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芍薬 1
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「久遠!」
固く閉じられた久遠の瞼は、翡翠の呼びかけに全く反応しない。
翡翠の全身から血潮とともに瞬く間に熱が引いていった。
身体の芯からくる震えを抑えきれず冷たく掠れた声で、つぶやくようにもう一度その名を呼ばわると、海神が深く響く声で暖かく包み込むように声をかけてきた。
「案ずるな。かすかだが、まだ鼓動も息もある。」
そう言って海神が久遠の手を握りしめると、そこは熱を帯び温かな光に包まれる。
十も数えないうちに、久遠の瞼が震えた。
わずかに眉をしかめながら、その目が薄く開かれていく。
「翡翠・・・・」
呆然としたまま紡がれた久遠の声に、翡翠は涙で胸が詰まり言葉を吐き出すことができなかった。
立ち上がった久遠を強く抱きしめ、翡翠はその温もりに顔をこすりつける。
「久遠っ・・・・久遠っ。なぜ、あなたを失って、私が生きていけると思ったりしたの。あなた無しに、私は私として生き続けていけるわけがないのに・・・・。わからなかったの?」
「・・・・翡翠。」
「どうして私を残していなくなるの。私を一人にするの。・・・・久遠。許さない。一生あなたを、許さないからっ。・・・・もう二度と、私を離したりしないで・・・・」
翡翠のむせび泣く声が、久遠の胸に染み入る様に消えていく。
「・・・・・誓うよ。二度とお前を、離さない。・・・・私の心が望む者は・・・翡翠、お前だけだ。」
久遠は、翡翠の細い身体を折れてしまうほどきつく抱きしめた。
息ができないほど強く抱きしめられながら、翡翠はそれでも足りなくて、更に強く久遠を抱き返す。
ひとしきりそうして抱き合っていた二人だったが、ふいに翡翠が、芍薬の花が手の内に残されたままであることに気づいた。
手にした青い簪を眺めたまま瞳を暗くしている海神の前に、そっとその花を差し出すと、なぜか久遠が驚いた表情で二つを見比べている。
「・・・この花は」
「・・・・ああ。お前の気配を手繰るため、預かってきたのだ。・・・・祠に祈りを捧げてくれた者は、お前だな。」
久遠が静かにうなずくと、海神は芍薬を翡翠の手から受け取り、哀しい色の瞳のまま頭を下げた。
「すまなかった。・・・・流の所業、許せとは言わない。お前が祠へ祈りを捧げていなければ、私は気づくことができなかった。・・・・・・お前たちの命はなかったのだから。」
海神は頭を上げると、芍薬と簪を片手に小さく息を吐き、背を向け去ろうとした。
翡翠は、慌ててその背に声をかける。
「お待ちください。お急ぎでなければ、お聞きしたいことがあるのです。」
翡翠の言葉に、海神はゆっくりと振り返り、うなずく。
「人と違い、我らは生きることを急がない。時はある。私で答えられることであれば答えよう。」
固く閉じられた久遠の瞼は、翡翠の呼びかけに全く反応しない。
翡翠の全身から血潮とともに瞬く間に熱が引いていった。
身体の芯からくる震えを抑えきれず冷たく掠れた声で、つぶやくようにもう一度その名を呼ばわると、海神が深く響く声で暖かく包み込むように声をかけてきた。
「案ずるな。かすかだが、まだ鼓動も息もある。」
そう言って海神が久遠の手を握りしめると、そこは熱を帯び温かな光に包まれる。
十も数えないうちに、久遠の瞼が震えた。
わずかに眉をしかめながら、その目が薄く開かれていく。
「翡翠・・・・」
呆然としたまま紡がれた久遠の声に、翡翠は涙で胸が詰まり言葉を吐き出すことができなかった。
立ち上がった久遠を強く抱きしめ、翡翠はその温もりに顔をこすりつける。
「久遠っ・・・・久遠っ。なぜ、あなたを失って、私が生きていけると思ったりしたの。あなた無しに、私は私として生き続けていけるわけがないのに・・・・。わからなかったの?」
「・・・・翡翠。」
「どうして私を残していなくなるの。私を一人にするの。・・・・久遠。許さない。一生あなたを、許さないからっ。・・・・もう二度と、私を離したりしないで・・・・」
翡翠のむせび泣く声が、久遠の胸に染み入る様に消えていく。
「・・・・・誓うよ。二度とお前を、離さない。・・・・私の心が望む者は・・・翡翠、お前だけだ。」
久遠は、翡翠の細い身体を折れてしまうほどきつく抱きしめた。
息ができないほど強く抱きしめられながら、翡翠はそれでも足りなくて、更に強く久遠を抱き返す。
ひとしきりそうして抱き合っていた二人だったが、ふいに翡翠が、芍薬の花が手の内に残されたままであることに気づいた。
手にした青い簪を眺めたまま瞳を暗くしている海神の前に、そっとその花を差し出すと、なぜか久遠が驚いた表情で二つを見比べている。
「・・・この花は」
「・・・・ああ。お前の気配を手繰るため、預かってきたのだ。・・・・祠に祈りを捧げてくれた者は、お前だな。」
久遠が静かにうなずくと、海神は芍薬を翡翠の手から受け取り、哀しい色の瞳のまま頭を下げた。
「すまなかった。・・・・流の所業、許せとは言わない。お前が祠へ祈りを捧げていなければ、私は気づくことができなかった。・・・・・・お前たちの命はなかったのだから。」
海神は頭を上げると、芍薬と簪を片手に小さく息を吐き、背を向け去ろうとした。
翡翠は、慌ててその背に声をかける。
「お待ちください。お急ぎでなければ、お聞きしたいことがあるのです。」
翡翠の言葉に、海神はゆっくりと振り返り、うなずく。
「人と違い、我らは生きることを急がない。時はある。私で答えられることであれば答えよう。」
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