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消えた久遠 2
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屋敷の中はしんと静まり返り、まるで自分ひとりがこの世に取り残されてしまったような錯覚を覚える。
離れにある久遠の部屋へと歩き出した翡翠の足は、裏口から出ようと釜屋の入口まで来た時、ギクリと歩みを止めた。
ぽそぽそと紙を震わせるように響く女たちの言葉に、翡翠の顔は瞬く間に色をなくしていく。
「結局、久遠様は間に合わなかったね・・・・。」
「・・・・いったいどこにいっちまったんだろうねぇ。」
「あんなに睦まじく兄妹のように過ごしていたのに、お別れもできなかったんじゃ、翡翠様も心残りだったろうに。」
「あんなにいい娘をこんな風に無くすことになるなんて・・・・・・。酷すぎるよ。」
翡翠は聞きたくないと怯える心の声をふさぎ、冷たく震える指先を手のひらへ握りこんだ。
「翡翠様・・・・さぞ恐ろしかったろうに・・・声も上げず棺に入って静かに待っていたそうだよ。」
「・・・・・・・」
一人の女の言葉に、他の女たちのすすり泣きが静かに応える。
翡翠は何を言っているのか分からず・・・・いや、分かりたくなくて、じりじりとわずかに後ずさった。
表門の辺りから、ふいに何人もの気配が沸き、女たちが息をのむ。
「人柱の儀式が・・・・終わったようだ。・・・・みんな戻ってきた。ほら、私らも仕事だよ。」
力なく放たれたその言葉を背に、翡翠は履物も履かず、夢中で雨の中へと飛び出した。
雪のようだった白い足袋や紫の染みを残した装束が、雨に濡れそぼり泥にまみれていく気持ち悪さなど、翡翠の意識には一切触れない。
引き裂かれそうな胸の痛みに呼吸を乱し、心が呼び続けているただ一人の愛おしい者を狂いそうなほど求めながら、もつれる足をひたすら動かす。
身体が崩れ落ちそうになる強烈な不安と、耳の奥に残る久遠の言葉とが、凍り付くような恐怖で翡翠の鼓動を激しく打ち鳴らし、感覚を無くした身体をかろうじて前へと進ませていた。
ヒリヒリ痛む肺を抱えながら川辺へたどりつくと、翡翠は泥にまみれた真新しいたくさんの足跡をそこに見つけた。
青草に足を取られ何度も転びながら、それを必死でたどる。
ごうごうと轟く激流の傍らに、雨と土の匂いを漂わせたその場所を見つけた翡翠は息をのんだ。
泥がめくれ上がった跡に倒れ込むように跪くと、一心不乱に重い泥の塊をかき分ける。
ぐちゃりとまとわりつく土にまみれながら、必死で掻きだし続けると、翡翠の指先に平たく固いものが当たった。
「久遠っ!」
翡翠の、涙に濡れた叫びが嗚咽とともに吐き出される。
水の立てる大小さまざまなうなり声以外、自分の声に応えるものはなくて、翡翠は恐怖に追い立てられながら、痺れて力の入らなくなっている腕を無理やり動かし、再び必死で泥を掻きだし始めた。
「触れるな・・・・。それは、儂のものだ。」
前触れもなく、胸を氷で貫くような恐ろしい声を背に突き付けられ、翡翠の細い身体は石のように固まった。
離れにある久遠の部屋へと歩き出した翡翠の足は、裏口から出ようと釜屋の入口まで来た時、ギクリと歩みを止めた。
ぽそぽそと紙を震わせるように響く女たちの言葉に、翡翠の顔は瞬く間に色をなくしていく。
「結局、久遠様は間に合わなかったね・・・・。」
「・・・・いったいどこにいっちまったんだろうねぇ。」
「あんなに睦まじく兄妹のように過ごしていたのに、お別れもできなかったんじゃ、翡翠様も心残りだったろうに。」
「あんなにいい娘をこんな風に無くすことになるなんて・・・・・・。酷すぎるよ。」
翡翠は聞きたくないと怯える心の声をふさぎ、冷たく震える指先を手のひらへ握りこんだ。
「翡翠様・・・・さぞ恐ろしかったろうに・・・声も上げず棺に入って静かに待っていたそうだよ。」
「・・・・・・・」
一人の女の言葉に、他の女たちのすすり泣きが静かに応える。
翡翠は何を言っているのか分からず・・・・いや、分かりたくなくて、じりじりとわずかに後ずさった。
表門の辺りから、ふいに何人もの気配が沸き、女たちが息をのむ。
「人柱の儀式が・・・・終わったようだ。・・・・みんな戻ってきた。ほら、私らも仕事だよ。」
力なく放たれたその言葉を背に、翡翠は履物も履かず、夢中で雨の中へと飛び出した。
雪のようだった白い足袋や紫の染みを残した装束が、雨に濡れそぼり泥にまみれていく気持ち悪さなど、翡翠の意識には一切触れない。
引き裂かれそうな胸の痛みに呼吸を乱し、心が呼び続けているただ一人の愛おしい者を狂いそうなほど求めながら、もつれる足をひたすら動かす。
身体が崩れ落ちそうになる強烈な不安と、耳の奥に残る久遠の言葉とが、凍り付くような恐怖で翡翠の鼓動を激しく打ち鳴らし、感覚を無くした身体をかろうじて前へと進ませていた。
ヒリヒリ痛む肺を抱えながら川辺へたどりつくと、翡翠は泥にまみれた真新しいたくさんの足跡をそこに見つけた。
青草に足を取られ何度も転びながら、それを必死でたどる。
ごうごうと轟く激流の傍らに、雨と土の匂いを漂わせたその場所を見つけた翡翠は息をのんだ。
泥がめくれ上がった跡に倒れ込むように跪くと、一心不乱に重い泥の塊をかき分ける。
ぐちゃりとまとわりつく土にまみれながら、必死で掻きだし続けると、翡翠の指先に平たく固いものが当たった。
「久遠っ!」
翡翠の、涙に濡れた叫びが嗚咽とともに吐き出される。
水の立てる大小さまざまなうなり声以外、自分の声に応えるものはなくて、翡翠は恐怖に追い立てられながら、痺れて力の入らなくなっている腕を無理やり動かし、再び必死で泥を掻きだし始めた。
「触れるな・・・・。それは、儂のものだ。」
前触れもなく、胸を氷で貫くような恐ろしい声を背に突き付けられ、翡翠の細い身体は石のように固まった。
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