双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

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呼ばれてみれば 5

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 「そん・・・・な・・・・馬鹿な。」

 エビの固い殻に覆われた身体から、シューシューと不気味な音が鳴り始める。
 殻の継ぎ目から瞬く間に噴き出した真っ白い蒸気が、綿菓子のようにエビの全身を覆っていった。

 ちらちらと湯気の隙間から覗くエビの身体は、真っ赤に色を変えている。

 重く部屋の中を満たしていく甲殻類の蒸される磯の香りに胸が塞がれる中、エビのひきつるような乾いた呻きがわずかに響いたが、3つを数える間もなく、その声はかすれ、遠く消えてしまった。

 「これくらいなら手を出していることにはならないだろう?」という顔で、蒼は揃えた二本の指を宙に滑らせる。

 熱気も、胸を詰まらせるような磯の香りも、たちどころに消え去り、一つ呼吸を終えたころには、ひんやりと清涼とした空気がなにごともなかったかのようにそこで澄ましていた。

 床板に染み入るような海神わだつみの深い声が、美しい唇から重く零れ落ちるのを聞きながら、あおは酷く哀しかった。
 
 「お前は、望んで穢れ堕ちたのだな・・・。私は、気づいてやれなかった。もうお前を、輪廻の輪に戻してやることすらできない。・・・・すまない。」

 目を伏せ、冷え切った表情で語る海神わだつみの声は・・・かすかに震えていた。

 エビの体がこすれあいながらカラカラ音を立て、床に崩れ落ちる。
 干からびて軽くなった触手がカサリと音を立て、わずかに動いたのを最期に、エビはすべての活動を完全に止めた・・・・・・。

『納めろ』

 蒼は、海神の足元に重なり落ちているエビの残骸を、白い繭に納めた。
 一見冷静に見えるが、海神わだつみは呆然と動けずにいる。

 水妖の頭目として手を下したのだ。
 彼にエビの骸を拾わせるべきではない。
 とはいえ、海神わだつみがこの結末を望んでなどいなかったことは何よりも確かなのだ。
 これをただ捨て置いてしまえば、彼は更に深く傷つくことになる。

 あおは先んじて海神わだつみの代わりにその亡骸を集め、自らが引き受けることにした。

 どこからか細い筆を出し繭に何かを素早く書き込むと、首から下げた小さな袋に入れてそれを懐へしまう。

 力なくたたずむ海神をそっと抱きよせ、蒼は何も言わずその背中を撫でてやった。

 ・・・・・・能力に大きな差があると、相手の真価に気づけない。

 その言葉を絵に描いたような結末・・・・・・。

 あまりの力の差に、黒の強大な力を感じ取ることすらできず、エビは無残にも玉砕し、水妖の長である海神の手で抗うことすら許されないまま一瞬のうちに、あえなく殺されてしまったのだ。
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