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涙 2
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白妙の柔らかな声を聞きながら、翡翠の目には、こらえようのない熱い涙がぶわりとこみ上げていた・・・・。
・・・・・・おやつの饅頭を久遠と翡翠にこっそり味見させてくれる、笑顔の絶えないにぎやかな使用人の女たち。
守衛頭がどこからか取ってきた竹で、玩具を作ってくれたこともあった・・・・。
朝夕の挨拶をすると、わずかに表情を緩める厳格な父。
いつも翡翠の髪を丁寧にすいてくれる、月明かりのような母の笑顔。
遠くの街へ用を足しに行った父が、翡翠の土産に買ってきてくれた玩具は幼子の使う物で・・・・。
母や使用人に呆れられ、いつも凛としている父が、気の毒になるほど困り果てた表情をしていたことは、まだ記憶に新しい・・・・。
白妙の言葉が、翡翠の頭と心をゆっくりと廻る。
あぁ・・・・本当に。
白妙様の言う通り・・・・思い出すのは皆の笑顔ばかりで・・・・・。
ぼろぼろとあふれ出す熱い涙を、翡翠は止めることができなかった。
「会いたい」と幾度もこぼしながら嗚咽を漏らす翡翠に、白妙はそっと布を渡す。
しゃくりあげる翡翠の背を、白妙は静かに撫で続けた・・・・・。
どれくらいそうしていたのだろう・・・・・。
胸を塞ぐ哀しみが熱い雫となり流れていくと、そこにできたわずかな隙間に後悔がじわりと踏み入ってきた。
絶望と哀しみは徐々に後悔へと姿を変え、ぶつかる場所を見つけられないまま、翡翠の心を暗い闇で染め上げ始める。
・・・・・すぐに駆けつけてやればよかった。
久遠の父が口から出まかせを言ったのではないか。
本当は皆無事でいて、ここへ来ていなければ・・・・・連れてこられなければ、まだ、助けられる者があったかもしれないのだ・・・・。
そんな、歪んだ感情に呼吸を浅く乱れさせ始めた翡翠の小さな変化を、白妙は見逃さなかった。
翡翠の細い身体が壊れないよう気遣いながら、白妙はきつく彼女を抱きしめた。
力強い温もりに包まれると、翡翠の泥のように濁った感情のうねりはわずかに静まり、様子をうかがい始める。
「落ち着け・・・・翡翠。・・・・・海神は、お前たちを私に託したいのだと言った・・・・。なぜだと思う。」
「・・・・・・・。」
「親しい者の末路を目の前にさらされている最中、お前たちをその場から連れ去るようなまねをすれば、お前たちの身を護ってやることはできても、心までは守ることはできないと・・・・・恐らく海神は覚悟していたのだ。」
「・・・・・・。」
「・・・・連れ去れば、お前たち二人から・・・・いずれ恨まれるであろうことも。」
白妙の言葉が、翡翠のささくれだった心に少しずつ、柔らかく染み込んでいく。
「海神は、痛みを知らぬ者ではない。幼き日、あれも大切な者を失ったのだ・・・・。だからこそ、お前たちを私に託した。・・・・大切な者の最期を前にお前たちを連れ去ってしまった自分は、共にあるべきではないと・・・・。」
「・・・・・・そんな。」
「海神は苦しむ者を前に、自らの努力を惜しんだり、背を向けるような者ではない。身を削いででも手を差し伸べてしまう愚かな男だ・・・・・。救えるものがいたのならば、絶対に背を向けたりはしていない・・・・・・。海神を恨んでやってもいいが、それだけは分かって欲しい。」
・・・・・・おやつの饅頭を久遠と翡翠にこっそり味見させてくれる、笑顔の絶えないにぎやかな使用人の女たち。
守衛頭がどこからか取ってきた竹で、玩具を作ってくれたこともあった・・・・。
朝夕の挨拶をすると、わずかに表情を緩める厳格な父。
いつも翡翠の髪を丁寧にすいてくれる、月明かりのような母の笑顔。
遠くの街へ用を足しに行った父が、翡翠の土産に買ってきてくれた玩具は幼子の使う物で・・・・。
母や使用人に呆れられ、いつも凛としている父が、気の毒になるほど困り果てた表情をしていたことは、まだ記憶に新しい・・・・。
白妙の言葉が、翡翠の頭と心をゆっくりと廻る。
あぁ・・・・本当に。
白妙様の言う通り・・・・思い出すのは皆の笑顔ばかりで・・・・・。
ぼろぼろとあふれ出す熱い涙を、翡翠は止めることができなかった。
「会いたい」と幾度もこぼしながら嗚咽を漏らす翡翠に、白妙はそっと布を渡す。
しゃくりあげる翡翠の背を、白妙は静かに撫で続けた・・・・・。
どれくらいそうしていたのだろう・・・・・。
胸を塞ぐ哀しみが熱い雫となり流れていくと、そこにできたわずかな隙間に後悔がじわりと踏み入ってきた。
絶望と哀しみは徐々に後悔へと姿を変え、ぶつかる場所を見つけられないまま、翡翠の心を暗い闇で染め上げ始める。
・・・・・すぐに駆けつけてやればよかった。
久遠の父が口から出まかせを言ったのではないか。
本当は皆無事でいて、ここへ来ていなければ・・・・・連れてこられなければ、まだ、助けられる者があったかもしれないのだ・・・・。
そんな、歪んだ感情に呼吸を浅く乱れさせ始めた翡翠の小さな変化を、白妙は見逃さなかった。
翡翠の細い身体が壊れないよう気遣いながら、白妙はきつく彼女を抱きしめた。
力強い温もりに包まれると、翡翠の泥のように濁った感情のうねりはわずかに静まり、様子をうかがい始める。
「落ち着け・・・・翡翠。・・・・・海神は、お前たちを私に託したいのだと言った・・・・。なぜだと思う。」
「・・・・・・・。」
「親しい者の末路を目の前にさらされている最中、お前たちをその場から連れ去るようなまねをすれば、お前たちの身を護ってやることはできても、心までは守ることはできないと・・・・・恐らく海神は覚悟していたのだ。」
「・・・・・・。」
「・・・・連れ去れば、お前たち二人から・・・・いずれ恨まれるであろうことも。」
白妙の言葉が、翡翠のささくれだった心に少しずつ、柔らかく染み込んでいく。
「海神は、痛みを知らぬ者ではない。幼き日、あれも大切な者を失ったのだ・・・・。だからこそ、お前たちを私に託した。・・・・大切な者の最期を前にお前たちを連れ去ってしまった自分は、共にあるべきではないと・・・・。」
「・・・・・・そんな。」
「海神は苦しむ者を前に、自らの努力を惜しんだり、背を向けるような者ではない。身を削いででも手を差し伸べてしまう愚かな男だ・・・・・。救えるものがいたのならば、絶対に背を向けたりはしていない・・・・・・。海神を恨んでやってもいいが、それだけは分かって欲しい。」
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