72 / 324
焔の舞 1
しおりを挟む
社とたまよりにお礼を言って別れた俺たちは、温かい食べ物を探し、初めに餅をついていた炊き出しの集団のところへと戻った。
やはりかなりの我慢をしていたのだろう。
光弘の顔色は青いままで、身体も冷たく凍えている。
大鍋で神妖たちが炊き出していた汁を人数分もらうと、俺たちは光弘を座らせ、湯気を立てている器を渡した。
「気持ち悪くないか?吐きそうなら我慢しないで吐いてしまった方がいい。楽になる。」
都古の言葉に、光弘は力なく微笑み、首を横に振った。
手渡された木の器を包み込むように持つと、光弘は息を吹きかけ冷ましながらゆっくりと口をつけた。
光弘の顔が見える位置にそれぞれ腰掛け、俺たちも食べ始めた。
キノコやたくさんの野菜、しっかりとした味のある鶏肉に、味のしみた団子・・・・・ほっとする味噌の風味と身体の内側がほっこりするような温かさに、気持ちが和む。
器の中が空になるころには、光弘の顔色も大分よくなってきたようだった。
食べ終えた器を炊き出しの神妖たちへ返し、お礼を言った俺たちは、何か気分転換になるようなものはないかと、再び屋台を散策し始めた。
ドッジボールくらいの大きさの蛙の背中をキュッと押し、出てくる長い舌で景品をゲットする変わった射的を発見し、神妖たちと一緒に俺たちが盛り上がっている時だった。
今までどこに雲隠れしていたのか、久遠と翡翠、そして白妙が現れた。
「楽しんでいるようでなによりだ。」
突然姿を見せた白妙に、一緒にはしゃいでいた神妖たちが、ぎょっとして息をのんだのがわかった。
「私のことは構うな。好きにしていろ。」
白妙が苦笑しながら神妖たちに話しかけたが、話しかけられた方はたまったものではなかったようだ。
小さく叫び声を上げ、あわただしく姿を消していった。
「そういえば、皆さん。お伝えしそびれてしまいましたが、私たちや白妙がいるので今であれば無礼講ですが、本来であれば危険で信用ならない神妖も数多くいます。お気をつけくださいね。」
翡翠の口から出た言葉に、エビの1件を思い出し、俺たちはため息をついた。
光弘だけが、なぜか辛そうにうつむいてしまったのがひっかかる。
「あらあら。もしかして、忠告するのが遅かったでしょうか?なにかありましたか?」
翡翠は驚いたような声音で話しているが、笑顔なまま表情が一切かわらないところを見ると、実は分かっていたんじゃないかという気がしてきた。
そんな翡翠の言葉を流すように、白妙が手にしていた扇子を閉じ、不敵な笑みを見せた。
「祭も大詰めだ。そろそろ派手にいくか。」
そういうと、白妙は俺たちを広場の中央に組まれた巨大な薪の前へと案内した。
「こやつらを呼ぶと少々面倒なことになるのでな。終盤で呼ぶくらいで丁度よい。」
白妙は少し苦い表情で、しめ縄をしめた小さな鳥居の前に立ち、印を組んだ。
「海神。かぐつち。参られよ。」
白妙が言い終わるや否や、鳥居がぶるぶると震え、一気炎に包まれた。
鳥居から、噴き出す業火は薪へと燃え移り、辺り一帯が高熱にさらされ始める。
白妙は顔をしかめ、印を組みなおした。
「囲え。」
白妙の言霊に応え、鳥居の内側に見えない壁が現れた。
閉じ込められた炎が激しく暴れ渦巻いている。
囲いの中に巨大な炎が立ち上った。
「阿呆が。殺す気か。」
俺たちのすぐ後ろで、抑揚のない冷静な声が響いた。
驚いて振り返ると、神主のような装いに長い黒髪の青年が冷めた目をして立っている。
「阿呆とは、よくも言うたな。・・・・・たわけが。祭は演出が重要なのだ。そんなこともわからんとは、情緒のかけらもないやつよ。」
白妙に囲われた炎の渦の中から、真っ赤な着物姿の女があらわれた。
癖のある赤い髪が、風にあおられ豪快にゆれている。
激しく着崩しているせいで、胸元やふとももが着物の隙間からチラチラ見え隠れするので、目のやり場に困ってしまう。
熱の暑さのせいか、この女神妖のせいか判断がつかないが、勝が鼻血を吹いて下を向いた。
その様子をおもしろくなさそうに眺めながら、白妙が口を開く。
「争うのはやめろ。今宵はわが友のための大切な宴だ。非礼は許さんぞ。」
「おー怖っ。見よ、海神。お主のせいで、儂が怒られたではないか。」
海神と呼ばれた神妖は素知らぬ顔をしている。
「私をこの阿呆と一緒にするのはやめろ白妙。それにしても、これほどの宴を開くとは・・・・・。お主、よほど思い入れの強い者が現れたのか。」
海神と呼ばれた青年は苦い表情を隠そうともせずに答えた。
この神妖が海神だとすると、もう一人の女の神妖がかぐつちなのだろう。
さきほど、みずはが話していた「海と釣り堀をつなげた神妖」がこの海神ということで間違いなさそうだ。
「私の誘いをさんざんに断っておきながら、まさか人などと契約する気ではあるまいな。」
海神の問いかけに、白妙は薄く嗤った。
「さぁな。」
海神は美しい眉根を寄せた。
そんな二人の会話にわりこむように、かぐつちが白妙に問いかける。
「はて、この朴念仁がおるのにうすらいの姿が見えぬようだが、どうしたことだ。いったいどこへ行った?」
「うすらいは、おもしろがって夜店をひらいているのだ。綿氷を出しておったぞ。あれはなかなかに絶品だ。」
「ほぉー!そなたの舌をうならせるとは大したものよ。それは相伴にあずからねば夢見が悪くなりそうだ。時に、白妙よ。なぜ儂だけこんなに遅れて呼ばわったのだ。酷い仕打ちをするでない。」
口をとがらせるかぐつちに、白妙は、気だるげに答える。
「わざとだ。英雄は遅れてくるものだからな。」
「おぉ!お主、分かっておるではないか!」
「阿呆めが。お前のようなものが終始おったら、宴にならぬからに決まっておるだろうが。」
俺の隣で、海神がぼそりとつぶやいた言葉は、残念なことにかぐつちには届いていなかった。
やはりかなりの我慢をしていたのだろう。
光弘の顔色は青いままで、身体も冷たく凍えている。
大鍋で神妖たちが炊き出していた汁を人数分もらうと、俺たちは光弘を座らせ、湯気を立てている器を渡した。
「気持ち悪くないか?吐きそうなら我慢しないで吐いてしまった方がいい。楽になる。」
都古の言葉に、光弘は力なく微笑み、首を横に振った。
手渡された木の器を包み込むように持つと、光弘は息を吹きかけ冷ましながらゆっくりと口をつけた。
光弘の顔が見える位置にそれぞれ腰掛け、俺たちも食べ始めた。
キノコやたくさんの野菜、しっかりとした味のある鶏肉に、味のしみた団子・・・・・ほっとする味噌の風味と身体の内側がほっこりするような温かさに、気持ちが和む。
器の中が空になるころには、光弘の顔色も大分よくなってきたようだった。
食べ終えた器を炊き出しの神妖たちへ返し、お礼を言った俺たちは、何か気分転換になるようなものはないかと、再び屋台を散策し始めた。
ドッジボールくらいの大きさの蛙の背中をキュッと押し、出てくる長い舌で景品をゲットする変わった射的を発見し、神妖たちと一緒に俺たちが盛り上がっている時だった。
今までどこに雲隠れしていたのか、久遠と翡翠、そして白妙が現れた。
「楽しんでいるようでなによりだ。」
突然姿を見せた白妙に、一緒にはしゃいでいた神妖たちが、ぎょっとして息をのんだのがわかった。
「私のことは構うな。好きにしていろ。」
白妙が苦笑しながら神妖たちに話しかけたが、話しかけられた方はたまったものではなかったようだ。
小さく叫び声を上げ、あわただしく姿を消していった。
「そういえば、皆さん。お伝えしそびれてしまいましたが、私たちや白妙がいるので今であれば無礼講ですが、本来であれば危険で信用ならない神妖も数多くいます。お気をつけくださいね。」
翡翠の口から出た言葉に、エビの1件を思い出し、俺たちはため息をついた。
光弘だけが、なぜか辛そうにうつむいてしまったのがひっかかる。
「あらあら。もしかして、忠告するのが遅かったでしょうか?なにかありましたか?」
翡翠は驚いたような声音で話しているが、笑顔なまま表情が一切かわらないところを見ると、実は分かっていたんじゃないかという気がしてきた。
そんな翡翠の言葉を流すように、白妙が手にしていた扇子を閉じ、不敵な笑みを見せた。
「祭も大詰めだ。そろそろ派手にいくか。」
そういうと、白妙は俺たちを広場の中央に組まれた巨大な薪の前へと案内した。
「こやつらを呼ぶと少々面倒なことになるのでな。終盤で呼ぶくらいで丁度よい。」
白妙は少し苦い表情で、しめ縄をしめた小さな鳥居の前に立ち、印を組んだ。
「海神。かぐつち。参られよ。」
白妙が言い終わるや否や、鳥居がぶるぶると震え、一気炎に包まれた。
鳥居から、噴き出す業火は薪へと燃え移り、辺り一帯が高熱にさらされ始める。
白妙は顔をしかめ、印を組みなおした。
「囲え。」
白妙の言霊に応え、鳥居の内側に見えない壁が現れた。
閉じ込められた炎が激しく暴れ渦巻いている。
囲いの中に巨大な炎が立ち上った。
「阿呆が。殺す気か。」
