双凶の妖鬼 蒼 ~再逢~

utsuro

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呼ばれてみれば 3

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 海神わだつみは相手を見て態度を変えるような者ではない。
 妖月であっても、臣下の神妖であっても、彼は分け隔てなく接していたはずだ・・・・・・。

 海神は蒼に対して何も言わないが、穢れ堕ちてしまったとはいえ、言葉を交わしている見知った相手が、あまりにも酷くあっけない別れの時を迎えるしかなかった。
 海神わだつみが心を傷めなかったはずがない・・・・・・。

 しおしおと珍しく反省しきっていた蒼だったが、このような場面で心の内を引きずるような愚かな真似ができない質の者でもある。

 黒がエビを縛りつけていた術を解くと同時に、蒼ははっきりと気持ちを入れ替えた。
 今・・・腕の中に抱えている何よりも大切な想い人へ、これ以上ないほど強く意識を集中させる。
 
 自分の身体を抑え込んでいた忌々しい術からふいに解き放たれ、耐えきれず前のめりに倒れこんだエビは、甲高い鳴き声を無様に垂れ流しながら、這いずっていって海神の足にすがりついた。

 エビを睨みつけ、ムッとした表情を惜しげなく振る舞う蒼が、この無礼者をさっさと蹴り飛ばそうすると、海神は静かに片手を広げてそれを制し、困ったように微笑んだ。

 「蒼、ありがとう。・・・大丈夫だ。ここは、手を出さず、私にまかせて欲しい。」

 「君が、そうしたいのなら・・・・ボクは我慢するけど。」

 蒼はこのうえなく渋々といった様子で、後ろに下がり腕を組んだ。

 口をとがらせ不満気にエビを睨んでいる蒼だが、子供じみたしぐさとは異なり、一切の隙が無い老齢で物騒な気配は、強烈な殺気を含んだまま、少しも薄らぐことはなかった。

 海神が水妖の頭目として、そして知人として、エビという穢れ堕ちを自ら引き受けたのは確かだが・・・・・・。
 だが、恐らくそれだけの理由ではない。
 蒼がこれ以上力を使ってしまうことなどないよう、海神は酷く慎重にもなっているのだろう。

 「かい様!お助けください。私は騙されたのです。無理やり穢れ堕とされ、こんな姿に・・・・。」

 エビは醜悪な姿に似合わない高い声を上げながら、海神の足もとで身体をまるめ、清らかな白い衣にまとわりつくようにして抱きつき、懇願した。

 エビの醜く歪んだ湿り気を帯びた身体に抱きつかれても、海神は嫌な顔一つすることはない。

 哀しそうに瞳を揺らし、変わり果ててしまったエビの・・・ごつごつとした身体にそっと触れ、ぬらりと伸びた触手をただ優しくなでてやる。

 まるで泣きわめく幼子をいたわる様な、慈愛に満ちた海神わだつみのその行為が示す答えの先を理解し、あおは苦し気に奥歯を噛みしめた。

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