双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

文字の大きさ
上 下
231 / 266

呼ばれてみれば 4

しおりを挟む
 静まり返った水面を見つめているような時の流れにたゆたい、子供たちの頭がぼんやりとし始めたころ。

 海神わだつみはようやくエビの身体から手を離した。
 力なく手を下すと、哀しみに潤んだ目をそっと伏せ、酷く沈んだ声を聞かせる。

 「私はお前が・・・哀れでならない。」

 「かい様・・・・では」

 エビが何ごとかを言いかけた直後、海神の白く美しい刀が瞬きのうちに引き抜かれ、雷光のごとき鋭さで一筋の美しい直線を縦に描いた。

 小気味の良い澄んだ音をヒュッと響かせた純白の刃が、エビの左半身に生えた触手を瞬時に切り落としたのだ。

 あるじにこのうえなく忠実である利口な海神わだつみの愛刀は、穢れ堕ちの身体に流れる血潮をその身に一滴たりとも残すようなことはしない。

 何事もなかったかのように純白の刀身を誇らしげに輝かせている様は、まるで主である海神わだつみに「褒めてくれ」とねだっているようである。

 海神わだつみは無駄のない滑らかな動きで刀身を鞘に戻すと、親指の先でそっと愛刀の唾をなぞってやった。

 その哀しみに満ちた痛々しい後ろ姿を、あおは目を細め、ただ静かに見つめ続けている・・・・・・。

 あおの視線に抱かれながら、海神わだつみは凍え切った指先を動かした。

 初めて会った時の、高く響く調子のよいエビの声が脳裏を巡る。
 命逢みおの大樹を通りかかった時、穢れ堕ちに食われかけていた幼いエビを偶然助けたのが出会いだった。
 どうしても海神の元を離れようとしないエビをみずはが引き取り、臣下として共に海神に仕えてくれるようになったのだ・・・・・・。
 
 切り落とされた触手がエビの身体を離れ、海神わだつみの目の前でドタリと重い音を響かせる。

 だが、触手がのた打つぐちゃりとした音が聞こえてきたのは、海神の前方からのみではなかった。

 海神わだつみを取り巻くように痙攣しながら丸まっていくそれらは、エビの触手と一体化したタコの成れの果てだ。

 エビの触手は口だけではなく、全身から足のように生えている。
 エビは海神わだつみの腕に抱かれながら、触れられていない左半身の触手をひそかに伸ばし、死角から彼を猛毒の矢で射抜こうとしていたのだ。

 「ちっ!」

 舌打ちをすると、エビは斬られた半身からどす黒い液体をまき散らし、一瞬のうちに間合いをとって窓際まで離れた。

 だが回避のためのその行為は、残念なことにもはや何の意味もなしてはいない。

 海神の計算されたかのように洗練された動きには、常に無駄など存在しない。
 しなやかな長い指は形の良い唇の前で、凛として組まれていた。

 すでに海神わだつみは、エビの力では到底逃れることなど叶わない、極めて強力な術を放った後だったのだ。
しおりを挟む

処理中です...