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光弘の望み 1

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 「待ってください。」

 硬い声音に、皆の視線が光弘みつひろへと集まった。
 光弘はゆっくりと立ち上がった。

 「もうこれ以上、誰もかかわらせたりしない。あなた達も、ゆいも・・・・・真也しんやたちも・・・・・。」

 光弘・・・・何を言おうとしているんだ?
 俺たちもって・・・・・?
 まさか・・・・・。

 「俺が誰の事も想わなければ、あの黒い霧は誰も襲えない。それなら・・・・俺が望むことは一つだけだ。」

 「光弘・・・・・。」

 「真也、しょう都古みやこ。俺を見つけてくれて、ありがとう。・・・・・・。」

 光弘が笑顔で最後に何かささやいたが、その言葉は俺の耳には届かなかった。

 「おいっ!」

 勝が光弘を引き寄せ口を塞ごうとするのと、光弘が目を閉じ、額に指をあて言霊を放つのは同時だった。

 「じろ。」

 光弘の指先が光を帯び、徐々に輝きを増していく。
 光弘が何をしようとしているのか、俺は絶望とともに理解した。

 久遠くおん翡翠ひすいに、記憶が消えるんじゃないかって確認した時、翡翠ひすいが言ってた。
 記憶を消すことは、できない事じゃないって・・・・。

 光弘の様子が異様にはしゃいでいるように見えたのは、勘違いなんかじゃなかった。
 光弘はこうすることを・・・・独りになることを決意していたんだ。

 ・・・・恐怖で身体がこわばり、息をすることすらできない。
 手を伸ばしたいのに・・・・触れたいのに・・・・届かない。

 その時、光弘の肩に乗っていた癒の目があかく輝いた。
 ピシッ・・・と、ガラスにひびの入るような音が聞こえる。
 次の瞬間、カシャーンという音と共に、光弘ははじかれたようにのけぞり、勝の腕の中に倒れ込んだ。

 癒が差すような瞳で光弘を見つめている。
 冷たい怒りと、それと同じくらいの悲しみがその黒い瞳を揺らしていた。

 真っ青な顔で、都古が光弘の手を握りしめる。
 俺は、体中の血液がどこかに流れ出てしまったような、現実実のない寒気に襲われながら、光弘の頬を震える両手で包み込んだ。
 自分が今、どんな顔をしているのかさえわからない。

 「光弘・・・・・お前、今。・・・・・なにした?」

 声が震える。
 体中が凍えて、自分の物じゃないみたいに全ての感覚が遠い。

 勝の腕の中で、光弘はぼんやりと目を開け、すぐに逸らした。
 
 「光弘・・・・・。」

 頬を涙が濡らすのを感じながら、俺は光弘に顔を寄せ、瞳をのぞきこんだ。

 「お前また、関係ないって言うつもりか・・・・・。」 

 「・・・・・・。」 

 「お前を手放したりしたら、俺はもう俺でいられなくなる。・・・・なんでわからないいんだよ。」 

 どうすれば伝わるんだろう。
 光弘へ届くんだろう。

 「傍にいて欲しいんだ・・・・・ずっと。・・・・・大切なんだ。お前のことが・・・・・。」

 光弘は、俺たちを守るために自分を差し出したんだ。
 この時が来ることをずっと覚悟していたのかもしれない。
 勝が怒った顔をして、光弘の頭を抱き寄せ、顎を乗せた。 

「俺たち、離れるために出会ったわけじゃないだろうが。・・・・・そんな風に・・・・・思ってたのかよ。」

 その声は、俺と同じように震え、涙に濡れていた。
 光弘は何も答えず、ただ目を伏せた。

 「私は、こんなことをさせるために、連れて来たんじゃない。・・・・・・お願いだから、自分を諦めないでくれ。」 

 都古の声が耳元で遠く響く。
 俺は祈るような気持ちで光弘へ声をかけた。

 「俺、お前が思ってるほどいい奴じゃない。お前が望んだって渡さない。頼むから、勝手に終わらせたりするなよ。」

 光弘の瞳に映る決意の色が変わらなくて・・・・俺はたまらずうつむいた。
 例えこの場で止めることができたとしても、光弘は何度でも同じことを繰り返すだろう。

 気まずい沈黙が流れ始める中、白妙が口を開いた。

 「光弘。そういえば、世話になった礼をまだ伝えてなかったな。」 

 「・・・・・・。」 

 「お前のおかげで、2年前のあの時、私は我に返ることができたのだ。あのままでは連中を殺し、危うく木乃伊みいら取りが木乃伊になるところであった。改めて礼を言うぞ。」 

 突然過去の話題を出され、光弘は首をかしげて白妙を見つめた。

 「光弘よ・・・・・・。お前、自分の望みを通すならば、相手のわがままを1つくらい聞いてやってもばちはあたるまい。お前、皆の気持ちを考えていなかったのだろう。」 

 「・・・・・・。」

 光弘が傷ついたように瞳を白妙に向けた。

 「癒。話を戻すぞ。お前・・・・・光弘を守れるか?」

 癒は、ふわふわの柔らかい毛並みを揺らし、光弘の膝へ飛び移った。
 怒ったように、じっと光弘の瞳を見つめると、白妙に向かってあごをしゃくるようにうなずいた。
 その、少し生意気に見えるしぐさに苦笑しながら、白妙は光弘に言った。

「この生意気な神妖はかなりの自信があるようだ。光弘。離れることはいつでもできる。一度だけでいい。我々に機会をくれ。」

「秋津の件は、我々にも落ち度があった。二の舞は演じない。癒に何か異変があれば私が必ず引き戻す。」

「みなさんが執護あざねの卵としてはらいの力を得た事で、状況もかわっています。光弘くん。あなたが何をしても、彼らはただでは諦めませんよ。私だったら、宵闇よいやみを殺してあなたを必ず取り戻します。私だったら、ですが。」 

 白妙の言葉を久遠と翡翠が継いだ。

 「癒がしくじれば、もう誰にもお前を止めたりはさせない。好きにすればいい。だが、誰もお前を諦めていないのに、お前が真っ先に自分を諦めるのはやめろ。自分を手放したいと思うのならば、お前を心から望む者に全てをくれてやれ。宵闇が望んでいるのは人間の魂だ。お前自身ではない。その身を粗末にするな。」

 白妙の言葉に、光弘は小さくうなずいた。
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