俺たちのすぐ後ろで、抑揚のない冷静な声が響いた。
驚いて振り返ると、神主のような装いに長い黒髪の青年が冷めた目をして立っている。
「阿呆とは、よくも言うたな。・・・・・たわけが。祭は演出が重要なのだ。そんなこともわからんとは、情緒のかけらもないやつよ。」
白妙に囲われた炎の渦の中から、真っ赤な着物姿の女があらわれた。
癖のある赤い髪が、風にあおられ豪快にゆれている。
激しく着崩しているせいで、胸元やふとももが着物の隙間からチラチラ見え隠れするので、目のやり場に困ってしまう。
熱の暑さのせいか、この女神妖のせいか判断がつかないが、勝が鼻血を吹いて下を向いた。
その様子をおもしろくなさそうに眺めながら、白妙が口を開く。
「争うのはやめろ。今宵はわが友のための大切な宴だ。非礼は許さんぞ。」
「おー怖っ。見よ、海神。お主のせいで、儂が怒られたではないか。」
海神と呼ばれた神妖は素知らぬ顔をしている。
「私をこの阿呆と一緒にするのはやめろ白妙。それにしても、これほどの宴を開くとは・・・・・。お主、よほど思い入れの強い者が現れたのか。」
海神と呼ばれた青年は苦い表情を隠そうともせずに答えた。
この神妖が海神だとすると、もう一人の女の神妖がかぐつちなのだろう。
さきほど、みずはが話していた「海と釣り堀をつなげた神妖」がこの海神ということで間違いなさそうだ。
「私の誘いをさんざんに断っておきながら、まさか人などと契約する気ではあるまいな。」
海神の問いかけに、白妙は薄く嗤った。
「さぁな。」
海神は美しい眉根を寄せた。
そんな二人の会話にわりこむように、かぐつちが白妙に問いかける。
「はて、この朴念仁がおるのにうすらいの姿が見えぬようだが、どうしたことだ。いったいどこへ行った?」
「うすらいは、おもしろがって夜店をひらいているのだ。綿氷を出しておったぞ。あれはなかなかに絶品だ。」
「ほぉー!そなたの舌をうならせるとは大したものよ。それは相伴にあずからねば夢見が悪くなりそうだ。時に、白妙よ。なぜ儂だけこんなに遅れて呼ばわったのだ。酷い仕打ちをするでない。」
口をとがらせるかぐつちに、白妙は、気だるげに答える。
「わざとだ。英雄は遅れてくるものだからな。」
「おぉ!お主、分かっておるではないか!」
「阿呆めが。お前のようなものが終始おったら、宴にならぬからに決まっておるだろうが。」
俺の隣で、海神がぼそりとつぶやいた言葉は、残念なことにかぐつちには届いていなかった。
0
お気に入りに追加
23
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】生贄になった婚約者と間に合わなかった王子
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
フィーは第二王子レイフの婚約者である。
しかし、仲が良かったのも今は昔。
レイフはフィーとのお茶会をすっぽかすようになり、夜会にエスコートしてくれたのはデビューの時だけだった。
いつしか、レイフはフィーに嫌われていると噂がながれるようになった。
それでも、フィーは信じていた。
レイフは魔法の研究に熱心なだけだと。
しかし、ある夜会で研究室の同僚をエスコートしている姿を見てこころが折れてしまう。
そして、フィーは国守樹の乙女になることを決意する。
国守樹の乙女、それは樹に喰らわれる生贄だった。
貴方の事を愛していました
ハルン
恋愛
幼い頃から側に居る少し年上の彼が大好きだった。
家の繋がりの為だとしても、婚約した時は部屋に戻ってから一人で泣いてしまう程に嬉しかった。
彼は、婚約者として私を大切にしてくれた。
毎週のお茶会も
誕生日以外のプレゼントも
成人してからのパーティーのエスコートも
私をとても大切にしてくれている。
ーーけれど。
大切だからといって、愛しているとは限らない。
いつからだろう。
彼の視線の先に、一人の綺麗な女性の姿がある事に気が付いたのは。
誠実な彼は、この家同士の婚約の意味をきちんと理解している。だから、その女性と二人きりになる事も噂になる様な事は絶対にしなかった。
このままいけば、数ヶ月後には私達は結婚する。
ーーけれど、本当にそれでいいの?
だから私は決めたのだ。
「貴方の事を愛してました」
貴方を忘れる事を。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる