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光弘の物語>葛藤2

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 しょう白妙しろたえが楽しそうに絡まっている様子を見つめながら、俺は今朝の事を考えていた。

 夏休み初日の今日の朝。
 真也しんやからの電話によって襲い掛かる悪夢から助け出された俺は、目覚めてからずっと、導き出されたある1つの答えから目をらせずにいた。

 真也の家へ向かうために外へ出た俺は、夏の甘くまとわりつくような空気を深くゆっくりと胸の奥に吸いこんだ。
 夏空の眩しさに打たれながら、俺は静かに、その答えと向き合った。

 離れるべき時が・・・・来たんだ。

 2年前のあの日。
 夢の中に、不思議な青年が現れてからというものの、悪夢も、漠然とした不安に押しつぶされそうな恐怖も、俺の周りから消えていた。
 細い綱の上を歩いているような、いつ切れてもおかしくない不安だけは拭い去ることができなかったが、そのことがより一層、今のこの時間は・・・・・過ぎ行く時の砂は、一粒であっても溢してはいけない大切なものだと、もう二度と同じものを手にすることのできないのだと俺に強く感じさせた。

 そして恐れていた通り、悪夢は突然目の前に戻ってきたのだ。
 夏休みの数日前から、俺は再び、あの暗闇にとらわれるようになっていた。

 はじめ、夢の中に細く噴き出す赤黒いきりのようだったそれは、シミのように広がり、瞬く間に果てしない闇へと姿を変えた。
 姉さんが死んだあの時の光景が徐々に形を成してゆく様に、心が冷たく痺れ、俺は震えた。
 そして2日前。
 声も出せず、動くこともできずにいる俺をあざ笑うかのように、 悪夢はついに再びその形を成した。
 繰り返され始めたあの日の光景に、心が引き裂かれる。
 その時・・・・・あの美しい青年が、再び夢の中へ現れた。

 「すまない・・・・・探し当てることが、できなかった。」

 そう言って苦しそうに言葉を吐き出し、闇の中を進んでくる青年の足取りは、とても心許ないものに見えた。

 なぜ謝るんだ?
 あなたは悪いことなんてしていない。
 謝る必要なんてないのに。

 俺は、この青年をただの夢の中の存在だとは思っていなかった。
 壊れそうな俺の願いを守ってくれた・・・・・強く、とても優しい人。

 もう、俺は大丈夫。
 痛みに塗りつぶされてみんなと過ごした日々を思い出せなくなったとしても、胸に焼きつけられたこの想いは、消えることはない。
 これは俺の一部だから・・・・・この闇を抱いて、俺は生きていける。
 そう考えた時、胸のとても深い場所で、何かがチクリと痛んだ。

 俺が他の人との繋がりを全て断てば、この闇が俺をえさに誰かを誘いこむことはできなくなる。
 この人がこの場所に・・・・俺に縛り付けられる必要もなくなるんだ。
 
 「今まで、本当にありがとう。あなたはもう、大切な人のところへ戻って大丈夫だ。」声にならない言葉を伝えたくて彼を見上げた俺の視線と、立っていた彼の視線が行違いきちがった。
 青年は、片膝をつき苦しそうにうずくまった。
 痛みをこらえているのか、肩で息をしている。
 顔色が真っ青だ。

 「気にするな。ただの毒だ。」

 そう言った次の瞬間、青年は何かに気づいたように鋭い視線を後ろへ向け、同時に背中の刀を引き抜いた。
 闇の中から伸びてきた蛇の頭を振り向きざまにぎ払って切り落とした。

 落とされた蛇の頭が闇の中をのたうちまわり、赤黒い霧となって消えていく。
 
 「開眼かいがん。」

 青年が唱えると、闇の中に巨大な目が浮かび出し、そこから物凄い数の銀色のトンボの大群が湧き出してきた。

 トンボの群れは頭を失くした蛇の胴体を追って、すさまじい勢いで飛んでいく。
 ところが、蛇の胴はトンボに追いつかれた瞬間、赤黒い霧となって霧散してしまった。
 無数にうごめく霧の残骸は、素早く四方へ散らばり闇へと溶け込んでいった。

 「逃すか!」

 眉間にしわをよせた青年は叫んだ直後、俺が見つめているのに気づき、「安心しろ」と言うようにほんの少しだけ微笑みかけてきた。

 青年は、闇を刀で切り裂くと、腕を入れそこからむしり取るようにして、闇をいだ。
 闇は天井から巨大な布のようにはがれ、足元へ落ち霧となって消えていった。
 闇が消えた跡に、あの青年の姿を見つけることはできなかった。

 そして、今朝の夢の中に、あの青年が現れることはなかった。

 あの黒い霧を追って行ってしまったのだろうか。
 毒に侵され、歩くことすらおぼつかない身体で・・・・・。

 例え夢の中だとしても、もう誰も失いたくない。
 それなのに・・・・・。

 俺は自分のあまりの無力さに唇をかみしめた。
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