸惑い、癒の口からとっさに嘘がついてでた。
光弘はしばらく何かを考えていたようだったが、小さくため息を吐き出すと、癒に問いかけた。
「名前を・・・教えてくれないか。」
「僕に名前はない。誰も僕に、名をつけたいとは思わない。僕にあるのは、僕を恐れる者たちがつけた、仮の名だけ。」
光弘は、心の奥底を探る様に静かに見つめてくる。
癒はその無垢な瞳に耐えあぐね、光の渦で一気にその場を満たした。
「・・・・・・黒。みんなは僕をそう呼んでいる。」
光に視界が埋め尽くされていく中、最後にそれだけ伝えると、癒は止めていた時間の縛りを解いた。
「今のは・・・・・・なんだ?」
「一体、何が起きたのだ。」
辺りを包み込んだ束の間の閃光に妖月の神妖たちがざわつく中、あどけない神妖の姿へ戻った癒は、光弘の傍らで何事もなかったかのように頬ずりをした。
白妙は少しの間目を細め、癒をいぶかし気に見つめていたが、光弘のシャツを正して刻印を隠すと、大きく息をついた。
「全く無茶をする。光弘、お前死ぬところだったのだぞ。・・・・・お前はもっと、自分を大切にするべきだ。」
白妙の言葉に、光弘は儚い笑みを浮かべた。
「光弘・・・・・すまない。少し、時間がかかる。耐えてくれ。」
こうなることが分かっていたのに、止めなかった・・・・・・。
癒の瞳から、静かに涙が流れた。
命を投げ出したくなるほどの激痛に、光弘は叫び声を上げ、そのまま歯を食いしばろうとする。
「っ・・・・・・!」
癒は、光弘が舌を噛む寸前で、彼の口の中へ素早く指を突っ込んだ。
必要な術式を組むために防御を全て解いている今の癒は、人と変わらないほどに弱い。
その指に、噛み千切られるような激痛が走り、血が流れる。
癒は一瞬顔を歪めたが、光弘の口に指を入れたまま、鎖骨の祝印へ強く口づけた。
光弘の中を食い荒らしている術を自らの中に流れ込ませる。
無防備な癒の身体を見つけ、術が移動を始める。
指の激痛を感じなくなるほどの激しい痛みが、癒の中に流れ込んできた。
光弘の中を暴れ回る膨大な術の欠片を自分の中に移していく。
狂いそうな激痛に意識が身体を離れそうになるのを、癒は必至で堪えていた。
最後のひとかけらまで、残さず自分の中に術を移し終えると、癒は光弘から唇を離し、こらえ切れず傍らに膝をついた。
痛みで意識がかすむ中、自身の持つ守りの力をもとに戻す。
癒の身体の中を食い破っていた術が黒い炎に焼かれ、一瞬で霧散した。
癒は哀しい瞳で光弘を見つめた。
問題は・・・・ここからなのだ。
食い破かれ、深手を負ってしまった魂を修復しなければ、光弘の精神は永遠に戻らない。
魂の修復は、互いの魂に対して無防備な状態・・・・・つまり、命を預けられるほどの絆がなければ成しえない。
それが分かっていたからこそ、光弘は鳳の魂を九泉の魂の修復に用いたのだ。
癒は自分の魂を相手の魂の修復に充てる術を使うことができる。
問題は、光弘が癒の魂を受け入れてくれるかどうかなのだ。
それはあまりに可能性の低い話と言えた。
祈るような強い想いで、癒は光弘の額に自らの額をそっと重ねる。
頼む。
今だけでいい・・・どうか、私を受け入れてくれ。
「癒せ。」
癒は魂の力を光弘の内へゆっくりと流し込み始めた。
その瞬間、癒はピクリと眉を動かした。
はじかれるとばかり思っていた自分の力を、光弘は自分から吸い付くように受け入れ始めた。
癒の身体が喜びに痺れ、熱くなっていく。
私の魂をそのまま吸い尽くしていい・・・消えないでくれ・・・。
むさぼるように求めてくる光弘の魂を感じながら、癒は祈るようにそう思った。
癒の力を受け入れた光弘の魂は、その力を隅々へといきわたらせ完全に復活をした。
癒が名残惜しく額を離すと、ゆっくりと薄い瞼を上げた光弘と目が合った。
癒は動揺し、思わず自分の姿を光弘と同じ年ごろの少年へと変化させた。
光弘は、まだ意識が朧気なのか、虚ろな瞳で癒を見つめ、頬に手を伸ばしてくる。
癒の頬に光弘の手が触れた瞬間、癒はビクリと身体を震わせ、目を伏せた。
自分から光弘にふれるのと、彼の方から自分に触れられるのとでは、全く意味が違うことを、癒はこの時強く思い知らされた。
自分がどうかなってしまいなほどに強く激しく、狂おしいほどの想いが打ち寄せてくる・・・・・。
抑えられない気持ちの高鳴りに戸惑い、癒は光弘から顔をそむけた。
そんな癒の様子を見て、光弘は、嫌がらせてしまったと勘違いしたのだろう。
申し訳なさそうに瞳を揺らし、手を離した。
「君は、誰だ・・・・・・。俺を・・・・・助けてくれたんだろう。」
光弘が向けてくる切ない瞳に、癒の心が震える。
「僕じゃない。ここは・・・ただの夢だから。」
「・・・・・・。」
あんなに見られるのを嫌っていたはずなのに、この姿をあっさり光弘へ晒してしまったことに戸惑い、癒の口からとっさに嘘がついてでた。
光弘はしばらく何かを考えていたようだったが、小さくため息を吐き出すと、癒に問いかけた。
「名前を・・・教えてくれないか。」
「僕に名前はない。誰も僕に、名をつけたいとは思わない。僕にあるのは、僕を恐れる者たちがつけた、仮の名だけ。」
光弘は、心の奥底を探る様に静かに見つめてくる。
癒はその無垢な瞳に耐えあぐね、光の渦で一気にその場を満たした。
「・・・・・・黒。みんなは僕をそう呼んでいる。」
光に視界が埋め尽くされていく中、最後にそれだけ伝えると、癒は止めていた時間の縛りを解いた。
「今のは・・・・・・なんだ?」
「一体、何が起きたのだ。」
辺りを包み込んだ束の間の閃光に妖月の神妖たちがざわつく中、あどけない神妖の姿へ戻った癒は、光弘の傍らで何事もなかったかのように頬ずりをした。
白妙は少しの間目を細め、癒をいぶかし気に見つめていたが、光弘のシャツを正して刻印を隠すと、大きく息をついた。
「全く無茶をする。光弘、お前死ぬところだったのだぞ。・・・・・お前はもっと、自分を大切にするべきだ。」
白妙の言葉に、光弘は儚い笑みを浮かべた。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
貴方の事を愛していました
ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。
家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。
彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。
毎週のお茶会も
誕生日以外のプレゼントも
成人してからのパーティーのエスコートも
私をとても大切にしてくれている。
ーーけれど。
大切だからといって、愛しているとは限らない。
いつからだろう。
彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。
誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。
このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。
ーーけれど、本当にそれでいいの?
だから私は決めたのだ。
「貴方の事を愛してました」
貴方を忘れる事を。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる