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水端の門

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 都古みやこに案内されたのは、先ほどの駄菓子屋の店先だった。 
 着くと同時に、都古は入口の横に置かれたアイスの冷凍庫を開け、なにやらゴソゴソと漁り始めた。 
 どうやら、中に入っているチョコモナカアイスを脇によけているみたいだ。 

「なんだ・・・・・これ?」 

 一番奥のザリザリに凍り付いたアイスがどけられたあとを覗き込み、俺は目を丸くした。 
 そこには、ポッカリと穴が開いていた。 
 ちょうどチョコモナカアイスより一回り小さいくらいの穴だ。 
 穴の奥に、小さな真っ白い階段がどこまでも続いていて、先が全く見えない。 

 「水端みずはなの門だ。しるしを持たない人間はここからしか行けん。」 

 老婆ろうば姿でしょうの腕に絡みついている白妙しろたえが、俺たちにはさっぱり意味の分からないことを愛らしい声で言っている。 

 「行くって?どこに?」 
 「うむ・・・・・。」 

 勝の問いかけに、少しの間何やら考え込んでいた白妙は、突然女の姿に戻った。 

 「やめだ、勝。老婆の姿ではやりにくくてかなわん。すまんがこの姿に慣れろ。安心しろと言うのも変だが私の本性ほんしょうは、男としている。女子おなごのようにお前を取って食ったりはせん。」 

 この人、きっと色々面倒になったんだな。 
 というか、男だったの!? 

 急な展開に俺が混乱している間に、白妙は出し抜けに勝を強く抱き寄せた。 
 当たるはずのものが当たらず、当たるはずのないものが当たっている事実と、着物の上からでもわかる引き締まった白妙の身体の感触に、さきほどの言葉が本当だったと思い知らされ、気の毒な勝の口から魂が抜け出してしまったみたいだ。 
 ついに勝は思考を停止ししかばね状態になった。 

 そんな、もはや声が届いているのかどうかすらあやしい状態の勝をみて、白妙は苦笑している。 

 「安心させるつもりが逆効果であったか・・・・・。勝よ。言ってはみたが、本当は性別など私にとって大してこだわりのあるものではないのだ。今は男の形をとっているが、お前が望むのならば女にもろう。とにかく、百聞ひゃくぶん一見いっけんかず。・・・・・今は水端へ急ぐぞ。」 

 言うなり白妙は勝を胸に抱きよせたまま、小さな白い階段へと手を伸ばす。 
 白妙の白魚しらうおのような指が階段に触れた途端、2人の姿は砂のように崩れ、またたく間に穴の中へと吸い込まれていった。 
 あまりにもあっけなく全身が崩れ消えていくさまに、俺と光弘は唖然あぜんとした。 
 今確かに自分の目で見たことなのに、頭が認めようとしない。 
 そんな混乱して固まっている俺たちの肩に、ふいに手が置かれた。 
 俺たちはビクッと飛び上がり恐る恐る振り向く。 

 「さて、次はどちらが行かれますか?」 

 翡翠ひすいが満面の笑みを浮かべていた。 
 ゴクリと生唾なまつばをんで固まった俺を見て、光弘が声を上げ前に出る。 

 「俺が。」 

 顔色が真っ青だ。 
 光弘はいつだってそうなんだ。 
 嫌なことや不安を感じている人がいると、何も言わずに自分が代わりに背負ってしまう。 

 「光弘。」 

 俺は光弘の腕をつかんで振り返らせた。 

 「俺は一緒にいたい。お前を独りにすることが、俺には何よりもキツイんだ。」 

 俺の言葉に、光弘は驚いたように目を見開いた後、かすかに微笑むと、うるんだ瞳で深くうなずいた。 

 「そうですね。お二人同時でも問題はありませんから。かまいませんよ。では私たちはあちらで先にお待ちしております。都古。後は頼みました。」 

 ニッコリ笑ってそう言うと、翡翠と久遠くおんは何事かささやいた。 
 途端に、2人の姿は風に吹き流されたようにかき消えてしまった。 

 「こっちだ。」 

 都古が差し出してきた小さなてのひらに、俺たちは自分たちの手を重ねる。 
 3人とも、緊張からか指先が氷のように冷たい。 
 都古が右腕を伸ばし、雪のような白い小さな階段のふちに触れた途端、身体の感覚が一気にかわった。 

 なんだこれ? 

 重ねられた掌の感覚はそのままある。 
 目だって、信じられないくらいどこまでも遠くまで見えるのに、身体の重さや感覚を全く感じないのだ。 
 そればかりか、都古に手を引かれ、すごい速さで階段を下り始めたのに、風や寒さも一切感じない。 
 自分の周りを何の抵抗もなく、ただ雪でできた景色だけが尋常じゃないスピードで通り過ぎていく。 

 ヤバ!これ、めちゃくちゃ怖い! 
 俺、ジェットコースター苦手なのに! 
 
 そう思いながら光弘を見ると、以外にも楽しそうに目を輝かせている。 
 俺は光弘と都古の手を強く握って、奥歯を噛みしめた。 
 あまりの速さに目が追い付かず、視界が真っ白になる。 

 気づくと、俺たちはいつの間にか白いドーム状の壁と天井に囲まれた、体育館ほどの広さがある場所に立ち尽くしていた。 
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